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第6話

 土曜日になり家でくつろいでいると昼過ぎにインターホンが鳴った。横にいたハハが耳をピクリとさせた。

 私は二階の自分の部屋にいたので父が最初に対応をした。

「ハル、いいかな」

「なに?」

 ドアをノックして父が入ってきた。普段私を呼ぶときは一階から階段に向かって大声を出すので、わざわざ部屋まで来ることに違和感があった。

「警察の人がハルに会いたいって……」

 なんだか申し訳なさそうに父が言う。

「警察?」

「そう」

 もちろん何かをした覚えはない。

「よくわかんないけど」

 父が心配そうにしていたのでそれだけ言い、父を横切って階下に行く。

 玄関には制服を着た男女がいた。二人ともそれほど年齢は高くなく、父よりは若いだろう。

「春子さんですね?」

 前に立っていた女性の方が私に話しかけてきた。

「はい」

「この人を知ってる?」

 右手に持ったハガキ大の写真を私に見せる。

「……はい」

 写真には私と同じ高校のセーラー服を着て三つ編みをしてこちらを睨みつけているような女の子が写っていた。

「でも……」

 でも、と自分が言って、それに何が続くのか、自分でもわからなかった。

 写真に写っていたのは私と同じくらいの年齢だった頃のヨルだった。

柏木かしわぎ小夜子さよこさん」

 女性の警官がそう言った。脳内で漢字を変換するのに少し戸惑う。

「どうしたんですか?」

 女性の背後にいた男性の警官が首を少し前に出した。

「彼女を探しています」

 探している?

「最近会ったのはいつですか?」

「昨日、です」

「どこで?」

「あの、公園のところです」

 方角を指差す。

「なるほど」

 そう言いながらも二人ともメモを取る様子もない。たぶん、それくらいは知っている、ということなのだろう。

「あの、どうして」

 その質問に対して、二人は顔を見合わせた。女性の警官が返す。

「彼女を探しています」

 答えになっていないが、それ以上何かを言うつもりはないようだった。

「連絡先は?」

「……知らないです」

 電話もラインも知らない。ただあそこに行って偶然のように会っていただけだ。

「とにかく、もし彼女に会うことがあったら、警察に連絡してください。必ず、必ずです。これは彼女のためです」

 はっきりとした声でそう言って、二人はいなくなった。

 頭の中がこんがらがっている。玄関に立ち尽くしていると、父がやってきた。

「どうしたの?」

「よくわからない、人を探しているって」

 よくわからないのは心底そうだった。

 警察がヨルを探していて、その理由は私には言いたくないようなことなのだろう。単純に行方不明になっているのならそう言うだろうし、何らかの事件に巻き込まれているのでは、と考えるのが妥当だった。

 前にヨルが言っていた、踏ん切り、という言葉が胸の中に沸いてくる。

 とはいえ、私にできることは何もない。

 私はいつものように家を出る。今日は父に悟られないように念入りに静かに出た。それなりのやましさはあった。

 外に出て、いつものようにコンビニに向かう。公園を横切り、橋を渡る。コンビニであのときと同じサイダーを買った。

 コンビニを出てすぐにサイダーのキャップを開けた。シュワシュワと泡が出る。

 橋を再び渡るとき、横に車が停止した。

 鼓動が一つ跳ね上がる。

 運転席の窓が開く。

「やあ」

 この一週間と同じように軽い口調で言った。

「ヨル!」

 なるべく大きな、それでいて他の誰にも聞こえないほどの声で私が言う。

「乗る?」

「え……」

「乗るなら急いで」

「あ、はい」

 ヨルの声に押されて後部座席に乗り込む。

 前と違う芳香剤の匂いがした。どちらかというと、線香の匂いのようで、一瞬母の葬式を思い出した。

 ヨルは黒いワンピースを着ていた。まるで誰かの葬式の帰りみたいだった。

「少しドライブをしよう」

 ヨルが言い、唸りを上げて車が発進した。

 少しの間黙る。

 言いたいことがあった、聞きたいことがあった、もしかしたら会えるのではないかと思った。

 すべてが有耶無耶になりつつあり、私はミラーに映るヨルをみた。ヨルは笑っているようにも見えた。

「警察」

 口火を切ったのはヨルだった。

「私を探しているんだろう?」

「そ、そう!」

 車の中では声の大きさも気にする必要はない。

「それで、私の家に来て」

「通報しろって言われた」

「うん」

「今してもいいよ」

 あっけらかんとヨルが言った。

「でも」

「ハルに通報されて捕まるなら、まあそれもいいかな」

 捕まる、と明確にヨルが言う。警察は彼女のためだと言った。捕まえる気ならそう言うだろうか。

「何を、したんですか?」

「何を? 全部終わらせたんだ」

 赤信号で車が止まる。

「ラウンダバウトって知ってる?」

「ううん」

「環状線でも山手線でもいいよ、こう、ぐるぐる回っているんだ。今だって、どこにも向かっていない」

 信号が青になり、また静かに発進をした。

「そうだ、海に行こう。そんなに遠くない」

 信号機の上にあった案内図を見たのかヨルがそう呟いた。

「でも」

「大丈夫だよ、警察だって馬鹿じゃない。ちゃんと捕まるさ」

 私が続けようとした言葉を見透かしていたのかヨルが言う。

「行こう」

 二人ともまた黙ってしまう。

 車は夜の闇の中を走っている。

「別に逃避行ってわけじゃない。そんなに気にすることでもない。できれば、終着点を海にしたいってだけ」

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