4日目
4日目。12月21日。
私は気付いてしまった。
気付きたくない事実を。認めたくない事実を。
そして、次の日になっても覚えていた。
知りたくなかったから日記に書かなかったというのに、よりによって覚えていた。
もしかしたら、昔も気づいていたのかもしれない。
気付きたくなかったから日記に書かないで、記憶から消したかもしれない。
この、特殊な病気を使って。
だが、それももう通じない。
あの日、12月19日。私はこの日を最悪な日だと認定した。
気付いてしまったから。
薫と純恋が一斗のことが好きなこと。
これは、まあ、どうでもいいとしても。
泰志が、麗那のことが好きで。その麗那が……。
彼女はとっくに病気は治っていたんだ。
あの人によって。
いつかはわからない。でも、大分前なのはわかった。
薫と純恋が一斗のことが好き、とわかってから暫く日記を読み返していた。
そしたら、あの事実に気付いてしまった。
あの時、日記を読み返したりしなければ、何も気付かなかったのかもしれない。
私は、この事実を、記憶を、消したい。無くして、いつもの私に戻りたい。
あの時、薬を飲まなければ良かった。日記を読み返さなければよかった。
嫌だ。
こんな気持ちと早くおさらばしたい。
そう。
そうだ。
麗那が泰志を好きになれば、全て解決する。
サポートを、しなければ。
「ねえ、泰志。今日なんだけどさあ」
今日、泰志から麗那にデートを誘うように、誘導しようと泰志に声をかける。だが、同時に扉が開いた。菅の登場だ。
「富岡泰志。今回は少々厳しい」
見た目からしてヤバそうな色の試験管を泰志に渡す。手渡しした後、前回の試験管を回収。直ぐに去った。菅はどこに居るのか不明だが、普通に施設に籠っているだろう。得体の知れない男なので、不気味で不気味で仕方ない。
そんなことを思っていると、泰志が貰った試験管に口をつけていた。何の躊躇いもない行動に成長を感じる。てっきり、俺なんか……とか言って飲まないと思っていた。
その泰志の行動にみんな驚いた。息を呑む音がしながらも沈黙を続ける。
「……あんまり、変わった気がしない……」
これは治ったのか、治ってないのかわからない。もしかしたら、癖が残っている、という可能性もあるだろう。
「……でも、何となく……」
その後の言葉はなかったが、泰志は少し微笑んでいた。
「なあ、瑠璃。今日は、俺らと遊ばないか?」
まるで、何かを我慢しているみたいな笑顔の圭。
「別にいいけど」
返事をすると、圭は心底安心したように息を吐く。私が何か危険でも冒すとでも思ったのか。失礼な奴だ。
「それで、泰志」
泰志に要件を済ますべく声をかけるが、圭に邪魔された。
「さあさ、朝飯食って、早く遊ぼうな」
無理矢理席に座らせる。今日の圭は可笑しい。いや、いつも可笑しいか。
圭の行動に不思議に思いながら、食べ物を口に運ぶ。
朝食を済ませた後、泰志に声をかけようとしたが、またもや圭に邪魔された。
圭と隆と私が外に出る。なぜ、この三人なのかは不明だ。もう一人くらい女を引っ張って来ていいと思う。
「何でこんなところに行くのよ」
てっきり遊ぶのかと思ったのだが、宿の端に隠れた。
「しっ! 静かにしてろ」
圭に怒られた。今日の圭は妙にウザい。いつもウザいけど、それでも何となく気に障る。
三人で宿の方を見た。
暫くすると、泰志と麗那が出て来る。
「…………………」
「…………………」
二人とも沈黙している。泰志は、何か話したそうだが……。
「……今日は……俺と……一緒に、居て、欲しい……」
言いたいことと言っていることが微妙に違う気がする。
それにしても驚きだ。まさか、自主的に泰志が麗那を誘うとは。これは、私がサポートしなくてもいいのかもしれない。
「ということなんで、俺らは別行動だ」
「だからと言って、これはないでしょう」
絶対にこの三人のグループは間違っている。
「んじゃあ、俺は純恋の方に行こうかなあ……」
目を瞑りながら、嬉しそうにニヤつく。その表情に引きながら、呆れた。
「待ってるんじゃないの? 今、あの二人勝負中よ」
純恋と薫は一斗と一緒に居る。そこに圭が入ったら邪魔になるに違いない。完全にその行動は間違っている。
「よし、浩一の方に行こう」
「それは……やめといた方がいいと思う」
隆が反対する。珍しいものだ。
「何でだ?」
「んー……。それは……」
隆は何かに気付いているのか。言いにくそうだ。これは面白いかもしれない。後で隆に訊こう。
「何だよ」
「いや、何でもない……」
これは憶測か。確実ではないことか。
「まあ、いいわ。昨日の分も遊ぶわよ!」
別にこの面子でもいい。昨日や一昨日の分も楽しめれば、それで。
この夢の国の奥まで行ってみる。
意外と奥があった。だが、一番奥は壁だった。結局は私達と閉じ込めるらしい。しかし、こういう機会があるのだから、特に問題はない。
午前中は主に探検で昼食後、行きたいところから行き、楽しんだ。
夜。
観覧車に乗る。
ここで、告白するという何ともロマンティックな体験を泰志が今からする。
昨日、泰志が出来れば告白はしたいという思いを伝えた。すると、圭が観覧車で告白しろよ、と言ったのだ。だから、この状態になった。
こういうことをちゃんと考えてくれたあの二人には感謝してもしきれないほどの思いを泰志は持っている。いや、二人ではない。
ここに居る全員のお陰なのだ。
様々な言動を見て、勇気が出せるようになった。もしかしたら、みんなのお陰で病気は半分くらい治っていたのかもしれない。
それらを感じながら、告白の第一の言葉を発揮する。
「あの……」
今日のデートで大分慣れて来た口、言葉、声。どうやらあの薬は効いたようだ。
「今日、誘った理由なんだけど……」
麗那は気付いているのかもしれない。その前から気付いていたのかもしれない。そういう思惑があるが、一度無視をする。
「……俺は、キミが、キミのことが好きなんだ」
シンプルな告白。いろいろと考えてみたが、小細工は要らない。シンプルに、普通に告白するのがいいと思った。だが、それはシンプルだからこその恥はある。多分、この後、死ぬだろうという覚悟の上で発した言葉。それほど、重い言葉を吐いた。
「……麗那が一番、輝いて見えるんだ」
自分の精一杯な思いを言葉にして、麗那に伝える。麗那にいくら思いを伝えようと、彼女は何も感じない。
「麗那と一緒に居ると落ち着いて……。こんなこと言われても気持ち悪いだけかもしれないけど、俺にとって、麗那は必要不可欠な人間なんだ。だから、その……付き合って、ほしい……」
付き合ってほしい、という表現が正解なのかは措いといて、とりあえず全て言い終えた。
返答を待つ。
返答と言っても、彼女は無感情。自分のことなど、何とも思っていないだろう。
そう思った矢先、彼女は口を開く。
「お気持ちだけもらいます」
感情が籠ったような声。
感情が籠ったような少し悲しそうな表情。
「あの……これからって言うのは、なし……?」
別に今付き合ってもらわなくてもいい。
その思いが泰志の頭に過る。
「ごめんなさい」
「…………………」
この言葉を聞いて、泰志は一つの可能性を見つけてしまった。
彼女はもう、病気が治っているのではないだろうか。
それも、誰かの手によって――。
「夜分にすまない」
夕食を食べている途中、扉が開く。
そこには試験管を持った菅が居た。いつもは朝食時に来るのだが、夕食時に来るとは意外だった。
試験管を浩一に渡し、黙ってどこかへ消えて行く。
今回は浩一らしいが、それにしても薬で両足が治るのだろうか。普通、肉体的なものは手術とかで治るんじゃないかと思う。だが、治るのなら、何でもいいか。
「浩一、飲まないのか?」
試験管を受け取り、机に置く。横に置いても漏れないのは、蓋がしてあるから。
「いや、後で飲むよ」
「ふーん」
その行動は少々意外だったが、本人の自由なので気にしないでおく。
夕食後、泰志から結果を訊いた。
どうやら、失敗に終わったようだ。悲しいものだ。
しかし、その結果を訊いて少しだけ嬉しいと思っている僕が居た。
これは、僕だけ置いてけぼりにされそうになったからか。
圭はちゃんと思いを告げ、一斗は思いに向き合い、泰志も告白した。
残るは僕と浩一。必ずしも恋しろ、だなんて命令とかはないけど、周りが恋をしていると自分は置いてけぼりの気持ちになる。
それに、浩一だって恋をしている。多分だけど。昨日までの勉強会でそんな感じがした。これはあくまで僕の憶測にすぎない。
そして、結果を訊いて、嬉しいと思っている僕に、少し苛立ちを覚える。なぜ、僕が嬉しんでいるのか。それはいけない感情だ。直ぐに消さないと。
「隆?」
「ん?」
結果を言い終えた泰志が、僕の顔を覗く。
「怖い顔してるけど、大丈夫?」
「あー、大丈夫だよ」
「何だ、お前。まさか、泰志をフッた麗那に怒りでも覚えたか」
「いや、そんなことはない」
その方が良かったのかもしれないけど。
心の中で付け足した。
「うし。チャンスはいくらでもある。次の作戦考えるぞ」
圭の言葉に賛同し、僕は自分の気持ちから目を逸らした。
どんなに頑張っても、どうすることも出来ない。
自分の気持ちも。
麗那の気持ちも。
泰志の気持ちも。
全部全部、私一人の力ではどうすることも出来ない。
諦めて、圭のようになるか。
そういう可能性が思いついた。でも、アイツを見習いたくない。
だからといって、自分の気持ちを隠す、諦めることは出来ない。これは、勝手な感情。
私がなんとかすることは出来ない。
「はあ……」
「お疲れー」
風呂上がりの瑠璃が泰志に声をかける。泰志は、飲み物でも飲もうと、リビングに来たところだった。
「お疲れ?」
何に対してお疲れなのかわからなかった為、語尾があがる。
「麗那のことよ」
少しだけ泰志は驚く。特に秘密というわけではないが、言われてしまうと恥ずかしいものだ。
「ね、返事の言葉ってどんなだった?」
興味津々といった感じで訊く。泰志にとっては、傷を抉るようでとても心が痛む。
「ああ、言い方変えよう」
「……?」
どうやら弄りたいわけではないようで、瑠璃が優しい表情になった。
「感情、籠ってた?」
「……!」
その質問に目を見開き、驚く。
「籠ってたか……」
その反応でわかったようで、瑠璃は伸びをした。
「それで、引き下がる気?」
挑発するような目つきで、泰志を見る。
「引き下がる気はない。でも、俺は彼女を知らなすぎる気がした」
「そっか……」
その答えを聞いた瑠璃は儚げな表情だった。
「頑張ってね」
じゃあ、と去って行く。
何だったのだろうか、と疑問に思いながら泰志は口に水を流し込む。
部屋に戻ろうとした時、瑠璃が戻って来た。
「アンタが引き下がっても、この私が居るから安心しなさい」
「え?」
「じゃあねー」
たったったと階段を駆け上がる音が聞こえた。
今の言葉の意味を理解出来ず、ただ何となく、その場で立ち尽くしていた。




