3日目
3日目。12月20日。
「失礼するよ」
朝食を食べている途中、またもや菅が入室してくる。
「今回は高田圭だ」
圭に試験管を渡した後、浩一から昨日の試験管を貰う。浩一は試験管を渡すと同時に、昨日の失敗の報告をした。
「一斗は失敗だったぞ」
「そうか」
素っ気ない返事をして、そのまま出て行く。
一斗は今朝中々リビングに来ないものなので、部屋に行ってみら倒れていた。どうやら深夜あたりから傷んでいたようで、今は安静中。
昨日、瑠璃が空気を壊したくないから、と守ったはずなのだが……。一斗は倒れるわ、純恋は部屋に籠りっぱなしわで、どよーんとした空気が漂っている。それを壊すはずの、瑠璃は元気がないし、圭は圭で今自分がこの薬を飲むか飲まぬかで悩んでいる。
本当にみんな、どうしたというのか。
「ちょっと、純恋のところに行って来るね……」
薫が席を立ち、純恋の部屋へ。数分と経たずに帰って来る。その顔はとても寂しそうだった。朝食を完食した後、薫までもが部屋に籠り始めた。
朝食の食器を片付けた後、圭が薬を飲んだ。
「………よし」
試験管を浩一に渡し、真剣な眼差しになる。そのまま、部屋に向かった。
「さてと、お前らは遊びに行くか?」
食器を片付けた後、みんなに問いかける。
「この空気で、そんな気にはなれないよ」
「だよな」
ここに残っている僕らは昨日と同じ行動をした。
今まで目を逸らしていたことがある。でも、今日、いや昨日の夜からの様子を見て認めざるを得ない。
最初から気付いていたのかもしれない。目を逸らしていたのかもしれない。俺が、昨日純恋を誘わなければ、良かったのかもしれない。
悲しいことだが、これはチャンスだ。俺だって、こんなことでチャンスだなんて思いたくないけど、それでも……。
「……純恋」
「010」と書いてあるドアをノックする。
「その、昨日はすまなかった」
謝っても仕方ない。でも、謝らないと、気が済まない。
ドアを開けることはないけど、数分後には返事が返って来た。
「どうして、謝るの?」
「昨日、俺が誘わなければ、その、こんなことにならなかったかなって」
「……圭が、責任を感じる必要はないよ」
だが、酷く落ち込んでいる声をしていた。
「それでも……。ごめん」
本人は見ていないけど、頭を下げる。謝られても困るかもしれないけど。
「……でも!」
この機は俺のチャンスだけど、純恋が幸せにならないなら意味がないから。
「別に、あの二人は付き合っているわけじゃない」
「でもっ!」
ドアを叩く。その振動が伝わって来て、一瞬ビクッとした。それほどの思いを感じて、チクリと痛みを感じる。
「あの二人の間には入れないよ……」
「諦めるな!」
つい声が大きくなってしまう。少し抑えながら続ける。
「諦めなければ、なんとかなるんだよ。無理矢理でも、邪魔してでも、奪うんだよ。じゃなきゃ、何も残らないだろ……! 後悔、したくないだろ」
「そんなの、無理だよ……」
その諦めが、頭に来る。
「無理じゃねえ!」
「……!」
「言っただろ! 諦めるなって。諦めない心が大事なんだよ!」
諦めなければ、何かしらの効果はあるはずだ。後悔なんてしたくない。チャンスは逃してはいけない。チャンスがある限り、諦めてはいけない。
「たとえ」
そう、たとえ……。
これは俺のチャンスだけど。
「たとえ、一斗がお前を選ばなくても、俺が居る!」
恥ずかしい言葉を発した。でも、それは日常の会話で察していることだろう。今更だ。
「あ……」
怒鳴ってしまったので、急いで謝る。
「ご、ごめん……」
暫く沈黙が続く。
嫌われてしまっただろうか。
そう、疑問に思った直後、少し扉が開く。
「こちらこそ、ごめんなさい」
頭を下げて謝る。
頭を下げたまま、続けた。
「その、ありがとう」
「ど、どういたしまして……」
役に立てたなら何よりだ。
「わたし、ちょっと、頑張ってみる」
「お、おう……」
これは……。ちょっと、悲しい。
「だから、その……」
「……?」
目を泳がせて、何かを言おうとしている。その言葉は予測出来ない。
「少し、待っててください」
「な、にを?」
ゆっくりと訊く。
何となく言いたいことは察したが、口が勝手に動いてしまった。
「その、返事……みたいなもの、です……」
顔を赤くして、もじもじと手弄りする。
「あ、ああ……」
つい勢いで言ってしまった言葉。後になると、じわじわと実感してくる。恥ずかしくなって、赤面になり、目を逸らした。
横目で純恋の顔を見ると、少し頬を赤めて笑っていた。
「アホなんですかー」
食卓の上に、頭を乗せて、ぼーっとしていると、瑠璃が顔を覗かせた。
「阿呆とは失礼な」
「ま、それが男ってものよねえ。惚れ直しちゃったなあ」
「お前に言われても嬉しくないし、棒読みだし」
女子にモテることは嬉しい。でも、瑠璃に好かれても、一ミリも嬉しくない。嘘にしたって、気持ちが籠っている方がいい。いや、気持ちが籠っていたら、気持ち悪いか。
「何しに来たんだ?」
「飲み物取りに来たのよ」
冷蔵庫を開ける。二リットルの麦茶を出し、コップを六個出す。そのコップにお茶を注いだ。
「アンタこそ、こんなところで何してんのよ。部屋に籠ったら?」
「んー……」
顔を上げて、腕を組む。
「それは、違うだろ」
「別に、誰も部屋に籠ってないんだから、一人くらいいいんじゃない。それに、圭の場合は、ただイタいだけだから」
「う、うるせぇ」
「あーはいはい。初々しくて羨ましいですねー」
コップをおぼんに乗せて、その場を去って行く。
「クソー……!」
あの女、いつか見返してやる。
少し時間を遡り。
圭に元気を貰った純恋は「009」の扉の前に立った。
「あの、薫」
緊張を含んだ声で呼ぶ。一度、深呼吸をしてから、勇気を振り絞った。
「私、まだ諦めないから」
「……!」
「でも、今日は一緒に、一斗の部屋に行かない?」
彼が倒れたことは、純恋も知っている。
「後、薫がそんな態度取ってたら、正直言ってムカつく」
今までのわたしは何とも思わなかったけど。でも、今は頑張る者として。
薫が扉を開ける。
「わかった、ごめん」
薫は、真剣な顔をして、承諾した。
笑い合った後、二人は仲良く一斗の部屋に訪問した。
夕食後。
どうやら、朝のうちに解決してくれたようで、夕食は賑わっていた。
コンコン。
部屋のノック音が聞こえた。返事をしながら扉を開ける。
「あ、泰志。こんな時間にどうしたの?」
そこに立っていたのは泰志だった。意外というか珍しいというか。
「あのさ……」
「あ、話なら部屋で聞くよ」
部屋に招き入れると同時に、圭が通り過ぎていくのが見えた。
「それで、何の用?」
そう問い質すと、勢いよく扉が開く。
「何だよ、俺の存在無視しやがって」
「無視はしてないと思う」
「圭も来な? くらい言えよな」
「あ、あー……ごめんごめん」
仕方なく部屋に入れるが、泰志は圭が居てもいいのか。
疑問に思ったので視線を送ってみると、頷く。どうやら圭が居ても良かったようだ。
「で、何してんだ、お前ら」
「泰志が、何か用があるみたいで」
「おう、泰志か」
「………俺なんかが、ごめんなさい………」
完全に落ちている泰志。それを励ましながら、話を進める。
「で、泰志は、何か相談したいことでもあるか? 何でも聞くよ」
「……えっと、そのー……」
言いにくいことか。彼が言うまで沈黙していた。
「……俺、明日……。……麗那に……誘う、と思う……」
「まさか、デートに、か?」
圭が目をパチクリさせながら訊く。
すると、黙ってゆっくりと頷いた。
これは僕も驚きだ。泰志は麗那に憧れを抱いていることは前にも話されたし、知っていた。何となく彼の視線の先に麗那が居る気がしたが、まさか泰志がこんなに勇気を出すとは。
「……俺なんかが誘うのは、やっぱりダメ……だよな……」
ポケットの中からナイフを出す。これは自分を傷付ける凶器。
それを察し、そのナイフを募集。そして、微笑む。
「いいんじゃないかな。泰志が麗那にデートの誘いをしても。僕らも手伝うよ」
「おうよ!」
僕と圭の笑顔に救われたようで、作戦を練った。
それにしても泰志が麗那にデートのお誘いをするということは、泰志は麗那のことが好きということなのだろうか。彼女の病気が治れば別だが、無感情の彼女に恋心なんて芽生えるのかな。それって、物語の世界で叶うこと、なんじゃないのか。
その恋を、叶わないことを願っている自分が居た。




