2日目
2日目。12月19日。
朝食中。
「今日はみんな何すんの?」
瑠璃が食べながらみんなに訊ねる。
「いろいろ、やりたいことあるよね」
「そうだね。昨日も楽しかったし」
双子さんは昨日を満喫したようで、夕食後、直ぐに寝てしまった。今日、起きた時に追加の報告をしてくれた。昨日丸一日、薫の記憶破損はなかったそうだ。つまり、薬の効き目があったらしい。
「俺は、奏音と勉強だな」
昨日から、浩一は奏音と勉強をしている。初期よりかは日本語が達者だ。
「じゃあ、僕も浩一に手伝おうかな」
「いいのか?」
「うん」
奏音と話をしてみたかったこともある。それに、何て言ったって今日はあの日なのだ。
昨日、圭と一斗と泰志で遊んでいた。そして、帰り道に圭が宣言していた。明日は純恋を誘って一緒に遊びに行くと。これは邪魔してはいけない。後、巻き込まれたくない。
「…………じゃあ、俺も……」
「泰志もか?」
「………ごめんなさい。俺なんか要りませんよね……」
「いや、そういう意味じゃない。ありがとう」
奏音の勉強は、浩一、泰志、僕がすることになり、他の人達は遊ぶようだ。
「よし! 私は今日も麗那とジェットコースターに乗るよ!」
どうやら昨日もジェットコースターに乗っていたらしい。面白そうだったから、今度乗ってみよう。
「失礼」
わいわい騒いでいる朝食に入って来る菅。菅の手には二本の試験管があった。昨日と同じように薬なのだろう。今日は、瑠璃と一斗のようだ。
「邪魔して済まない。昨日と同様、試作品の命の保障付きだ」
瑠璃と一斗にそれぞれ「004」と「006」を渡す。
「昨日渡したものはあるか?」
「ああ。それならある。取って来るから少し待ってくれ」
浩一が席を立ちあがり、恐らく部屋にあったのであろう試験管を菅に返す。
「多分、また明日も来るだろう」
ではな、と扉を閉め、去って行く。
「私は今直ぐ飲むよ!」
勢い良く、試験管の中の液体を喉に押し込む。瑠璃に関してもそうだが、明日になってみないとわからない。
「じゃ、じゃあ、僕も飲もうかな。みんなに心配かけるのもよくないし」
こちらも、治ったか治っていないか、いまいちわからないだろう。
一斗も、一度唾を飲み込んだものの、決意の眼差しで薬を飲む。
「おえ……」
マズいものでも食べたような顔の瑠璃と、平然としている一斗。病気の種類も違いもあって、味が違うのだろう。
「私に関しては明日になってみないとわかんないし。取り合えずは無事だし。麗那、今日も思いっきり遊びましょう!」
「わかった」
瑠璃はいつも通りだった。一斗の方を見てみると、いきなり苦しんだ様子を見せる。
「大丈夫か?」
一斗の傍に直ぐに駆け寄る。
「だ、大丈夫……。少し痛かっただけだから」
「そうか」
無事なら何よりだが、一斗に関しては失敗かもしれない。
「試験管は預かっておく。取り合えず、二人とも無事らしいから、遊んで来たらどうだ? 時間がなくなるぞ」
瑠璃と一斗が持っている試験管を回収し、浩一はみんなに外に行くよう促した。
「はいはーい」
瑠璃が麗那の手を引っ張って宿の外に出る。それに双子が続く。
「一斗、ちょっとアンタ来なさい」
宿に一度戻って来た瑠璃は一斗の手を引っ張って行く。その後を続くように圭も出る。出る際、目が合った。今日の圭は大人しい圭のようだ。多重人格というのも大変だ。
「食器を洗っているから」
「あ、僕も手伝うよ」
「いや、お前は奏音と話でもしててくれ。泰志も頼むぞ」
「………俺みたいなのに、頼んでも、みんなの迷惑に」
「はいはい。そんなことないそんなことない」
泰志を励ましながらも、奏音と話をした。
「あ、あの、純恋……」
圭が純恋に話しかける。その声は緊張を含んでおり、少々高い声だった。
その緊張が伝わって来たかのように、純恋も緊張しながら答える。
「……何?」
「今日さ……一緒に、遊ばない?」
視線を逸らしながら、顔を赤く染め、頬を掻く。
純恋は薫と遊ぼうとしていたので、薫の方へ視線を向ける。すると、どうぞと口パクで言っていた。
「い、いいよ……」
こうして、二人はデートをすることになった。
その場面を見ていた瑠璃は楽しそうなものを見つけたかのように、ニヤリと笑う。
「ふっ……遂に来たのね、この時が!」
ガッツポーズしながら小声で叫ぶ。
「何、するの……?」
一応、という感じに一斗が訊いた。
「決まっているじゃない。尾行よ」
一斗と薫はやっぱり、と思った。
「一度やってみたかったのよね、尾行。さあ、行くわよ! レッツゴー!」
瑠璃が圭と純恋の方に堂々とついて行く。その後ろに麗那。
「あんなに堂々としてたら、バレる気がするし、尾行はよくないと思う……」
「僕もそう思うけど、ついて行くしかないんじゃないかなあ……」
瑠璃の言ったことに反論出来ない二人は、麗那と並んで、瑠璃について行った。
「そういえばさ、純恋って、圭のこと好きなの?」
尾行中、瑠璃が薫に問う。もし、好きな異性が居る場合、圭の思いより、純恋の思いを優先させたい。そういう思いがあった。
「どうだろう……。多分、違うと思う……」
そうは言うものの、純恋に好きな異性が居ることは把握済みだ。薫にも居る。好きな異性というのは。ただ、双子が故なのか、同一人物を好きになってしまっていた。それはあくまでも、薫の憶測で、純恋本人の気持ちはまだ確定ではない。だが、察してしまったのだ。自分と同じ人間を好きになってしまったことに。
「ん?」
薫の発言に少し気になる瑠璃。だが、それ以上、模索をしても無駄だろうと思った。言いたくないことは無理矢理言わせるような悪ではない。
尾行をしながらも、半分別行動をとっている。それは、瑠璃が尾行尾行、と言っても、本人が他のものに興味を持ったりするので、三人は連れ回されていた。
「そういえば、一斗には居ないの?」
「何が?」
「好きな人?」
「うーん……。特には」
考えても好きな異性というのは出て来ないものだ。そもそも異性との関わりは五人しかしたことがない上に、その五人を異性とするのは難しい。
「そんなこと言って、実は好きだったりするんじゃないの?」
「だ、誰が……?」
自分の知らない感情を、瑠璃は知っているのか。そんな焦りがする。
「隆」
「へ?」
まさか、そこで同性が出て来るとは思わなかった。
「だって、何かアイツと結構仲いいじゃん。私の中では、隆を一斗と泰志が取り合ってる風に見える」
「取り合ってないし!」
恋心関係なしなら、一斗は隆のことが好きである。一斗の隆への思いはあくまで友情であって、それ以上もそれ以下もない。泰志もそうであろう。それに関しては本人に問うてみないとわからない。
「んじゃあ、麗那?」
「何でそこで麗那が出て来るわけ?」
「だって、麗那可愛いじゃん」
可愛く、いい子であるが故に、瑠璃は麗那のことを気に入っている。
「可愛ければいいってものじゃないと思うけどなあ」
「ええそうね。でも、麗那は何でも言うことを聞いてくれるスーパー優しい子よ」
「そうかもしれないけど……」
確かにそれはあるかもしれない。優しい子だとは思うけど、それは感情がないからなのでは、と思ってしまう。それに、それは瑠璃がいいように使っているだけではないか、実はいい道具だから、傍に置いているだけではないか、と思った。
「じゃあ、麗那は違うんだ。好きじゃないんだ」
「そういう意味でもなくてね?」
麗那への感情は最初は恐怖だった。何にも興味を示さない、無表情の無感情。それは子供にとっては恐怖に感じた。日々過ごしているうちに慣れてきたけど、偶に恐怖を感じることがある。この人は今、何を思っているのだろう、と。勿論、何も思っていないのだろうが、それでも考えてしまったりする。
「詰まらないわね」
そう呟くも、遊具で楽しんでいた。
十二時半過ぎ。
四人は宿に戻る。すると、圭と純恋は先に到着していた。
みんなで昼を食べ、午後にまた出発する。圭と純恋はデートの続きだ。
瑠璃は、午前の遊びと昼の時、薫と純恋を見ていて、察したことがあった。
もしかしたら、この二人の好きな人は同一人物であの人ではないかと。そう考えてみたら、日常生活にも、アピールしている部分があった。
昼食後、急いで部屋に戻る。部屋の中は、ベッドと机と椅子しかない。施設内の部屋にはもっと私物があるのだが、持って来れなかった。理由はいきなり移動するし、戻ることが出来ないから。幸いなことに、日記帳はいつも手持ちしていた。その日記帳の中身を見る。
ずらっと書いてある日記。それは普通に書くような日記ではない。多少なりとも省いてある部分はあるものの台詞や行動が全て書かれている。そうしないと、毎日同じ行動をしているかもしれないから。みんなの名前も性格も意外な一面も全て忘れてしまうから。
「やっぱり……」
自分の書いてある日記を見て思った。
あの双子は、一斗のことが好きだということに。
そういえば、と思い出す。瑠璃が一斗と話している間、ちらっと見えた、薫の悲しむ表情。何かを言おうとして、口を開いたり閉じたりする仕草。そして、自分の情けなさに責める感じの視線。
「これはちょっとマズいなあ……」
もし、純恋に好きな異性が居る場合、圭よりも優先的に叶えたいものなのだ。だが、今回の場合、薫も純恋と同じ異性だ。二人の恋を応援したいものの、同一人物じゃあ仕方ない。となると、圭と純恋をくっつけて、薫と一斗をくっつけるか。それは少々難しいというか心苦しいというか……。
「あーあ……」
恋なんて……くだらない……。
瑠璃はベッドに寝っ転がりながら、恨む気持ちで心の中で呟いた。
「瑠璃は、どうしたの?」
一斗が何も知らぬ顔で、麗那に聞く。麗那は先程、瑠璃の部屋に行っていた。
「部屋に籠ってる」
「何で?」
「わからない」
「ふーん……」
瑠璃が部屋に籠るのは珍しいことだ。
「私のことはいいから、お前らで遊びに行って来いって言ってた」
麗那は瑠璃の部屋をノックした時に、伝言を頼まれたので、言われた通りに圭と一斗と薫と純恋に言う。
「どうしたんだろう……」
純恋は心配そうに呟く。
「午前中は元気そうだったのにね」
「そうだね……」
午前中、一緒に行動していた薫が落ち込んだ様子で呟き、一斗がそれに同意する。
「瑠璃の面倒は、俺が見とくから、お前らは瑠璃の言った通りに遊びに行って来い」
「何だか、浩一、お母さんみたいだね」
笑いながら一斗が感想を述べる。その笑いにつられるように、みんなが笑う。
午後、圭、一斗、薫、純恋は外に出た。他の人達は、奏音の勉強の付き添いだ。
そして、圭と純恋はデートを再開する。
「どうしよっか……」
残された二人は宿の前で立ち尽くす。
「僕も、奏音の勉強に付き添おうかなあ……」
薫と一緒に居たくないわけではない。ただ、二人で遊ぶとなるとハードルが高い。引っ込み思案の二人なので、圭や瑠璃が居ないと、中々遊ぶ気にならない。
宿に戻ろうと、回れ右をする。しかし、袖を摑まれた。
「わ、わたし……したいことが………あるんだけど……」
「え?」
まさか、薫が自分を誘うとは思わず、一斗は素っ頓狂な声を出す。
「あ、えっと、ダメ……だったらいいんだけど……」
自信なさげで弱々しい声。
「そんなことはないよ」
優しい声で頭を撫でた。薫は撫でられた瞬間、顔が真っ赤になった。子供扱いされている恥ずかしさと、嬉しさ。両方が入れ混じった感情で、ドキドキが止まらない。
「それで、何がしたいの?」
「あ……」
そう質問された時、全く何も考えていなかったことに気付く。ただ、折角のチャンスを逃さないと頑張った行動だった。
何も考えていなかったので、その場でわたわたする。頭をフル回転にしようにも、出来ない。
その行動を見て、一斗は不思議に思うも、ここはリードをしなくては、と思い、視界にあったものを適当に提案する。
「あの、水族館なんてどうかな」
「え、あ、うん……」
一斗は元々、魚は好きだったりする。昨日は、カラオケやらゲームセンターやらで満喫したので、丁度いい。
水族館の中に二人で入る。幸いなことに、圭と純恋は、アスレチックに居るので、擦れ違うことはないだろう。
「僕、生きている魚を見たのは初めてだよ」
一斗に限らず、ここに居る十人の子供は一度も見たことがない。食事に使う時の魚や、他の動物は見たことがあっても、生きている物は人間以外見たことがない。
その新鮮感を味わいながら、一つ一つじっくり見る。触れる体験なんかもした。触れられない魚も居るが、触れられる魚も居る。
「楽しいね」
「うん」
そんな感想を漏らす一斗に同意する。緊張はするけど、ちゃんと新鮮感や楽しむ気持ちはわたしにもあった。
なかなかに二人きりというのは珍しいので、会話が少ない。そして、意識している所為もあり、こんな状態を招いてしまった。
「あ………」
一斗と離れ離れになってしまった。別に人が多いわけではなく、なんなら人っ子一人も居ない。
その上で、離れ離れになってしまったのは、何らかの奇跡、誇れることだろう。だが、そんなのを誇っても仕方ない。
「…………………」
やっぱり自分では一斗に迷惑をかける。
あの時だってそうだ。
五歳の頃。
わたしのお気に入りの人形を、圭に取られた。あの時、号泣という程ではないにしても、たくさん泣き、部屋に籠ったことがあった。圭は多分、遊び心で取ったのだろうけど、わたしにとっては悲しい出来事だった。
その後、圭が瑠璃に怒られ謝りに来たが、悲しいことに変わりはなかった。でも、そんな時に、一斗がやって来て、励ましてくれた。これに関しては一斗だけではないけど。
この施設には、悪い人は居ない。そんな中でも、一番私と純恋を心配してくれたのは一斗だった。もし、これが浩一だったら、圭だったら、泰志だったら、隆だったら……。恋心ではなかったかもしれない。
わたしは、隅っこでしゃがむ。頭を腕の中に埋める。
わたしは無理だったのかもしれない。積極性に欠けているわたしなんて、恋は叶えられない。瑠璃のように、積極性があれば……。麗那のように、無関心だったら……。純恋のように、好かれていれば……。奏音のように綺麗だったら……。わたしは、何か欠けている。
やっぱり、誘わなければ良かった。みんなと同じように、奏音の勉強に付き合っていれば良かった。そうすれば、こんなにも辛くなかった。午前中から奏音の勉強に付き合っていれば、もう少し気持ちが収まっていた。後悔なんて、してなかった。
「はあ……。このままだったら、死んだ方が楽なのかなあ……」
冗談を含めた鬱で呟いてみる。
「そんな泰志みたいなこと、言わないでよ」
「っ!」
慌てて顔をあげる。すると、困ったように笑っていた一斗が居た。
「探したよ」
手を指し伸ばしてくる。
「ごめんね。僕が興奮して先に行っちゃった所為だね」
自分が悪いのに謝罪までしてきた。
わたしの心は疑問しかなかった。
なぜ、この人は今、ここに居るのだろうと。
なぜ、この人がわたしのことを見つけるのだろうと。
後者に関しては、一斗以外、わたしが水族館に居ることを知らないから、当たり前かもしれないけど。それでも、見つけられなかった方が良かった。その方が、この恋が育つことはなかった。こんなにも苦しむことがなかった。
「大丈夫?」
気付けば、涙を流していた。
一斗があたふたする。
「ごめんなさい!」
私はその場を逃げ出す。
何だか、今日は生き辛い……。
薫が逃げ出した。理由は不明だ。でも、考えていたって、わからないままだろうし、仕方ない。薫を探すのが先だ。
頭が働く前に、薫を探していた。
「…………………」
彼女がどこに行ったか、全くわからない。追いかけていたつもりが、直ぐの曲がり角で見失い、今は勘で進んでいる。
探しながら、頭を働かせる。
何がいけなかっただろうか。
やはり、ちゃんと、リートが出来ていなかったところか。会話が弾んでいなかったところか。薫を置いてけぼりにして、そのまま先に進んで行ってしまったところか。
考えれば考えるほど、反省点が浮かんでくる。
「んー………」
やっぱり、僕なんかよりも、別の人……。例えば、隆とかの方が良かったのかもしれない。隆だけでなく、浩一や圭だって。泰志に関しては……。わからないけど。でも、彼らならもっと上手くことを運んだはずだ。何せ、僕より優れているから。彼女を泣かせたのは僕の責任だ。しっかり見つけて、謝らないといけない。償いならいくらでもする。
館内は広いけど、人は少ない。その分、探しやすいのだが全く見つからない。もしかしたら、もう外に出ているのかもしれない。
出口の方まで、走る。すると、とぼとぼ歩いている薫を見つけた。だが、足音が聞こえたのか、薫は走る。それでも、僕の方が足は速かった。だから追いつき、手首を摑んだ。
「ごめん。やっぱり、僕じゃ、不服だったかな」
謝罪をする。不服だった場合、止まられるのも嫌かもしれないが、そういうのは正直に言ってもらった方が楽だ。心は折れるけど。これから彼女に嫌な思いをさせるくらいなら僕の心はどうだっていい。
「…………………」
何も答えてはくれない。変わりに、手を振り払われた。だが、逃げはしない。
暫く、その場で沈黙している。
「もう、私に関わらないで……」
「ど、どうして……」
確かに、嫌われる覚悟だが、いきなり「関わらないで」と言われるのも、キツい。
「そんなの!」
勢い良く振り返る。その目には涙が溜まっていた。
「好きだからに決まってるじゃん!」
溢れんばかりの感情が伝わって来る。だが、その言葉の意味を理解しきれなかった。
「もう、これ以上、わたしに優しくしないで……。嫌なの……。苦しいの……」
胸部あたりの服を摑む。その力は強い。強く怯えていた。
「っ………! あ……うっ………」
自分の言ったことを恥じるように、赤面になる。勢いで要らんことを言ってしまった様子。薫が自分から少し距離を取った。
気まずい空気が漂う。
「そ、そういうことだから……!」
薫はその場から逃げるように走った。姿が見えなくなるまで、僕はその場で立ち尽くしていた。
いきなりドアが開いたものだから、何事かと思い、みんなでドアの方を見る。扉の方には薫が居て、立ち止まることなく、部屋に籠ってしまった。確か、彼女は圭達と一緒に居たはず。何かあったのだろうか。
「あーあ、やらかしちゃった」
何が起こっているのかわかったような口ぶりの発言をしたのは、今までずっと部屋に籠っていた瑠璃だった。
「やらかしったって、何を?」
何かを知っているなら教えてほしい。そして、この状態を早く解決してしまいたい。
「それは、私達は関わらない方がいいって」
「…………?」
教えてくれないようだ。
それより、と瑠璃は明るい表情で麗那に話しかけた。
「ちょっと、話があるから、私の部屋でお話ししましょう?」
いつもの、意地悪そうな笑みで、麗那を誘った。
その誘いに断ることなく、二人で部屋に消えて行く。
「あんな顔、麗那に向けたことなかったよな?」
浩一が確認するように、みんなに問いかける。
「そうかも……しれない……」
折角のチャンスなので、楽しい思い出にするつもりだったのだが、不穏な空気だ。
暫くすると、圭と純恋が帰って来た。
「あれ、一斗は?」
「帰ってないんなら、外に居るんじゃねえか?」
いつの間にか、人格が変わっていた圭が答える。一斗の居場所を把握していないということは、別行動だったのか。
「薫は?」
純恋が不安そうだ。
「部屋に籠ってるよ」
優しく答える。帰ったか帰っていないか不安なのだろう。
「私、ちょっと出かけて来る」
いつの間にか戻って来た瑠璃は答えた直ぐ後に、ドアノブに手をかける。
「え、こんな時間にどこ行くの?」
外は真っ暗だ。たとえ、誰も居なかったとしても、暗い夜に出かけるのは危険ではないか。そんな風に思えた。
「心配ならついて来てもいいわよ?」
その顔は、意地悪な顔をしていたが、僕を見ている感じではなかった。
視線の先が気になったが、瑠璃は先に行こうとしていた。だから、僕はついて行くことにした。彼女が何をするかも気になるので。
「どこに向かってるの?」
「世話のかかる人のところよ」
「世話のかかる人?」
誰のことかわからない。でも、この時間に外に出ているのは、一斗ぐらいだから、一斗のところだろう。
遊園地の中を歩き回る。
「目的地とかわかってない感じ?」
「ええ。当たり前じゃない」
歩いている方向は定まっておらず、適当に歩いている感じがしたので、質問してみた。
どこに居るかわからずに出て来たらしい。
「ここには居ないようね」
遊園地を出て、水族館の方へ行く。遊園地の時もそうだっがた、水族館は初めてで、興味本位で周りをキョロキョロ見回していると、追いてかれた。
「…………………」
これでは僕が付いて来た意味はない。暗いけど、危険はないだろう、と思い直し、帰ろうとした矢先。
「アンタ、いつまでそこで突っ立ってる気?」
瑠璃の声が聞こえた。声の方へ行ってみると、一斗もそこに居た。
館内の出口。そこの壁に背を預けていた一斗を瑠璃は正面で仁王立ちしている。
僕は咄嗟に隠れた。隠れる必要はなかった。だが、二人の様子を見てみたかったというか、邪魔してはいけない気がした。
「女の子を泣かすなんて最低よ」
「そんなこと、僕に言われても……」
「……ま、確かに一斗は悪くないかもね」
瑠璃は一斗の隣に立ち、向かいの魚を見る。
「そういうの、何て言うか知ってる?」
「…………………」
「罪深い男っていうのよ」
いつもの瑠璃の表情だ。
「罪深いって……。僕は普通にしてただけだし」
「どうだろうねー……。本当に、あの二人に関しては普通に対応してたかな」
「してたよ」
「私より優しくしてたくせに?」
「そんなこと、ないと思うけど……」
瑠璃は一斗に視線を向けるが、一斗はその視線を躱すように逸らす。
「はあ……。貴方は貴方が思った通り、正直に返事をするべきだと思う」
「返事? 何の話?」
「うわ……。そこで惚けるとか、最低な男だね」
「惚けるって……」
「アンタ、ちゃんとその耳で聞いたでしょう? 状況がどうであれ、ちゃんと気持ちに返事しないと」
「…………もしかして、聞いてたの?」
「聞いてないよ、推測。予想ね、予想。あんな泣きながら帰ってくればわかるって」
「…………………」
どうやら薫を泣かせたのは一斗らしい。それは故意的なものではないし、原因がいまいちわからない。返事がどうこう言っているから、何かを要求されたのか……。
「曖昧な答えは最低だけど、一斗が一生懸命に答えを出したのなら、いいんじゃない? 最後にしっかりとした答えを出せば、だけど」
「…………………」
「さあ、さっさといきなさい!」
一斗の背中を押して、場を離れるようにする。
「このままだと、みんなの空気が悪くなるからね」
ニッコリと微笑む。その笑顔に勇気づけられたのか、真剣な表情で一斗は宿の方へ行った。
「さ、私達も帰りましょう」
僕の方へ視線を向ける。どうやら、隠れていたことがバレていたようだ。別に自信があったわけではないが、見つかったことにぴくりと驚く。驚いたものの、そのまま隠れる理由もないので、瑠璃の前に姿を現した。
「何で、瑠璃はあんなことを?」
「それは、空気を壊したくなかったからよ」
「ふーん……」
微妙に納得いかない答えだ。他にあるんじゃないかと考えてしまう。
「アンタって、好きな人居るの?」
「急にどうした?」
今の話に何の関係があるのか、さっぱりだ。
「いいから答えなさい」
「えー……」
好きな人……好きな人……好きな人……。
呪文を唱えるように、頭の中でぐるぐると呟く。
「ふっ……」
なぜか知らないが、鼻で笑われた。
「ま、今回は見逃すよ。それより戻ろっ。ここは寒い」
「そんな恰好で出て来るから悪いんだよ」
僕は来ていた上着を瑠璃に渡す。この上着は宿の中にあった。施設の中はいつも同じ気温だったが、ここに来てから外は寒い。それに、本でしか見たことが無かった、暗いや明るいを感じた。不思議な景色ばかりだ。
「優しいのね」
「そう? いつも通りだと思うけど……」
僕の渡した上着で温まるようにぎゅっと握る。
その時の瑠璃の表情は少し悲しく見えた。
コンコンと、「009」と書いてある扉をノックする。
「あの、薫? 居るかい?」
返答はない。居るだろうから、話を進めさせてもらう。
「えっと、その、ありがとう。嬉しかったよ、好きって言ってくれて」
「…………………」
「その、返事は求められていなかったけど……。チャンスを、くれないかな?」
瑠璃の言う通り、僕は薫と純恋を特別扱いしていた。最初は、ただ嬉しかっただけだった。妹のようで、可愛らしかった。今は、はっきりとわからないけど……。
「僕は薫のことが好きだ。でも、これは恋心なのか、妹愛なのかはわからない。だから、それを確かめる為に、チャンスをくれないかな」
同じことを言う。嘘偽りのない気持ちを正直に。
返答を待つ。一分ぐらいが経った。
「それは……本心、なの?」
少し怯えた、ドア越しの声が聞こえる。
「うん」
ドアに手と頭を当てて、優しく微笑む。
「わかった。ありがとう」
その声はとても優しく聞こえた。
二人の会話を聞いていた一人の少女は、悲しんだ。
部屋に籠り、ベッドに倒れ込む。布団の中に潜り、涙を静かに流した。
まだ、カップルと成立したわけではない。
でも、自分が入る隙間がないように感じて。
そういう、諦めが早いのは自分も嫌になるけど……。
それでも、少し、失恋という体験をした感じがした。
悲しく、苦しく。もうこのまま死んでしまいたいほどに。生きている価値など見出せないほどに、闇落ちしてしまった。
これは、もしかしたら、鬱病である泰志の所為かもしれない。
人の所為にして、悲しみを紛らわせる。
それを卑劣なことだと感じている余裕など、ない程に……。
よりによってなぜ、私は、記憶を失わなかったのだろう。
昨日の出来事何て忘れてしまえば、少しは楽だったというのに。
なぜ、あの薬で治ったのか。
あの薬でいっそのこと、苦しんでしまえばよかったのかな。
あの薬が、今日配られなかったら、よかったのに……。




