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7日目 ー理由、約束の実行ー

 感情というのは難しいものだ。

 人間の行動は感情が元となっている。

 でも、その感情というのは私には無かった。

 だから特に行動をすることはなかった。自分の意思では、だが。

 私が11の時。圭と一斗が私を怖がった。

 無表情だから、なのだろう。

 不気味。


「お前は人間じゃないんだろう」


 感情がないから人間ではない。そう主張する圭。後ろで一斗が震えている。


「そ、そういうことを言うのは、よくないんじゃないかな……」


 あまりに弱い声。怯えている声。圭の袖を引っ張りながら一斗は言うが、圭は一斗を睨む。


「お前が一番怖がってるんじゃんか」


 ここ、リビングには私と圭と一斗しか居ない。こういう争いと止める浩一は図書館。彼らと仲良い隆は泰志と一緒に部屋で何やら作業をしている。薫と純恋は奏音の世話。そして、いつも私の傍に居る瑠璃は体調を崩している。


「それは……」


 反論が出来ず、うじうじする一斗。私のことを怖がっているのは本当なのだろう。実際に、一斗が私を怖がっているのは何となく伝わってきている。ただ、怖がられても別に何も思わない。何も感じない。


「人間ってのは、感情がある! そして、お前はない!」


 目を瞑り、腕を組む。圭は今、探偵もののアニメにハマっている。探偵の推理に真似ているのだろう。


「だからお前は、人間じゃない!」


 真っ直ぐ私のことを指差す。真っ直ぐとした瞳を向けられる。

 反論は出来ない。する気もない。人間じゃなくても、何も問題ないのだから。たとえこの先、虐められたとしても、何も感じることはない。それが私だから。


 真っ直ぐに私を見て来るので、同じように、私も圭を見つめる。

 見つめ合った状態の出来上がり。

 それが恥ずかしかったのか、圭は少々頬を赤く染めて、そっぽを向く。


「そんな目をしたって、お前は人間じゃないんだ」


 腕を組む。その様子を見ていた一斗がわたわたとする。


「それは違うと思う」


 誰もが無言でいる中、一人の少年が口を開く。


「何だよ、隆。お前は、コイツの味方すんのかよ」


 途中で会話に入って来たのは隆。その存在がどうしても邪魔なようだ。反論しない者が居ない時を狙っただろうから。


「味方かどうかはわからない。でも、人間じゃない、何てことはないと思う」

「何でだよ! だって、麗那は無感情。ロボットとかAIとかと同じじゃんか」

「確かにそうかもしれない。でも、僕は思うんだ」


 ロマンチストが何かを語るような目で。


「多分、麗那にはちゃんと感情がある。でも、それは胸の奥深くにあるだけで、それを自覚していないだけなんじゃないかって」

「何だそれ? 夢物語じゃんか」


 圭は馬鹿にする。


「まあ、これは僕個人の意見だからね。本当に無感情なのかもしれない」

「だったら人間じゃないじゃん。最新型のAIは人間より凄いんだぞ」


 まだ得たばかりの知識を、さも知ったような口ぶりで語る。それに対して隆は苦笑いをし、「だから」と続ける。


「だから、あくまで僕が彼女を人間だと思うだけ」

「じゃあ、隆に口出しされる筋合いはねえじゃん」

「でも、心の中で傷付いているかもしれない」

「それは憶測だろ?」

「それでも。それでも、やっていいこととやっちゃいけないことがあるから」

「何かうぜぇ……」


 居辛くなった圭がその場を去る。部屋に籠ったのだろう。


「隆、凄いね」


 一斗がそんな感想を漏らす。


「うん……まあ……」

「僕も隆たちを手伝うよ」

「ああ、ありがとう」


 隆と共に一斗が行こうとする。だが、一度回れ右をして、私に申し訳なさそうな顔をした。


「その……ごめん」


 自分のことを怖いと思っていたこと、人間じゃないと思っていたこと、それから圭の行動に対しての誤りだろう。素直に受け取っておく。


 すると、隆と一斗は上に行ったはずなのだが……。


「麗那」

 隆が戻って来た。


「さっきは、勝手なこと言ってごめん。要らなかったよね、さっきの言葉」


 無感情の人だからこそ、庇う必要はない。隆が来なくても、圭が勝手に居辛くなって去って行くだろう。


「でも、あれは紛れもなく僕の本心だから」


 圭と一斗が私を人間だと認識していなくとも。たとえここに居る全員が私を人間だと思わなくても彼は、彼だけは心の底から人間だと思ってくれるから。


「ああ、それと」


 去ろうとする隆が付け加えるように言う。


「瑠璃が麗那を呼んでたよ。傍に居て欲しいんだって」

「わかった」


 必要としてくれる人が居たから。


「じゃあ」


 手を振って階段を駆け上がる。


 リビングで一人。

 彼の言った通り、本当は心の奥深くに感情が確かにあった。無感情だなんて病にされていたけど、そんなことはなかった。

 だって私は人間だから。

 心の底では、怖がられている自分が嫌いだった。

 悲しかったのだろう。

 不気味がれて。

 距離を取られて。

 人間じゃない、と否定されて。

 でも、たったの一言で。

 たかが一言、されど一言。

 私の心は、変わった。

 人間と思ってくれる人が居る。

 必要としてくれる人が居る。

 それだけで私は嬉しかった。

 これが、感情、というものを初めて知ったとある日の出来事だった。



 それから二ヵ月か、三ヶ月が経つ。


「被験者008をこちらで引き取り願いたいのですが……」


 眠れなくて、何となく部屋から出た私は菅智史の居る扉の前で声が聞こえた。


「先日も言ったと思いますが、お断りさせていただきます」


 冷静な声で答えたのは菅智史。交渉の会話だろうか。


「そこを何とか。変わりにこちらなど如何でしょう」

「お断りします」


 即答をすると、何かを叩く音がした。


「なぜです!」

「どちらの方が価値が上か、おわかりですよね?」

「ぐっ……。怪物使いでもない貴様が、アイツを制御出来ると思っているのか!」

「制御も何も怪物にするつもりはありません」

「何を根拠にそう言っている?」

「根拠なんてありませんよ」

「何?」

「交渉は失敗です。お帰り頂けますか?」

「ぐぬぬぬ……」


 どうやら会話は終わったらしく、男が去って行く足音が聞こえた。


 被験者008。それは彼のことだ。確か、彼だけは病が無かった。明かしていないだけで何かあるのではないかと思っていたが……。


「麗那、そこで何をしている」


 考え込んでいる私の目の前に菅智史が姿を現す。


「彼は怪物なの?」

「そうだ」

「なぜ、それを隠してるの?」

「皆が恐怖するからだ」


 その答えには納得いく。でも、今までの菅智史の性格からして、その答えが来るとは思わなかった。もしかしたら私達が思っているより、菅智史はいい人なのかもしれない。


「じゃあ、どうして私に隠さなかったの?」

「隠してはいた。だが、訊かれては仕方ない。怪しいと思われるくらいなら、明かしてしまった方がいい」

「みんななら、そのくらいで怖がらないと思う」

「それ程、アイツらの絆は深いかもしれないが、秘密は秘密だ」


 どうやら、正直なことを言いたくないようだ。


「彼の、為?」

「…………………」


 答えてはくれなかった。でも、これが本当の理由なのだろう。

 私はお手洗いに向かう。トイレに用があったわけではないのだが、何となく今部屋に戻る気はしない。


 お手洗いを済ませる。そして「008」と書いてある扉の前を通り過ぎた時。


「待っ!」


 声が聞こえた。足が止まる。

「008」の扉を見つめる。彼の、怯えている気配を感じた。

 それがわかった時、思い出した。夕食後の彼の様子は可笑しかったのだ。浩一が心配していた。ホラー系の本でも読んだのだろうと言っていたが。

 扉をノックする。返答はない。

 暫くして、もう一度ノックする。だが、返答はない。


「開けるよ」


 一度断りを入れてから、入室する。すると、上半身を起こした状態で怯えている一人の少年が居た。


「……!」


 私に疑いの目を向けている。何を疑っているのかわからない。


「どうか、した?」


 訊いてみる。だが、返答はない。聞こえていないのだろうか。

 私は彼の頬に触れてみる。

 すると彼はビクッと体を強張らせた。


「大丈夫?」


 彼のことを心配する。だが、変わらぬ表情。返答がない。

 何も言わないので、周りを見渡す。特に何もない部屋。だけど、机の上に一冊の本があった。机の方へ行く。そこに置いてある、一冊の本を見た。『怪物』という、とてもシンプルなタイトル。事実がつらつら書いてある随筆だ。


 彼は私が怪物だと思っている。疑っているのだろう。ひょっとしたら本当は気付いているかもしれない。ただ、それを気付かないふりをしているのかもしれない。


「もしかして、誰かが怪物だと思ってる?」


 冷静な声で本を見ながら彼に問いかける。その問いは、彼に届いたらしく、彼は頷く。その様子を見て、視線を本に戻した。


「誰が……怪物かわかるの?」

 震えた声で尋ねられた。


「教えてほしいの?」

「…………………」


 知りたいような知りたくないような、というところだろうか。迷っているのが伝わる。

 多分、彼自身が誰が怪物かわかっている。そもそも、ここに怪物が居るなんて証拠はないけど。それでも、彼はそういう疑いがあるのだろう。一度、そう思い込んでしまえば変えることは出来ない。


 彼の方に向く。彼と視線を合わせて。


「約束」


 笑顔で、私は小指を立てる。

 彼はその小指を絡ませる。


「たとえ、怪物でも、私は恐れない。助けるよ、あなたを」


 これはほぼ、彼が怪物だと言っているようなもの。でも、それが私の思いだから。さっきのお返し。


 約束をしたので、指を離そうとした。だが、その小指を離してくれなかった。


 ドキッ……。

 心臓が高鳴る。顔が熱いのを感じる。この顔を見られるのは非常にマズい。

 恥ずかしくて、顔を背ける。今まではこんなことなど、なかったのに。


「じゃあ、僕は」

 先程とは同一人物と思わせない程の明るさで。


「キミの病気を治すよ」

「………!」


 その言葉は、私の胸に響いた。反射的に彼の方を見る。真剣な顔つきで約束をされた。その顔を見て、なぜだか、面白くて微笑む。

「……うん」



 足を止める。

 菅智史に来いと言われて、意味もわからずに走りながらついて行った。菅智史は一斗に支えられ、浩一は圭と泰志が背負っている。そんな中、圭が何をしているか訊いた。


「及川隆が庇っている間に、外に出る」


 そうとしか答えられなかった。圭が彼のことを訊いたが……。


「今は逃げることに集中しろ」


 答えてはくれなかった。

 そんな逃走中。私は足を止めた。


「どうしたの、麗那?」


 隣を走っていた瑠璃が問いかける。


「…………………」


 これでいいのだろうか。これで。


 でも、折角彼が逃がしてくれた。あの様子だと、全員が殺される可能性がある。

 だから、このチャンスを逃してはならない。

 だけど。

 だけど、これでいいのだろうか。


「何でも、ない……」

 止めた足を動かした。



 日が沈み……。

 周りには怪物の死体。そして、遊戯の破壊。壁の崩壊。怪物の山と瓦礫の山。その山の中心には二人の人間、否、一匹の怪物と、一人の人間が居た。


「実力を測ってみたかったが、まさかここまで強いとは」


 怪物を全て倒し、後は柊になった。拳一つくらいで、頭を討てる。だが、そんな力が今の僕には残っていない。

 立てない。

 力が抜けて跪く。よくもまあ、ここまで頑張ったと自分を褒める。何十万、何百万。数は覚えていないが、たくさんの怪物を、一匹が倒したのだ。大したものだと思う。多少なりと、時間を稼げればそれで良かったのだから。


「だが、惜しいな。私を倒す力が残っていないようだ」


 どこからか、ナイフを取り出す。まさか、殺す気なのだろうか。僕のことが欲しいが為に、こんなに暴れさせたくせに。


「安心してくれ。契約を結ぶだけだ」


 柊はしゃがみ、僕の手を取る。持っているナイフで僕に傷を。そして、真新しい血が少し出て来る。だがそんなもの、少しも痛くなかった。なぜなら、僕の体は血塗れだから。返り血もある。だが、自分の体から出た血が大半だろう。また、地面に倒れ込んだ時に自分の体が元の人間の姿に戻っていたことがわかった。怪物は一時的な変身ということだろうか。


 柊は僕の血を取り、自分の指に傷を入れる。

 そして、それを混ぜ合わせ口に入れた。同じ行動をし、血をナイフに乗せ、今後は僕の口にその血を入れようとしたのだが……。


「はあ……はあ……。それは……させるわけには……いかないっ!」


 柊の手首を摑んだのは、菅だった。


「何しに来た?」

「止めに来た」


 息を整え、冷静な声で言い放つ。


「止める? キミにそんなことが出来るとは思えないが?」

「貴様こそ、仕えてる奴らは全員討伐されたようだが?」


 チラリと怪物の山を見る。


「私は一応、暗殺者だ。キミと比べられては困る」

「確かに、俺は戦闘経験はゼロだ」

「それでも戦えると?」

「策はある」

「ほお?」


 面白そうだ、と柊は立ち上がる。

 柊はナイフを構え、菅はポケットに手を突っ込む。ナイフに対し、足で戦うつもりか。

 そんなことを思っていると、突然、菅が本当に足で攻撃した。足で柊を蹴っ飛ばす。突然なことだったのか、ナイフでそれを止めるが、勢いで施設の方へ吹っ飛ぶ。その力は異様だ。まさか、菅にこんな力があったとは。どうやらその一撃で柊は気絶したようだった。


「押すまでもなかったか……」


 そんな独り言を呟いた。少し柊の方を見つめ、溜息をつく。その後、僕の隣に座る。


「すまなかったな、巻き込んで」

「……予想、は……出来て、た、の……か……?」

「ああ。人間の化ける怪物というのは一族しかなくてな。とても珍しい一品ということでちょくちょくいろんな奴らが来たのだが、柊一に関しては、少々対策を練らねばいけなかった」


 だから僕らをこの場所に行かせたのか。だが、こんな遊び場を作るには何年もかかるだろう。僕が予想している時間よりもずっと。

 すると、僕の疑問がわかったかのように、答えが来た。


「ああ、ここは、元から作っていた。なるべく、子供達の要望をと思ってね」


 菅が上を向く。先程までオレンジだった空が、いつの間にか暗くなっている。その空を見上げ、僕に問いかけた。


「キミには、いろいろと知る権利があるが、訊くか?」

「……ああ」

 菅は淡々と喋り始めた。



 ある日、人類の前に怪物が現れた。怪物は人間を食い、人類は滅びかけた。だが、そんな中、一人の少年が戦う。勇者の登場である。だが、勇者は優しさ故か、一匹の怪物を殺さなかった。その一匹の怪物は、人間に化けた。しかし、その怪物は一人の人間に恋に落ちた。やがて、怪物と人間の間に子供が誕生する。


 その子供は、半分人間でもう半分は怪物だった。その子供もまた、一人の子を生む。そして出来たのが、怪物の子孫。怪物同士が子供を生むこともあり、人類は再び怪物と戦うことになった。その際、怪物の味方をする人も出て来た。その中に、怪物を使い馴らす人も生まれる。そんな中、半分人間で半分怪物の奴が一番強いことが判明。それも一族だけ。その一人を狙って、怪物使い達は暴れた。


 医者である男、菅智史は、半分怪物の人間を目の当たりにした。その少年は高校生だった。学校でそのことが発覚、人間を襲ってもないのに、迫害を受けたらしい。だから、心にも体にも傷が出来た。そんなボロボロな少年を見つめた。その少年は家に帰りたくないという。流石に引き取るわけにはいかないので、何とか説得して、少年を家に帰らせた。その際、少年に自分のやっている病院を紹介した。その所為か、ちょくちょく来るようになった。


 少年は20歳になり、成人した。青年は、菅智史の病院の看護師に一目惚れをした。看護師は今年成り立てで、青年の二つ年上。中々前に進めない恋だったが、見事に成功した。

 そして、その青年と看護師の子が、獅子野(たかし)。及川隆だった。

 子供が出来た直後に菅智史は、青年に相談された。

 この子を自分と同じ道を歩ませたくないと。


 だから菅智史は思考を巡らせた。

 そして造ることになったのだ、及川隆達が居る施設を。

 そこに預けることを、青年も看護師も同意してくれた。

 でも、一人だけでは悲しいし、閉じ込められた感じがする。

 だから、同世代の子、菅智史の病院で生まれた子を数人集めた。それも、障害のある者だ。特に理由はないが、障害がある者の方が、集めた理由に納得してくれると思った。

 菅智史が次に取った行動は、九人の子供の病気の悪化。悪化しなくても、最悪な状態の人も居たけれど。

 そして集めらた十人の子供は、楽しく過ごした。

 これが、菅智史と青年と看護師の叶えたかったものだったから。


 だが。

 最強の怪物が施設に居るというのを嗅ぎつけられた。

 一人、また一人と客が来る。

 だが、どんなことを言われても、菅智史は断った。

 そんな時、柊一に目をつけられた。

 柊一は、怪物使いで有名だ。トップクラスと言って良い。誰も歯向かう気も起きないという逸材。

 そんな人に目を付けられては仕方ない。


 施設の子供が10歳そこそこの時、「遊園地に行きたい」と言われていた。その後も、いろいろと要望を受けた。その結果、施設の隣に、その要望を備えたものを開発した。施設を造る時もそうだが、施設を造るには金がかかる。だが、魔法が発展した今、施設を魔法で造るなど造作もない。だが多く、大きいものを造るとなると流石に一人では無理だ。だから、多少は時間がかかる。そして金もかかる。


 だが、目をつけられてしまった。このまま何もしなければ、子供は死ぬかもしれない。そして、だったら外に出せばいい話だが、及川隆にとって、外は最も危険な場所。


 だから、計画を急いだ。

 柊一一同が来る一週間前に造り終えた。その場所に子供達を行かせて、遊ばせた。これで自分は最期かもしれないから。

 そして、柊一が施設に訪れた。勿論、狙いは及川隆。最初は話し合いで何とか耐えたのだが、武力になってしまった。戦闘経験のない菅智史にとっては最も辛い状況。そんな中でも、菅智史を守ってくれる人が居た。それは施設の中で菅智史と一緒に過ごしていた部下だ。彼はそれなりに戦闘能力があり、菅智史の盾となってくれた。


 しかし、二人の人間と、何十万、何百万といる怪物とでは、総合戦力の差は歴然。

 その結果、及川隆を巻き込んでしまった。

 彼が一人にならない為の子供達も、怯えてしまっていた。

 少なくとも、菅智史からしてみれば、そういう風に見えた。



「だから、すまなかったな」

 最後に、謝罪をした。


「僕は別に頼んでないけどな、そんなこと」


 ちょっとした嫌味。だが、この施設に居なくても、きっと普通の生活をしていたとしたら、それはそれで問題になる可能性は高かった。


「だから、最初で最後の最高の思い出にしてくれ、何て言ったのか?」

「まあ、間違ってはないだろう? キミが怪物だと発覚するか、キミ達が全員死ぬかのどちらかだからな」

「そうかもしれないな……」


 強いと噂されている奴が、戦闘能力ゼロを相手にするのだ。死ななければ可笑しい。戦闘のしたことのない人間が怪物に勝てるわけがない。


「一つ、いいか?」


 傷も癒えて来て、口がはっきりと回る。


「どうぞ」

「どうして、僕の両親の記憶を消した?」


 この施設に運ばれる前、この世界に居る、という記憶を消したらしい。この計画の発案者である僕の両親までも記憶を消す必要を感じない。


「重荷を負わせたくなかったから、だと思う」


 何もない下を見つめた。

 その時、瓦礫が落ちて来た。幸い、遠いところで、何も被害はない。


「そろそろここから脱出しなければならないぞ」

 菅が崩れていく壁を見ながら言う。瓦礫が僕らの上に落ちて来る可能性は低いが、その場合、脱出道がなくなってしまう。

 菅が僕に手を伸ばす。傷は癒えているが、疲れは残っている。暫く休まなくてはこの体は動かない。それを知った上で、手を受け取れ、ということだろうが……。


「僕は後で行く」

「いや、だが……」


 確かに菅は僕を助けるためにこの施設を造ったのかもしれない。でも、僕はもうみんなに合わせる顔がない。たとえ、みんなが僕のことを受け入れてくれたとしても、世間はそれを許してくれない。だとしたら、ここで事故死した方がいい。


「……わかった」


 僕の意思が伝わったみたいだ。

 だが、菅が立ち上がった直後、瓦礫で脱出道がなくなった。


「これは……困ったものだ」


 悩んでいる菅の姿を見て、僕は今持っている全力をもって、瓦礫をどかす。菅は驚いた様子でこちらを見るのに対し、僕はヘラヘラの笑みを見せる。


「これを置いていく」


 ポケットの中から四角い物を出す。そこには一つのボタンしかない。これは? と菅に視線を向ける。


「まだ実験をしていないのでわからないが、どこかに転移出来る。ここより危険な場所かもしれない。だから、試す、試さないは自由だ」

「菅が一緒に行かない理由は?」

「それが一人しか使えないからだ」

「そうか……」


 てっきり、僕に恐怖を感じたからと少し疑っていたのだが、そうではないらしい。菅を見直さなければ。


「では、去るとしよう」


 菅が僕に背を向ける。一歩出したところで足を止める。


「なるべく、死ぬなよ」

 菅が去って行った。


「努力はするよ」

 おそらく菅には届いていないだろう。


 体を仰向けにする。目を開き、空を眺めた。そこは曇っている。

 やがて、白い粒、雪が降って来た。白い雪が地面に落ちて行く。怪物達の血で、白い雪が赤く染まって行く。


 その様子を見ていると、足音が聞こえて来た。襲来か、菅か、そんな予想をする。敵の場合は死ぬだろう。

 その人物を気にすることなく、空を眺めていると、視界に黒い髪が映った。


「……!」


 僕は、その人物の顔を見て、目を見開き驚く。


「な、んで……」



 長い道を抜けた。視界には青い水が広がっている。これは海であろう。輝く青い海。その中心には橋がある。その橋の先には、町、というものがあった。小さく人の姿が見える。


「そのまま真っ直ぐ行けば、公衆電話がある。それで救急車を呼べ。住所は直ぐ近くに書いてあるはずだ」


 菅は立ち止まる。それに揃えて、みんなも足を止める。


「公衆電話?」

 圭が首を傾げる。隣の一斗がこそこそと教えた。

「緑の電話だよ。十円払うとかけられる奴だったんじゃないかな?」

「俺、十円なんて持ってないぞ?」

「えーっと、救急車はタダでかけられるんじゃなかったっけ? 確か番号は……」


 その様子を見て、菅が頷く。

「救急車は119だ」


 菅智史は一斗から離れる。一斗は心配そうに手で支えようとすると、大丈夫だ、と手で押さえる。


「どこに行くんだ?」

 圭は呑気に質問をした。


「……忘れものをな」

 施設の方に視線を向けて、菅智史は走り去って行った。


「何が、忘れものをな、だ。無駄にカッコつけてんじゃねえし!」


 この状況下においてもなお、圭は圭の性格のままだった。


「そんなことより、急いで救急車、呼ばないと」

「そんなの、わかっとるわ!」

 圭と一斗、泰志と走って行く。


「全く、命がかかっているから仕方ないけど、普通こんなに走らないでしょっ!」


 文句を言いつつも、瑠璃はその後を追う。もうヘトヘトと、やっとここまで辿り着いた奏音、薫、純恋も、一度は立ち止まるも、頑張って走る。その三人を支えるように、一番最後に走った。

 菅智史の言った通り、直ぐ近くに公衆電話があった。一斗がここの住所を調べ、瑠璃が電話をする。

 すると、約八分くらいで救急車が来た。いろいろと訊かれたが、あまり答えられなかった。そうして、私達も軽く検査することになった。


 だが。


「やっぱり……」


 ほぼ無意識に、自分の口から漏れた言葉。

 やっぱり、このままではダメだ。

 たとえ、彼が逃がしてくれた、折角のチャンスだとしても。

 私が後悔する。

 約束、したから。

 その約束を、破るわけにはいかない。


「ちょっ、麗那?」


 瑠璃の声が聞こえた。

 私はいつの間にか走っていた。先程まで、死ぬ程疲れていたのに。

 それでも、行かなくては。

 彼の、ところへ。



 無意識に出た声は、あまりにも小さかった。掠れている声と、口から出る白い息。空から降る白い雪粒。そして、黒髪の美しい少女。それらが視界に映る。

 彼女、麗那は息切れをしていた。走って来たからだろう。

 でもなぜ?

 なぜ彼女がここに居るのか。

 なぜ自分のところに駆けつけてくれたのか。

 なぜそんなに安心したような笑顔を見せているのか。


「……良かった」


 そんな感想を漏らす。

 何が良かったのだろう。

 その疑問をぶつけようとしても、口は動いたが、声にならなかった。


「生きてて……」


 心から安心したような声で麗那は発する。

 こんなにも、感情を表すのは初めてだ。その安心したような笑顔を見て、惚れ直してしまう。


 彼女が幻ではないか。

 そんなことを思ってしまった。

 だから、それを証明したくて、力いっぱいに起き上がる。頑張って、手の平を地面に体重をかける。倒れそうになると、麗那が支えてくれた。その手はとても冷たくて。だが、それが存在証明になって……。


 両手を地面につけ、身体を支える。

「どうして?」


 やっと声になった。


「……?」

 彼女は小首を傾げる。


「僕は人間じゃない。怪物なんだ……。キミ達を襲う、怪物。それなのに、どうして、キミがここに来るんだ……?」

 少し積もっていた雪に視線を移す。


 一番訊きたかったこと。違う人ならまだわかるかもしれない。でも、よりによって、どうして彼女なのだろう。


「約束、したから……」


 麗那は懐かしそうに、小指を僕の前に出す。


「そんな約束、子供の戯れ言だろう」

「貴方にとってはそうかもしれないけど、私にとっては大切な約束だから」

「…………………」


 あの時、先に約束を言い出したのは麗那だ。だから、責任を感じているのか。

 それとも、本当に……。


「たとえ、怪物でも、私は恐れない。助けるよ、あなたを」

「………!」


 それは麗那が言った言葉。本当に、何人もの怪物を倒した僕を恐れないと言うつもりなのか。


「あれは、紛れもなく、私の本心だから」


 彼女は手を出す。その手には雪が乗った。その雪は、少しずつ、少しずつ……溶けていく。


「だから、私はここまで来た。あなたを、助けに……」


 だから、生きてて良かったなどと、言ったのか。

 だから、ここまで来たのか。

 たかが、約束の為に。


「僕は、麗那との約束を守れなかったよ?」

 彼女はもう、病気なんて治っている。いつだかわからないけど。今日の表情が、会話が、それを教えてくれた。いや、あの時からか。


「あ、ああ……あれは、えっとー……その、何て言うか……」


 何だか気まずそうに視線を逸らされた。眉を八の字にして、悩んでいるようだ。そんなに複雑な事情でもあるのか。


 僕は首を傾げる。


「あの時はもう、治っていたのよ……」


 恥ずかしそうに口を小さく動かす。その所為か、やたら声が小さい。ぎりぎり聞こえるくらいだ。


「治ってたって、じゃあ……」


 僕とのあの約束は無意味となってしまう。それでは、約束をする前から、僕は破っていたということになる。


「あ、でも治ったのは隆のお陰だから」

「え? 僕の?」


 慌てて言い訳をする麗那に対し、僕はきょとんとする。だが、慌てた所為か、あ、と小さい声で呟き、口を手で塞ぐ。言いたくないことを言ってしまったらしい。しかし、口に出してしまったものは仕方ない。恥ずかしそうに俯きながら、微かに頷く。


「いつ? 僕は何をしたんだ?」


 医者でもない僕が、そんなこと出来るわけがない。まさか、小説の中の物語のように普通の人に口説かれたということだろうか。いや、麗那の場合、口説かれた、という可能性は低いか。流石にそこまで物語のようにはいかない。


「それは……秘密……」


 口を尖らせて、そっぽを向く。いつ、僕が何をしたというのか。さっぱりわからない。そもそも、あまり関わらない麗那だ。そんな人の病気をいつの間にか治していたらしい。無意識というのは怖いものだ。


「とにかく、隆は約束をする前から守ってたってこと」

「あ、ああ……うん……」


 強制的にその話題がまとめられる。


「だから、一緒に行こう?」


 僕を連れ帰る為に、ここまで来た。そう思うと、嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 だけど。

 けれども、僕は、その誘いは受け取れない。

 その言葉に甘えるわけにはいかない。


「……ごめん。それは、無理なんだ」

「怪物、だから?」

「うん……」


 折角、僕を恐れないでくれる人が居るというのに……。

 沈黙が宿る。

 そんな中、麗那が震えていることがわかった。彼女の方を見やると、ポタポタと涙を零していた。


「……いや……いやよ、そんなの……!」

 小さな少女の叫び。


「どうして、怪物だからって貴方がここに残るのよ……! 死ぬ気なの……?」

 今までの表情が嘘のように感情を表す表情。


「怪物は人を襲う。人に恐れられる。一匹でも、怪物は減った方がいい」

「でも、隆は人を襲わなかった。寧ろ人を守ってた」

 涙を堪え、少々鼻声で僕に反論する。確かに僕はみんなを、人を守る為に戦ったが、怪物には変わりない。その事実が大事なのだ。何をやったかではない。誰かが問題なのだ。


「それでも、近い未来、人を襲うかもしれない」


 僕は人を襲いたくないと思っている。そのつもりもない。でも、いつかそうなる日が来るかもしれない。


「そんなこと、私がさせない」


 真剣な声音で、力強く言う。僕の胸部辺りの服を握る。その力は震えている。弱々しいが、強く感じる。


「だから……お願いだから……ここから出ようよ……」

 涙が再び流れる。


 なぜ?


 僕は再び疑問が出て来た。


 なぜ、彼女はこんなにも感情を露にしているのだろうか。

 なぜ、彼女はそこまでして僕を外に出したいのか。

 なぜ、彼女は泣いているのか。

 ある一人の仮設が思い浮かぶ。でも、それはあまりにも、僕の勝手な思いで、理想に過ぎない。彼女に失礼だ。

 だから。


 僕はその理由を訊きたくて、ほぼ無意識に言葉を発する。


「どうして、キミはそこまでするの?」


 元々、無感情だったのに変わりない。あまり関わっていないのにも変わりない。そんな彼女が、しかも一人でここまでするだろうか。


「それは……」


 ピクッと体が動き、彼女は僕から離れる。


「言ったら、一緒に行ってくれる……?」


 あまりにも可愛らしい上目遣い。僕はその顔に惚れながら、無意識に頷く。

 その答えを聞いて、麗那は恥ずかしそうに俯く。どんな表情をしているかわからない。でも、耳が真っ赤になっているのがわかる。


 それから、たっぷり、時間を取り……。

 僕の手を間に麗那が両手を置き、腰を上げる。僕の耳に顔を近づけ、息を吹きかけるように、ある一言を言う。


「好き、だから……」


 微かで小さな声。だけど、しっかりと僕の耳に入って来る。

 その一言を聞き、僕の時間が止まる。思考が停止する。世の中から音が消えたような、景色が消えたような、そんな錯覚に陥る。


「だから、私はここに来た。ここまでしてでも、貴方を助けたかった」


 ぎりぎり聞こえる声。

 でも、それでも、その言葉が訊けて嬉しかった。その言葉で十分だった。


「だから、一緒に行こう?」


 僕は恐れていた。様々な理由をつけて本心を隠していた。本当はみんなの前に行くのが怖かった。ずっと友達と思っていた人に怖がられるのは、怪物扱いされるのが……。

 でも、たった一人でも、僕を必要としてくれるなら。


「ああ」


 微かに微笑みながら頷く。

 だが……。

 瓦礫が更に落ち、出口が失う。少しは休められたが、力は全部使い尽くした。ここから出る手段がない。


 焦った時、四角い物が視界に入った。

 これは……。


「どうしよう……」


 閉じ込められた状況で、どうしようと焦っている様子だった。


「麗那」


 名前を呼ばれ、僕の方に視線を向ける。


「これを使おう」


 菅から渡されたもの、仮名を装置としよう。それを、麗那の視界に入るようにする。すると、彼女はきょとんと首を傾げた。


「転移先は不明だけど、どこかへ転移出来るらしい。実験されていないもので、未使用。ここより危険な場所かもしれないし、安全な場所かもしれない」

「賭けるってこと?」

「うん」


 ゆっくりと深く頷く。


「わかった」


 麗那は装置のボタンに触れる。


「これ、二人同時に行けるの?」

「うん。多分だけど。まだ未使用だしね。わからない」


 曖昧にする。完全に完璧に嘘はつけなかった。

 麗那の手に、僕の手を重ねる。


「押すよ?」

「うん」

 同時に力を籠める。


「僕も、麗那のことが好きだ。ありがとう」


 僕は自分の気持ちと最大の感謝を、麗那に言った。

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