前日
被験者001。
彼は、生まれた時から下半身が使えなかった。
3歳。
男、菅智史は言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者001がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
被験者002。
彼女は、生まれた時から盲聾だった。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者002がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
男一人、女一人がとある施設に集まった。
そして、僧帽筋中部繊維に、男には「001」と、女には「002」と書いた。
次に、名前を決めた。本名ではない、仮名を。
男の仮名は小野寺浩一。
女の仮名は浅田奏音。
こうして、男女二人の生活が始まった。
一年後――。
被験者003。
彼は、生まれた時から多重人格だった。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者003がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
男一人がとある施設に加わった。
去年と同様に、僧帽筋中部繊維に「003」と書き、仮名を決めた。
男の仮名は高田圭。
一年後――。
被験者004。
彼女は、生まれた時から一日毎に記憶がリセットされていた。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者004がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
被験者005。
彼女は、生まれた時から感情が無かった。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者005がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
女二人がとある施設に加わった。
去年と同様に、僧帽筋中部繊維に「004」と「005」と書き、仮名を決めた。
被験者004の仮名は島崎瑠璃。
被験者005の仮名は服部麗那。
一年後――。
被験者006。
彼は、生まれた時から心臓病だった。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者006がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
被験者007。
彼は、生まれた時から精神病、鬱病だった。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者007がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
被験者008。
彼は、生まれた時から普通の人間だと思われていた。
3歳。
男、菅智史が言った。
「この子は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者008がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
男三人がとある施設に加わった。
去年と同様に、僧帽筋中部繊維に「006」、「007」、「008」と書き、仮名を決めた。
被験者006の仮名は福原一斗。
被験者007の仮名は富岡泰志。
被験者008の仮名は及川隆。
一年後――。
被験者009。被験者010。
彼女達は、生まれた時から記憶の破損が激しかった。
3歳。
「この子達は特殊な病気です。我々が責任を持って保護します」
被験者009と被験者010がこの世に生まれた、という事実は菅智史が消した。
女二人がとある施設に加わった。
去年と同様に、僧帽筋中部繊維に009と010と書き、仮名を決めた。
被験者009の仮名は双葉薫。
被験者010の仮名は双葉純恋。
とある施設、研究室には十人の子供が集まった。特に何かされることなく、日々を過ごしていた。ただ、不服なことに、外に出ることは禁止されていた。そして、施設には特に遊ぶ遊具などがなく、子供にとっては詰まらない場所だった。でも、遊具がなくたって、子供達は楽しい日常を過ごしていた。勉強も常識並に学んで。
十二年後――。
12月17日。
誰かに起こさせることなく、目が覚めた。
八時三十七分。
「…………………」
むくっと起き上がる。
室内は暑くもなく寒くもない為、ベッドから出るのは、億劫ではない。
朝食を食べに食堂へ向かう。
ドアを開け、廊下を歩く。階段を下り、一階へ。リビング、たまり場を通り越し、食堂に入った。
「あ、おはよー」
椅子に座って先に食事をしていた瑠璃が僕に挨拶をする。
「おはよう」
僕が応答をすると、次々に先に席についていた人達が挨拶した。
いつも決まっているわけではないが、定位置に座る。食事は用意されていて、ラップがされていた。そのラップを外し「頂きます」と手を合わせ、食べ物を口に運ぶ。一応、起こしに来てくれた痕跡のラップがあるが、そんな記憶はない。
いつも食事を作ってくれるのは、この中で一番年長の浩一。日に日に料理は美味になっている。僕も偶に教えてもらったり、手伝ったりしているが。
「あれ、一斗は?」
僕がここに来てから暫くが経つが、一斗だけがここに来ていない。お昼の時間に起きて来るような人は居るけれど、一斗に関しては規則正しい生活をしている。だから、この時間に来ていないのは可笑しい。
「そういえば遅いな。確か、麗那が起こしに行ったよな?」
キッチンで、皿洗いをしていた浩一が麗那に話しかける。瑠璃とお茶を飲んでいた麗那が淡々と答えた。
「行ったけど、部屋に居なかった」
「そうか。トイレにでも籠ってるのかな」
疑問を頭の端にやり、それぞれの行動を続ける。
「僕、ちょっと見て来るね」
もしかしたら、何かあったのかもしれない。彼は心臓が悪い。薬で何とか症状を抑えているけど、偶に倒れるわけだから、心配だ。
皿をキッチンに持って行き、食堂を出る。階段で二階に上り、僕の部屋を通り過ぎた。
「006」と書いてある部屋のドアをノックするが、返事はない。
「入るよ」
一応、返事を待ってみるが、何も帰って来ないので、扉を開ける。
「……!」
心臓を、正確に言うと服だが、それを握り締め、苦しんでいる様子を見せながら倒れている一斗が居た。
「おい!」
急いで近寄る。
「うっ…………あぁ……………」
僕は医者でも何でもないので、どうすることも出来ない。菅を呼びに行こうと扉を開けるが、机の上に薬と水入りのコップが置いてあることに気付く。そういえば、此間倒れた時は薬を飲んで落ち着いた。
「取り合えず、飲め」
薬と水を一斗の口に入れる。すると、少しだけ楽な顔になった。一斗を何とか持ち上げ、ベッドに寝かす。多分、これで大丈夫なはずなので、部屋を出た。
一斗のことをみんなに報告する前に菅が居る部屋に行く。一階に下りて、たまり場の向かいのドアをノックした。この部屋にはいつも菅が居る。この部屋の中には誰も一度も入ったことがない。立ち入り禁止なので、入ったことがないのは当然だけど。
昔、好奇心で、瑠璃を代表に入ったことはあるが、一瞬で菅に見つかってしまった。その時は一歩くらいしか入っていないので中は全くわからなかった。一歩踏み入れたその先の景色は真っ白だった。真っ白い壁に、二つのドアしかなかった。
「何だ?」
一分足らずで菅が出て来る。
「一斗が苦しんでた。一応、薬で安静にしているけど、また何かあるかもしれないから」
「わかった、何とかしてみよう」
何とかしてくれ、と言う前に、返事をした。そして、ドアが閉まる。
あっさりしているが、今更だ。僕はその場から離れて、食堂の方に行ったが、誰も居なかった。まあ、ずっと食堂に居るわけではないので、可笑しくはない。
「なあ、聞いてくれよぉ……隆ー」
食堂の隣にある図書館に行こうとしたら、後ろから圭が抱き着いて来る。
「俺はもう終わりだぁ……」
それ以降、口を開かない。どうやら何があったか訊いてほしいようだ。
「何かあったの?」
「純恋に話しかけたら、殺された」
「生きてるじゃん」
「そういう意味じゃねえよぉ……」
およそ、予想のつく話だ。一斗が純恋に話しかけたけど、瑠璃に邪魔されたとか、そんな話だろう。
「俺が話しかけたら、瑠璃に冷やかされたんだよ!」
「図星で、逃げて来たと」
「ち、ちげーし……! 別に、俺は……」
「まあ、頑張ってくださいね」
ここで正直に言ってしまおう。彼、圭は純恋に好意を抱いている。気になっている、と表現した方が正しいのかもしれない。
「おいおい、年下のくせに生意気なんじゃありませんかねえ、ええ」
軽く首を絞めて、頬を突く。
「僕なんかより、もっといい人が居るんじゃないですかー?」
「例えば誰だ?」
圭を手で払いながら、考える。
「浩一はそういう方面無理だろ? 泰志はー……うん、無理だ」
「一斗ならいいんじゃないですかね」
「あー、そういえば一斗どうだったんだ? やっぱ、トイレだったのか?」
「いや、倒れてたけど、今は安静にしてるよ」
「そりゃあ、良かった」
「それじゃあ、そういうことで、僕は」
話が逸れたことだし、僕は図書館にでも行こうと、足を向ける。だが、そんなことは出来なかった。
「何がそういうことなのかね、隆くん」
「僕、そういうことのご相談はお役に立てないので……」
大体、僕は恋愛経験なんてない。話しを聞くことは出来ても、役には立てない。それに、ちょっと面倒と思う。
「まあ、圭は圭なりに頑張るべきなんじゃない」
「お前、今めんどくせ、コイツ、とか思っただろ、適当にまとめただろ」
「さあ、何のことでしょうか」
早く去ってしまったほうがいいのかもしれない。
「そう簡単に行かせると思ったら大間違いだ、クソ野郎!」
首を思いっきり絞められた。
「もう、俺はどうすればいいんだと思う?」
「知らないです」
「…………………」
僕の部屋で圭の話を聞いていた。ただの純恋への惚気や瑠璃の愚痴だったりするわけだけど。
「こう、もっとないわけ?」
「何を求めてるんですか、貴方は」
「…………………」
「俺は、何を求めてると思う?」
「僕に訊かないでください」
「…………………」
「で、何でお前はずっと黙ってんだよ! 存在感ないなぁ! 一斗!」
首を絞められた後、仕方なく話を聞くべく僕の部屋に向かった。そんな階段を上がっている途中、一斗と会ったのだ。そして擦れ違った際、圭が一斗を巻き込んだ。一斗はあれから、安静状態で、一応治ったらしい。
「な、何と言えばいいんですか」
「そんなうじうじするなよ、乙女か!」
少し頬を赤らめて、うじうじと体を少し動かす。落ち着いていない様子だ。この場に居辛そう。
「い、いや、よくもまあ、そんな恥ずかしいことを言えるなあって……思って……」
どうやら一斗は聞いてて恥ずかしくなってしまったらしい。自分の話ではないのに、可愛らしいものだ。
「………お前、実は女なんじゃないのか?」
「僕は至って普通の男だと思うんだけど」
「どの口が言う! お前が普通だったら、俺はクソ不細工じゃないか!」
「それ、話が違くない?」
そう突っ込むものの、圭の言うことには納得する。
一斗は整った顔立ちをしている。それでいて、割と高身長。優しいし、綺麗好きだ。引っ込み思案なところは勿体ない。言うなれば、女の理想の男だ。高身長のイケメンで優しい。それさえ持っていれば、モテること、間違いなしだ。
コンコン。
「何だよ、お前。隆もコイツが羨ましいとか思わないわけ?」
「んー……」
羨ましくないと言えば嘘になる。だが、一心に羨ましいと思ったことはない。
僕がそれを言おうとした時、圭が立ち上がって宣言じみたものを言った。
「俺は……。俺はなあ、コイツみたいなイケメンになって、口説いてみたいんだよ! たとえ相手が純恋じゃなくても!」
コンコン。
「何だよ、さっきからコンコンとぉ……」
「…………………」
「あ…………」
圭が扉を開けるとニヤニヤと楽しそうに笑う瑠璃と、無表情で突っ立っている麗那がそこにいた。
「俺は……。俺はなあ、コイツみた」
「あああああああああわわあああああああああああああああ! 何も聞こえない。なーんにも聞こえないでーす!」
「俺は、純恋を口説」
「いい加減、黙らんか、コラ!」
逃げる瑠璃を追いかける圭。そのままどこかへ行ってしまう。
「「「…………………」」」
三人で、その様子を暫く見ていた。二人の姿が見えなくなると、同時に一斗が質問する。
「えっと、それで、何か用だったのかな。隆に」
この部屋が僕の部屋だから、隆に、というのは正しいだろうが、それはそれで期待をしてしまうというか……。
「昼食の準備が出来たと」
「あー、そっか。じゃあ、行こうか、食堂」
「あ、ああ……そうだな」
三人で食堂に向かった。
昼食後。暫く瑠璃が圭のことを弄っていたが、それに飽きたのか、今は麗那と過ごしている。過ごしていると言っても、同年代だからか、るりと毎日つるんでいるのは、麗那であるが。
僕は食堂の隣にある図書館へ向かう。図書館は地下に広がっている。全部でどのくらいあるかなんてわからないけど、数えきれないほどある。周りは本棚で、一番下に机があり、階段で上の本棚を取ったり、下の椅子に座れたりする。結構、長い階段なので、上るのも下るのも大変だ。だが、一台だけエレベーターがある。足の不自由である浩一の為だ。僕もエレベーターを使う時もあるけど、浩一の為に用意されているので、大体は浩一と使っている。エレベーターは瞬間移動ではないので、一階にあったのに、地下にあったとか使用中だとなると、エレベーターが自分の階に来るのは時間がかかるのだ。
「恋ねぇ……」
図書館にある恋愛ものの本を探す。下の段にあったので、しゃがんで取った。その本をペラペラと軽く読む。
その本は運命的に出会って、お互い気になって、恋を拗らせたり、実ったり。そういった内容のものだった。
そういうのを読んでいると思う。僕らはこの施設を出れるのか。出たいとか思ったことはないし、出たくないと思ったこともない。何不自由のないところだし、普通に育っていれば、社会に出なくてはならない。そういう意味ではここに留まったほうが楽なのかもしれない。そうなると、生きる意味って何だろうなって思う時がある。
「何々、隆。アンタ、恋に興味あるの? 案外、乙女?」
「……違うよ」
ペラペラとめくっていた本を本棚に戻す。立ち上がりながら向かい合った。そこに立っていたのは、瑠璃と麗那だ。
「詰まらない回答ね」
「すみませんね。圭みたいな反応が出来なくて」
「で、乙女でもなく、恋に興味もない隆が何してたの?」
「圭の話を聞いてて何となく思ったんだ。どうやって、異性って意識し始めたんだろうなって」
「どうやってって?」
「幼馴染って、小さい頃から一緒に居るから異性って感じがないっていうか、恋愛対象になり辛いんじゃないかなって」
勿論、幼馴染で恋をしている物語は多々ある。でも、ここに居るみんなが異性として意識出来るかと言われたならノーだ。デレなんてものはないだろう。試してみないとわからないこともあるけど。
「ま、そうかもね」
僕が取った本を瑠璃が取り、ゆっくりとページをめくる。
「私、恋するならこういう恋がしたいし」
「そんなこと、僕に言っていいわけ?」
「別に、このことを弱みにしてウシシシみたいなことはしないのでしょう?」
「そんなことはしないけど」
でも、そういう正直なことを言う人でもない気がする。自分のことよりも相手を見て、察して、弄る。瑠璃は意外と乙女なのかもしれないな。
「ま、いつか出会うんじゃない、恋。あ、私達の会話に入る?」
「何の会話?」
「恋バナ」
「恋、バナ?」
この二人だけで恋バナとは驚きだ。片や相手を弄る、片や無感情だ。瑠璃に関しては乙女なのかもしれなくても、無感情相手に恋バナとか出来るのだろうか。誰かを好きにならなくても、理想とかあるのか。
「恋バナ、知らないの?」
「知ってますよ。恋の話でしょう?」
「そうそう。あ、あれ? もしかして、この二人だからとか思ってる?」
図星をつかれ、少し視線を逸らす。特に深い意味などないが、何となく、逸らしたくなった。
「そんなの、決まっているでしょう! この子に感情を知ってもらうのよ!」
「知ってもらう?」
「よくあるでしょう? 無感情キャラを攻略する主人公!」
よくあるかはさておき、圭から話を聞いたり、圭に付き合わされて見たこともあった。圭はよくアニメを見ていて、僕か一斗を巻き込むことがある。僕はアニメに関しては興味があるわけでもないわけでもない。だから見ようと言われれば見るし、見てはいけないと言われたら見ない。話しが逸れた。
「で、そんな主人公になりたいと?」
「別に。でも、麗那に関しては薬じゃあ、どうしようもないと思うから何とかしようかなって」
「それで恋と。なるほど」
瑠璃の優しさが見えた。そういう目的なら、僕も出来る限り協力しよう。
「あ、ちなみに私、麗那を私に惚れさせようなんて、百合展開にするつもりはないよ?」
「ん? じゃあ、誰?」
「誰でもいいの。麗那を思ってくれる人なら。私は麗那と理想を語り合える仲になりたいだけよ」
「な、なるほど……」
それは自分の利益の為と言っても過言ではないのではないだろうか。しかし、先程の瑠璃の発言は本心なのだろう。そういうことが伝わるような瞳をしていた。
「もしかして、隆。麗那を口説きたいとか?」
「えっ」
「そうだよね。可愛いもんね。男なら惚れるよね」
瑠璃が弄りモードとなった。これは適当に流すべきだ。後々、勘違いとか言いふらしされたら面倒だ。
「ん、まあ、そうですね……」
なぜ僕はデレてる? 微妙に返答をしているんだ。可笑しい。可笑しいじゃないか。
「ほほう? 少々顔が赤いようですけれど?」
「気のせいじゃないですか?」
「異性の意識がどうとか言ってましたけど?」
「空耳では?」
冷汗がダラダラで、目が泳ぐ。
「私は何という事実を知ってしまったのでしょうか。これはみんなに伝えないといけない案件だなあ……」
ニヤニヤと笑いながらみんなに広めようと大きな声になる。
「何を伝えないといけないか知らないが、弄るのも程々にな」
持っていた本で瑠璃の頭を叩く浩一。ナイスタイミングの助け船だ。
「何? 邪魔しに来たの?」
「別にそういうつもりはない。本を戻しに来ただけだ」
「へえ、アンタって恋愛ものを読むのね」
「それは、お前が勧めて来たからだろ?」
「そういえば、そんな話をしたかもねえ」
「忘れんなよ」
本棚に戻した後、次の本を取り出し、最初のページを開く。それと同時に、何かを思い出したかのように僕の顔を見る。
「そういえば、圭が隆のことを探していたぞ。見つけたら、すぐにリビングに連れて来いだとさ」
「リビング?」
リビングにはテレビとソファーと机があった。リビングは主にテレビ鑑賞とテレビゲームだ。つまり、圭は今テレビを見ているかゲームをしているのだろう。多分、そこには一斗も同席しているはずだ。
「このアニメ、クソ感動するから絶対、隆と見る。そして泣かせてやる! って叫んでたぞ」
「そ、そうか……。ありがとな。じゃあ」
作り笑いでその場を離れる。
圭には感動系のアニメを紹介させてもらっていた。確かに感動はするけど、涙が出るわけではない。だから感動する、と言っても、泣いていないので信じてもらえず、圭は何度も感動系アニメを紹介している。今度こそ泣ける、これは絶対に泣ける、とお勧めしてくるものだから、意地張って、泣くまい泣くまい、と自分で言い聞かせている部分もある。だから次々と感動ものを紹介してくるので、びくびくとしている。
「あ、そうそう。そのボタンを押して攻撃するんだ」
「こ、こう?」
「おー、上手い上手い」
リビングに到着してみると、圭と一斗だけでなく、泰志や薫、純恋が居た。
「あ、隆じゃん。何で来たの?」
「お前に呼ばれたからだけど?」
呼んでいたことを忘れて、ゲームをしていたらしい。それも、純恋と一緒に。随分と楽しそうにやっているものだ。
今、プレイしているゲームは此間、圭が純恋と薫に教えていたが、その記憶は破損してしまったらしい。彼女達は記憶障害だ。一部の記憶が破損する。それが定期的ではなく、不定期だ。だから、予想は出来ない。日々、日記を書いているらしいが、途中で忘れてしまったものもあるので、調整は難しい。また二人は必ずしも、同じところの記憶がなくなるのではなく、違うところだったりするので記憶の共有をしているんだとか。だから大体、いつも二人は一緒に居る。
「そうだった! あ、でも今大事なゲーム中だから。お前もやるか?」
「遠慮しとく」
邪魔したくない、というのが正直な理由だ。
一斗と薫も一緒になってゲーム遊びをしている。二対二の対戦ゲームだ。
泰志はソファーに体育座りをして、ゲームを眺めていた。その隣に座りながら訊ねる。
「泰志はゲームやらないの?」
「………俺がやってもどうせ負けるし………。………隆は参加しないの……?」
「あの輪に入って邪魔したくないからね」
二対二の対戦ゲームに、一人入ってしまえば、誰かと交代するしかない。そんなことまでしてやりたいものでもない。
「…………俺はみんなが光って見えるよ……。………輝かしくて眩しい……。………画面越しの、景色のようだ……」
「光か……」
それは多分、憧れなんだと思う。圭が、一斗が、浩一が、他の人だってそう。偶に、眩しく思えて。遠く、思える時がある。
「泰志にとって、誰が一番輝いて見えるんだ?」
「……一番………?」
こちらを向きながら首を傾げる。そして、ゆっくりと周りを見渡す。それから五分くらいゆっくりと考えてから口を開く。
「………麗那……」
名前だけの短い返事が来た。
「そう、なのか……」
意外な回答に驚く。麗那はただ静かに生きているだけの人だ。何かを自主的に行うことはなく、ただ瑠璃の傍に居るだけの人。批判しているみたいで悪いが、そういう、詰まらない人間なんだと思う。表現が酷いが仕方ない。そう表現するしか僕の脳にはなかった。語彙力が足りなかった。もう少し、国語の勉強でもしよう。
「……彼女は、美しいんだ……」
「美しい?」
それは容姿のことか。圭も言っていたことだが、麗那は三次元の可愛いという部類に入るらしい。それ以降の言葉は聞き流していたので覚えていない。
「………感情がない分、俺は彼女の隣が落ち着く……」
「ああ、そういうことか」
多分、人の感情を気にし過ぎているのだろう。精神が不安定な分、そういうことが敏感に感じるのだと思う。人の感情というのは面倒なものだから、無い人との付き合いは楽なのかもしれない。
「……でも、感情は、あって欲しいな……」
「ん? 何でだ?」
感情がない麗那の隣が落ち着くとか言っていた先程の発言とは矛盾している。落ち着きたくないと思っているわけじゃああるまいし。
「………俺の感情は、必要ないもの、かもしれないけど……彼女に「楽しい」とか「嬉しい」って、感じて欲しいんだ……」
泰志の優しさも感じた。彼は優しい人間だ。ただ、自分を責め過ぎているだけで。しかし、こればっかりは治しようがない。一応、みんなで頑張ってはいるのだが、そう上手くいかず、一人だけ何をしようとも暗い。
「瑠璃が麗那の病気を治そうと頑張ってるみたいだから、手伝ってあげればいいんじゃない?」
「…………俺なんか行ったって役に立てないし……。……なんなら、足手纏いになるかも……じゃなくて、なるし……」
「気持ちだけでもありがたいものなんじゃない? 後、瑠璃はそんな嫌な奴じゃないと思うぞ?」
悪ふざけが好きなだけで、根は優しい。ちゃんと面倒見もいいわけだし、周りをよく見ている。何か力になりたい、と言えば、役目を与えてくれるだろう。
「………知ってる。……でも………」
「それじゃあ、僕も一緒に行くから」
「……隆………ありがとう……」
「どういたしまして」
丁度、ゲームが終わったらしく、圭に呼ばれアニメ鑑賞をする。途中、夕食が出来たらしく、食べた。食後、続きを見たが、涙はぎりぎり耐えた。
何とか、今日も圭との勝負に勝てたようだ。
「そろそろ風呂に入ろうぜ?」
圭が泣き終えた後、一斗と泰志と僕を風呂に誘った。
三階まで上る。二つのドアがあり、左が男湯、右が女湯だ。昔、幼少期は男女関係なくみんなで入っていた時があったけど、今はもうそんなことはない。風呂の大きさとしては大人十人くらいは入っても余裕がある。所謂、温泉や大浴場と言ったところらしい。
「あれ、浩一じゃん」
「ああ、おう」
浩一は下半身が使えない。両足切って、義足にすればいい話だが、どうやら出来ないらしい。詳しいことは知らないが、治らない場合、一生車椅子生活だ。
車椅子生活というのも大変だと思う。体験したことがないのでわからないが、日々の様子を見てそう思った。ただ、本人は慣れているのか、困った様子を見せない。菅と相談して、いろいろと問題点を解決しているようだ。例えば、高くなったり低くなったりすること。車椅子状態で、キッチンに立つと、台が高く届かない。そういった改善がある。また、風呂に入る時は、手すりで移動している。なので、上腕は誰よりもしっかりしている。
「やっぱ、俺はファンタジーの世界に行きたいなあ!」
湯舟に浸かっていると、圭が天井を見ながら気持ちよさそうに叫ぶ。
いきなりどうした、と突っ込みたくなるが、理由は先程見たアニメの影響だろう。
「今すぐ転生して、最強になりたいんだ。俺は選ばれた人間になってみたいぃ!」
「そしたら純恋と離れ離れになるけど、いいのか?」
質問したのは浩一だ。圭はその質問に驚く。今更気付いた、という話ではない。圭はなぜ、自分が純恋に好意を寄せていることが浩一にバレているか。それが疑問で仕方ないらしい。その証拠に段々と顔を赤くしている。決して、湯が熱いとかそういった理由ではないだろう。
「そりゃあ、お前があんな好意丸出しにしていれば、誰でも気付く」
「お、お前は、そっち方面に興味があったというのか!」
「まあ、ないわけではないな」
その答えは僕も驚きだ。瑠璃に勧められて恋愛ものを読んでいたことを思い出すが、無関心かと思っていた。ただ、読んだだけだと思っていたが、本人は少しは興味あるらしい。
「お前が、そんなもんに興味持ったらいかんだろうが! 許せねえぜ、イケメン野郎!」
手を上下させた。湯が跳ねて、こちらに被害が及ぶ。
圭の言った通り、浩一も一斗に負けて劣らずのイケメンさんだ。一斗と違うのは、筋肉があることとか、積極性だ。みんなのお兄さん感があるので、面倒見がいいところだろう。
「なあ、隆……」
「何さ」
落ち込んだまま僕の元へ来る。泰志も混ぜて肩を寄せ合う。
「俺ら、負け組だな。俺らは、三人で仲良くしてこうな……」
「う、うん……」
負け組と言われてしまうと、ちょっと悲しいが、反論は出来ない。だが、僕入れてこの三人は決して不細工ではない。二人に比べれば不細工かもしれないが、普通の顔をしているだろう。世間の評価は知らないが。
「んでさ、浩一よぉ」
「何だ?」
「誰か好意を寄せている女性でも居るのか?」
「………どうだろうな」
少々間があったが、あまり気にしないでおこう。
「お前みたいな奴は、年上のお姉さん……とか手に入れるんだろうな。羨ましいぜ!」
「年上のお姉さん」という部分は、妙に色気がある声音だった気がするが、スルーしておこう。圭の気持ち悪さを感じる。
「圭は、年上のお姉さんが好きなの?」
純恋に好意を抱いているわけだから、てっきりロリコンかと思っていた。純恋は、十五歳にして、身長百四十センチくらいの小ささがある。全体的にも小さい。
「いや。俺は、全部行けるぜ?」
「「「「…………………」」」」
不敵な笑みを見せながら、最低な言葉を吐く。カッコつけてるかもしれないが、全くもってカッコいいとは思えない。この場に居る全員が圭に引き、沈黙が続く。
「全力で引くな!」
バシャンッと手を下げ、湯が飛び散る。
「浮気者だな」
呆れたように浩一が呟いた。
風呂はいつものように騒がしかった。階段を下りようとしたところ、女湯方面の扉が開く。出て来たのは奏音と薫と純恋だった。奏音を誘導している、薫と純恋は僕らの方を見て、少し驚いている。何かあっただろうか。不思議に思い、彼女らに問う。
「奏音もエレベーターか?」
奏音は盲聾者だ。手足は不自由でないので、階段でも誰かの支えがあれば大丈夫だが、エレベーターの方が安心するだろう。
「うん」
薫が応じながらエレベーターの方へ連れて行く。浩一、奏音、薫の三人がエレベーターに乗り、下へ降りる。不便なことに、エレベーターは三人までしか乗れない。エレベーターに頼ってはいけないとかで、少数までとなった。最初は階段だけのつもりで作ったらしいが、浩一や奏音みたいな人が居るとなると、階段だけでは移動が不便なので、エレベーターを足したらしい。エレベーターの人数を増やせ、などと文句を言った際、そう説明された。しかし、浩一や奏音が使っていない時には使えるので、使いたければ使えばいい話になる。
「い、今から何するの?」
圭が純恋に質問をする。そのまま階段で下に向かう。
暫く距離を置いて、僕らも下に向かった。
「圭って凄いよね。尊敬するなあ……」
一斗が独り言のように呟く。
「………俺も……」
泰志がそれに同意する。
僕も、圭の行動力には尊敬する。あんなにも一生懸命な人は輝いて見える。昼に泰志と話していたように。
「僕も、恋とかしてみたい……かも」
少し照れ気味に頭を掻く。一斗の意見は意外なもので、驚きつつも納得が出来る。僕もしたいとかそういう意味ではなく、一斗ならそういうことを思いそうな気がした。偶に、瑠璃に恋愛小説のお勧めがないか、とか訊いているところを見たから。実際、僕らの年齢的には恋愛とか興味を示す、青春とかするような時期らしいから、そういうことに惹かれるのだと思う。ただ、この施設内では難しいかもしれない。
それぞれがそれぞれの部屋に戻った。
「…………………」
僕の部屋には机と椅子とベッドしかない。机には少し埃が溜まっている。当分使っていない証拠だ。昔、何か入れたかな、と机の引き出しを開けてみる。すると、引き出しの中には一冊の本が入っていた。
「あー……。そういえば、戻すの忘れてた」
これは昔、読んでみた本だ。実際に起こった出来事らしい。
この世には人類の敵、怪物が居る。そして、その怪物に勝つべく、人類は戦い、勝利を手に入れた。だが、一体の怪物は一人の少女に化けていた。そのことにより、次々に怪物が増え、この世界はよく戦う世界へと変化した。
そういった内容の話。もしかしたら、この中に居る、誰かが怪物かもしれない。当時はそう思って、恐怖を感じてた。でも、確かあの時……。
「隆、まだ寝てないよな?」
扉の向こうで圭の声が聞こえた。記憶を遡るのは後にして、ドアを開ける。
「何だ?」
「ゲームしようぜっ!」
「いいよ」
圭の誘いを承諾し、リビングへ向かった。
読んでくれる方々に、面白いと思えるような一作としたいので、感想を書いてくれたら嬉しいです。