第六話
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キャラクター紹介回です……主人公でません……
耳下で切り揃えられた銀のボブヘアが、平民街の大通りに降り注ぐ朝日を浴び、まるで繊細な銀糸のように輝く。
目線より低い位置でサラリとなびくそれを横目で捉えたヴィンセント・リードは、良いなあ、と一人ごちた。
生まれつきの直毛が垂れてくるのをいつも疎ましそうに耳へかけ直すマシュー・グレイは、ヴィンセントの仕事仲間であり同い年の良き友である。
いつ見ても重力に従って並列しているマシューの髪と比べ、ヴィンセントの髪は少しばかりやんちゃだ。
リード家の男子に伝わる陽の光を映したような赤毛をヴィンセントは気に入っているが、どんな髪型にしてもくるんと跳ねる先っぽだけは手に負えなかった。
しっかりとした頑丈な質であるため、短くすればするほどに天を目掛けて逆立つ。
濡れた髪が渇くまでの時間と反比例して、毎朝の寝癖をしつけるのには手間を要した。
櫛を通したところから順に真っ直ぐになれと日々念じているが、世界屈指の名門校・王立ルルリエ魔法学校の卒業生である自身でさえ、敵う相手ではなかったらしい。
そのため肩につくほどまでに伸ばした赤い髪は、髪紐という名の手綱で一つに束ねていた。
斜めに流した前髪はカールの勢いを失わずにぴょこんと上に毛先だけ跳ねて、まとめた後ろ髪は良く言えば花弁のように、でなければ使い古した箒のように放射線状を描いて開いている。
「……天真爛漫で朗らかな貴方の雰囲気にぴったり!なんてご婦人方から評判だったろう。いいじゃないか」
街行く人々へ真っ直ぐに向けた視線はそのまま、マシューが口を開く。
呆れるような、宥めるような声色だ。
「オレ何も言ってないけど!」
「“今日はまだ“だろ。君が僕の頭を見れば決まって言うじゃないか、良いなあ直毛、って」
先回りして言及されるほど癖になってしまっていたのか、とヴィンセントは頬を掻く。
「僕はこの女顔のお陰でどんな格好にしてもからかわれることがあるから、君みたいな精悍って顔つきの人が羨ましいよ」
「ええー? ああ、綺麗って言われるのは嫌だって言ってたもんなあ」
「うん。男なら格好いいの方が嬉しいと僕は思うね」
白銀の美男子と名高いマシューにもそんな憂いがあったなんて。
わかんないもんだなあとボヤく。すると、ねーとマシューが大袈裟に肩を竦めた。
「ま、少しならお遊びとおふざけのある方が親しみやすくて良いんじゃない。その髪も持ち主と同じようにさ」
「そっか……!お前良いやつだな」
アンバーの丸い瞳を輝かせてニカ、と笑うヴィンセントに、マシューの涼やかな目元が細められる。
「嫌味のつもりで言ったんだけど」
「何が?」
「何でもない。君はそのままスクスクと育つが良いね」
「? おう!」
家柄にも体躯にも容姿にも、努力次第で大抵のことをこなせる能力にも恵まれている。
そう自負して歩んできた16年の人生。
その中でヴィンセントは、他人を羨むという経験をほとんどしてこなかった。
羨む前にまず行動に移し、一人で出来ないことには教えを乞うたからだ。
そんなヴィンセントにも、素直に羨ましいと思う相手が二人出来た。
一人は隣にいる男、マシュー・グレイ。
髪質はもちろんのこと、彼の利発的で豪胆な振る舞い等が、騎士団の新入りの中で群を抜いて優秀だと評されているからだ。
加えて剣の腕も立つというのだから、現時点で最たる有望株とされるヴィンセントも、うかうかしていられないと張り合いのある日々を送っている。
そしてもう一人、幼馴染のハロルド・レイス。
ヴィンセントを知る者なら言わずもがなと、しばしば互いにセットで話に出されることのある男だ。
「髪といえば、君の幼馴染のはスタンダードで良いよね。猫っ毛でもなくゴツくもなさそうな、ふわっと程よく扱える感じの黒髪」
「そーね。男同士でそう触る機会なんてないけど、そんな感じだと思う。アイツはアイツで『黒髪は見た目が重くて面白みがない』なんて言うけど」
「ないものねだりだね」
「そそ」
「……え、というか彼、面白みなんて言葉使うの」
「ぶっきらぼうなだけで人は嫌いじゃないんだろうし、舌もよく回るよ」
「へえー意外」
「ぁあっ、マシュー様とヴィンセント様よ」
「まだお若いのにお二人だけで見回りを任されるなんて、お話に聞く通りの腕前なんだわ……素敵」
騎士団の、軽装であれど華やかな制服を纏って街を行く二人に娘達の黄色い声が飛んでくる。
それとほぼ同時、ついさっきまで雑談を零していた平行な薄い唇は瞬時に美しい弧を描いた。
きゃ、と肩を跳ね上げて顔を赤らめた女性陣に微笑み手を振るマシューは、彼女らが視界から外れると共にゆっくりと無に戻る。
「その愛想の良さも意外なんだよな。マシューはもっとハル寄りなのかと思ってた」
「そう? 民からの信頼を得ての騎士だよ。見た目だけでも良くしておかなきゃ」
「なるほど素晴らしい心構え。けどぶっちゃけお前、胡散臭いってうちの部隊には言われてるよ」
「うっそ傷付くんだけど」
「嘘だあ」
切長の銀の瞳に、神経質に整えていると見えがちでその実ただ真っ直ぐなだけの銀髪。
加えて中性的で涼しげな容姿が、マシューをどこか近寄り難い存在に思わせる。
しかし意外にも彼の表情のバリエーションというのはそこそこに豊かで、淡々と進むが人を選ばないレスポンスの調子が評判だ。
故に先程女子たちに見せたような、にっこり、と擬音のつく笑みを身内の騎士団員が見ようものなら、何か怒らせてしまったのでは、彼には良からぬ企みがあるのでは、とみな怖気付いてしまうのだった。
「その気概をハルに分けてやってほしいと思うくらいには充分すぎるね」
「あー……たしかに僕、アレよりはマシかなあ」
アレ。
目を細めて言ったマシューの視線の先、一人ズンズンと足早に歩みを進めるハロルドの姿があった。
貴族街へと繋がる街路に差し掛かるところだ。
「ん? あっ、おーいハルー!」
「うわこの距離で呼んじゃうのかきみ」
ぐるりと首をこちらに向けたハロルドの、目と鼻と口の位置だけはかろうじて見て取れる距離だったが、ムッツリと真一文字に結ばれた口と、それと平行で感情の読み取れない凛々しい眉が容易に認められる。
市民に声をかけられるなど以前に、マシューが重んじる"騎士としての信頼"など無条件では得られ難いだろう。
「まーあれは近寄りにくいわな」
「僕なら確実に声なんかかけなかったね」
二人の所属する国王直属の軍団・ジルバ国防軍の一員であるハロルドは、二人と同じ『騎士団』ではなく、もう一つの大きな組織である『魔法士団』に所属している。
いずれも入団試験で剣と魔法の腕前を認められることが前提であり、家柄やコネにも大きく左右されるが、入団後の働きや功績により昇格していく仕組みである。
ヴィンセントとマシューが騎士団の若きエースとすれば、ハロルドもまた、魔法士団で群を抜いての出世頭だと囃されているのだ。
「よく分からないけど怒ってそうだ、呼び止めるべきじゃなかったんじゃないか?」
「いやいやそんな事ないって」
数步前へ出たヴィンセントは、陽気に腕ごと大きく手を振る。
すると猫のように動きを止めたままジトリとヴィンセントを凝視していたハロルドは、こちらへ身体を向けると大股で向かってくるではないか。
「あの感じでこっち来るのか。やっぱり今日も変だね、彼」
「見た目があんな感じなだけだって。ていうか、やっぱり、って?」
「無表情はいつもだけど最近イライラしてる感じじゃない? 今みたいにさ」
よく見かけるけどここ一週間くらいそんな気がする。
マシューが後ろで首を傾げて言う。
まさに思い当たる節があって、振り返ったヴィンセントは笑みを溢した。
「イライラかー、あははっ。良く見てんね」
「当たり?」
「んーまあそうだな――「余計なことは言わなくて良いぞ」うぉわ!」
背を向けていたヴィンセントの肩が掴まれ、その横から黒い物体がぬ、と現れた。
耳慣れたハロルドの声が肩口から聴こえる。
どうも、というあまりにも簡素なマシューの挨拶に、どうも、とこれまた平坦な声色でハロルドが返す。
さっきまでの愛想はどこへ行ったんだと銀色の瞳に訴えようとしたが、存外重くならない空気により、今度はヴィンセントが首を傾げた。
「食堂でよく一緒になるんだよね、僕たち」
「これといって話したことは無いがな」
「え、そうなのか? 知らなかったよ」
「元気有り余る君が食堂を手伝ってる合間さ」
「あーなるほど」
あれだけ訓練なんかで動いといてよく働けるよね、とか、全くだ、とかで頷き合うハロルドとマシュー。
なんだ仲良さげじゃんとヴィンセントが微笑ましく思ったところで、マシューが次いで口を開いた。
「ちょうどさっき、君の黒髪も良いよねって話してたんだ」
「色々端折りすぎじゃない?」
「髪……」
「あ、気に障ったならごめんね」
「いや、違う」
髪、というフレーズとともに表情を硬くしたハロルド。
訊けば、とある『ローブと金髪の人物』を探しているが、一向に見当たらないと困っているらしい。
探し続けて一週間が経ったのだとも言う。
「無理でしょ」マシューは目を丸くした。
「なかなかねえ」ヴィンセントは眉を下げ苦笑した。
「だよな」ハロルドは遠い目を行き交う人々に向けた。
三人の瞳にそれぞれ映るのは、金、金、薄茶、焦茶、金、金、金……そして眼前の赤黒銀だ。
ハロルドのお尋ね者をなかなか見つけ出すに至れないのは、この国の民は金髪であることが圧倒的に多いためであった。それにローブ姿などその辺にゴロゴロいる。なにせここルルリエは魔法大国ジルバの中でもさらに魔法の発展した都市であるからだ。
受け取り過ぎた分の金を返したい。
ハロルドは言うが、“金髪“というたったそれだけのヒントを頼りに一週間探し続けても、それはこうなるだろうと、マシューは肩を竦めた。
「それだけでは無い、はずなんだが……」
「急に歯切れ悪いね」
「いや……笑い声が聞こえた気がしたんだ。同じ人から全く違う声の」
「何それ」
「その人は女性だったが、最後に聴こえたのは別の、幼い少女のような笑い声だった、はず」
こわ、と呟けば、ハロルドも何とも微妙な面持ちでマシューに頷き返す。
50メートルほど先の角を曲がろうとするその人を、見失う直前。
フードからふわりと躍り出るウェーブかかった金髪と、囁くような高い笑い声。
それだけが手がかりであったが、一週間も経つとハロルドの記憶も鮮明さを失いかけていた。
当時同じ現場に居合わせたヴィンセントも、一瞬の出来事であったし、少女の声は聴こえなかったと肩を落とす。
「立場上気は引けるけど、時効としか言えないな」
「後になって金を返せと迫られるようなら真摯に対応すれば問題ないさ」
「ああ……」
金の借りは作るべきではないが今後相手方がわざわざ名乗り出てこない限り、もう気にしないのが一番ではないのか。
マシューとヴィンセントは思う。
その通りに各々伝えてみたが、ハロルドは「それが一番良いだろうな」と言っても尚、如何にも釈然としない様子で頷くばかりだった。
『穏やかに波打つ金の糸』
『飛んでは跳ねる可憐な鈴の音』
そんな、大切に仕舞い込んだ色彩とフレーズを思い浮かべながら。