第四話
ハロルド・レイスには夢があった。
父と同じ画家になるということ。
それは物心ついた頃から変わらなかった。
絵の才能を見出されて以来、王都・ルルリエの宮廷画家として生を全うした父を、ハロルドは心から尊敬し、愛していた。
自身を産んですぐに逝ってしまった母親はもういないと知ったときも、仕事の都合でと祖父母から遠く離れた王都に越すことになったときも、ハロルドは文句ひとつ言うことはなかった。
自身を想う父の背を幼いながらに認めていたからだ。
次から次へと、こちらが終わればやれこのお方のご依頼だと目まぐるしく働いていた父は、あっさりと母と同じらしい流行り病に伏せた。その時だけは文句を言った。
どうしてこんなになるまで頑張ったの、と。
お前が私の絵を好きだと言ってくれたのが嬉しくて、ついなあ。仰向けになった父は涙を浮かべて言った。
そんなことを言われてしまってはこれ以上、文句など言えないじゃないか。
ハロルドは一言、ばか、としか呟けなかった。
今年の誕生日には何が欲しい?
ハロルドは10歳のその日を目前にして、父に訊かれた。毎年の決まり文句だ。
いい、欲しいものはない。
本当にそうだったからいつもそう答えていたが、今にしてみれば可愛くない子供だったなと、ハロルドは思う。
けれど、10年目の今年だけは違った。
パレードを見たい。魔法はいつも見てるからこの国でじゃなくて、隣の国の。剣と武道と舞踊がかっこいいって、ヴィニーが言ってた。それが見たい。
お父さんと。
と言いたくて、口をつぐんだ。
忙しい父が仕事の合間に身体の弱い自身を連れ出してくれるとき以外は、どう頼んでも不可能だと思い込んでいたからだ。
事実、父は苦い顔をして「ハル、それは残念だけど」と重い口を開いた。
隣国への街道は長い。馬を走らせても、その間にお前の身体に障るかもしれない。だから……。
宥めるように言った父の顔は、ハロルドと同じか、それ以上に悲しみに満ちていた。
分かった。分かってるから。
じゃあさお父さん、僕、お父さんの描いた絵が欲しい。
この家の窓から見える景色でも、この街の建物でも。何でもいい。
それから、僕とお父さん、二人一緒の絵が欲しい。
二人きりの生活も長くは続かないのかもしれない。
そう感じ取っていた息子の唯一のお願いに、父は自身の顔を痩けた頬ごと両の手で覆い、息を詰まらせ、何度も頷いた。
「それからすぐの誕生日……の前日だったか。父が早朝に家を出た。そのあと日を跨いだ夕方にボロボロの格好で帰ってきたと思えば、見たこともない速さでたくさんの絵を描いてくれた」
「お前の言っていた隣国のパレードがちょうど誕生日の前日にあって、それを見せられない代わりに、絵にしてくれたんだ」
「いつも馬鹿みたいに丁寧にしている下書きもあのときばかりはなくて、高級だからと慎重にすり減らしていた顔料も馬鹿みたいに使って。書き殴るってこういうことかと目を丸くした。今でも笑えるほどに覚えてる」
「こっちの魔法のパレードは何というか、光の祭典って感じがするけれど、あっちのパレードはすごいんだな。人が身体を張って魅せるんだなって思った。今年も先週にあったが結局観には行けていないから、いつか……」
「っと、悪い、話が逸れた。それから俺と父二人きりの絵と、父が夢に見たという魔法使いの話を元にした絵本をくれたんだ。それらが父の最期の絵だと言われている」
「絵本に関してだけは二人だけの楽しみにしておこうと父から言われていて、俺が独り立ちするまで祖父母の家に隠しておいてもらっていたし、お前にも話してこなかったが……あれがきっかけで、いつしか魔法使いに憧れてこの職に就いたんだったと6年ぶりに初心へ帰れた。また読み返そうかな」
「と、こんなもんだ。長くなってすまない――ってお前、ちょっとヴィンセント、大丈夫か」
「……そどでかおあらってぐる」