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第三話


 この世界に生まれて初めて出会った人間だったので、皆がどのような土地で過ごし、どのような風貌をしているのかはわからない。

けれど土に汚れた服は元より草臥れていた様でもなく、手脚は痩せているけれど、きっと身なりの整えられた男性なのだろうと見てとれた。


 アンと勝手に名付けた水の妖精が、またもやシルフィーと勝手に呼んでいる風の妖精と共に、湖の上に男を浮かばせた。

私には原理は分からない。

 火のサラ、光のアルに唆されるように目の前をちらつかれ、なあにと立ち上がる。

そのまま湖に入るよう促されて突っ込んだ右足は、なんと不思議、表面張力がそのまま板になったように、水面にピタリとくっついた。続けて左足も。


 すげーーーと感動する暇もなく、湖の中央に浮かぶ男の元まで歩かされる。

仰向けに浮かぶ男の側まで立ち寄ると、四人の妖精は私たちを四方から囲んだ。


 そして、ア、ファ、ラ、そのどれとも言い難い発音で、音を奏で始めた。

まるで楽団がチューニングをするかのように、揃って一つだけの音を伸ばす。初めて聴いた彼女たちの声は透き通るように綺麗な音色だった。

 なんやこれとキョロキョロしていると、四方から刺さるような視線が投げられる。

首を傾げれば「お前もだ」と言わんばかりに一斉に指をさされ、ええ!と声を上げてしまった。


「あ、アーーー?……あ、ちがう?じゃあ、ラーーー……怒んないでよサラ!」


 使いモンにならねえと呆れ顔をされるが知ったこっちゃない。こちとら初見だ。

 しかし私がどうにかならないと続きがどうにもならない圧を感じたので、舌を駆使しながら懸命に彼女らを真似た。

この時点で気付いたが、彼女達は一切ブレスを挟むことなく音を出し続けていた。

 ようやくシルフィーの穏やかな笑みを見られたので安堵したが、それから、これいつまで続けなきゃいけないんだと思うくらいに息を吐き続けた。

 限界を伝えるために視線を寄越せばアンにまだと首を振られ、傷だらけの男よりこっちのが命やばいと思い始めた頃、ようやくアンとアルの許しが出ため、思い切り息を吸った。


 その瞬間、足元に渦巻いた水面が私たちを覆うように吹き上げ、大きな水の柱となった。

あまりの壮大な光景に、吸った息をそのままゴクリと飲み込んでしまった。

 バッシャバッシャと噴水のように立ち上る水の壁は、不思議なことにそこにいる誰をも一滴たりとも濡らさない。

 激しい水音と共にかすかに聴こえた4人の妖精たちの歌が、男の肌を抉る傷をみるみる消していったのも私には原理など分からなかった。



 寝床で休ませておいた男が目を覚ましたのは、陽が傾き始めた頃だった。

 休養も兼ねて泊まって行くかと男に勧めたが、時間がないのだと首を横に振られた。

 ならばせめて腹ごしらえにでもと、イチジクに似た表皮の柔らかい果実をひとつ手渡した。


「君、親御さんは?」

「いません」

「え、」


 二口目に果実を頬張る一歩手前、男は口を開けたままピシリと固まった。やがて深刻な面持ちへと変えると「一緒に町へ行こう」と私に目を合わせて申し出てくれた。

彼の瞳に映るのは12歳の女の子だ。人気のない森にひとり、という環境に思うところがあるのも無理はないだろう。


「そもそも此処がどこか分からないまま住み着いちゃったんですよね、ハハ」

「そうか……」


 明らかに同情と心配の色を向けられたが、この二年間本当に何も考えないその日暮らしでどうにかなったため、当の本人である私は何ら困っていなかった。

身体が若ければ自然と心も幼い頃に戻れた気がしたのも、影響しているかもしれない。


「地図はお持ちですか?良かったら見せて頂きたいんですけど」

「え、ああはい、どうぞ」


 男は困惑しながらも着ているシャツで手を拭き、ズボンのポケットから畳まれた紙を取り出した。

 それに描かれた形を見て、ん?と首を傾げる。


「ここはジルバ王国領ですか」

「えっと、私の意識がある内はそうでしたね。ここが街道よりそう遠くない場所であるとすれば、王国領の最北部にあたるニール森林となります」

「それって、王都の北部にあたる……?」

「はい」

「王都って、ルルリエ?」

「はい」


「まじか……」

「まじ、とは」

「アアイエ気にしないでください」


 日本語が通じて日本語で返ってくるのもまあファンタジーだしゲームでも日本語字幕だから良いやと言うことにしたけれど。

 まさかその、必死でプレイしたゲームの世界に自分が来てしまったなんて、露とも思わなかったのである。



 男は家にいるまだ幼い息子の元に戻らねばと、何度も礼を言いながら森を去ろうとした。

なんなら私にも一緒に行くかと勧めてくれた。

少し惹かれたけれど、この森から出て急に人気のあるところへ行くには躊躇われた。

 今の私の身なりといえば、誰の物か分からないぶかぶかの古着を数枚、二年間ほぼ毎日洗って着てを繰り返してクッタクタになったのを身に付けた、裸足の少女だ。

髪も伸びっぱなしで、ゆるいウェーブヘアが腰まである。

これは金髪の猫っ毛が地毛、しかもそれに合う顔になれていることが嬉しくて切るに切れなかっただけだけれど。

 全身を見てまあ、あまり見栄えの良いものでは無かったのだ。恥ずかしくなって男の提案はやんわりとお断りした。


 しかしこの男、おそらく獣か何かに襲われて傷だらけになっていたのだろう。傷が癒えたとは言え、明らかに体力を消耗したように見受けられる。

 加えて背の高い木の生い茂る森には、早くに夜が来る。


 男は隣国からの復路を朝に出立し街道を渡ろうとして、傷を負ったのが昼頃だった。

と言っていたから、そのペースで王都に戻ろうとすればきっと朝日を目にすることになる。


 そう伝えれば男は顔を青くしたが、それでも今日のうちに戻りたいのだと急いた。



「今日は、息子の誕生日なんです。身体の弱い息子が隣国のパレードを見たいと言っていて、けれどそれは叶わなくて……せめて代わりにと、私が脳裏に焼き付けた景色を描き留めたいんです。ただでさえ家を空けがちな父は息子の誕生日にすら顔を見せないのかと、失望されたくないんです」

「事情を伝えても、ですか……?」

「いえ、きっと許してくれるでしょう。優しい子ですから……けれどこの病に侵された身がいつまで保つか、もう分からないところまで来てしまったんです。画材も全て道中で失くしてしまいました。だから、だから早く息子の誕生日を祝いたい。そして記憶の鮮明なうちに……」


 背を向けて森の中へと歩みを進め始めた男を呼び止めるべきか迷った。

 危険だからと制したところで、代わりにしてやれることはない。

 だからと言って案内することが出来るほど、私はこの森を知ろうとしてこなかった。

 たとえどうなろうと、男の望むようにしてやるべきだろうか。せめて食糧だけでも渡しておこうと考えて、小屋へと踵を返しかけたそのとき。


 サラとアンが俯いた私のデコを膨れっ面で弾き、アルとシルフィーが穏やかな笑みを浮かべながら私の金髪を撫ぜて、男の後を追ったのだ。

 それから程なくして、辺りに響き渡った男の悲鳴と草枝を掻き分ける音がこちらからあちらへと、順を追って遠ざかっていくのが耳に届いた。


 男の悲鳴はまるで絶叫マシンに乗ったような、なんとも情け無いものだったと、今でも覚えている。


四人の妖精は

(火)サラマンダー→サラ

(水)アンダイン→アン

(光)アルフヘイム→アル

(風)シルフ→シルフィー

となっております。まんますぎる!

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