対価は真実の愛
王太子には婚約者がいる。
片足と片腕を失い、残った手足もまともに動かせず、姿勢を固定するためのコルセットを付けなければ車椅子に座っている事すらままならない。
顔の傷は治ってはいるが酷い痕が残っていて、人前では顔の半分を隠していた。
当然、この体で子供を産むことは難しいだろう。
王太子である以上、世継ぎは必要だ。
だから、なかなか結婚に踏み切ることもできずにズルズルと過ごして来た。
ここ数年は護衛と言う理由を付けて近衛騎士の1人に面倒を見させていた。
それこそ、その男と不貞の一つもはたらいてくれれば、などと考えていた。
「あの姿では、そもそもそんな事を考える男も居ないか…」
王太子の婚約者は大変気立てがよく美しい少女だった。
婚約した当時の事だが。
ある年、王都の周辺で魔物が大量発生した事があった。
本来そこには居ないはずの王太子が討伐隊に紛れ込み、魔物に襲われた。
婚約者の少女はその身代わりとなって傷を負ったのだ。
王太子もはじめのうちは自分のせいで傷を負った婚約者のために献身的だった。
だが、彼はちゃんとした記憶を持っていなかったため、曖昧な記憶を手繰るうちに、そもそも自分のために怪我をしたと言う事実そのものを信じられなくなっていたのだった。
騎士は王太子の婚約者を愛していた。
いや、愛というものがよく分からない頃から慕っていた。
だが、彼女が王太子を愛していることは誰の目にも明らかだったので、態度には表さなかった。
「今日は、良い天気ですから、少しテラスにでも出てみませんか?」
包帯から覗く顔が困った様に笑うのが分かったが、返事はなかった。
王太子がお茶にでも誘ってくれれば、喜んで出るのだろうか、そんな事を考えて落ち込んだ。
「婚約破棄、で、ございますか?」
「破棄でも白紙でもなんでも良いのだが、私も王太子と言う立場だ。世継ぎは必要だろう。その身体では公務も出来ない。形だけの王妃の座が欲しいわけではなかろう?」
「それは、そうですね」
「最後に、もう一度だけ確認しますが、本当に契約を破棄して構わないのですね。一度破棄したらやり直しは効きませんが」
「間違いない。破棄してくれ」
婚約者はその言葉に悲しそうな顔をしたが、次の瞬間ニヤリと笑った。
そこに居た一同が顔を青くする。
何か禍々しいものがそこにあった。
婚約者が包帯で状態が分からない様にしている、残っていた方の手を翳すと、そこに婚約した時の契約書が現れた。おそらく魔法だろう。
「な、どこからだした。そもそもそれは教会で保管されていたはず…」
「手間を省いてやろうと言うのだ、むしろ感謝して欲しいものだな」
まるで別人の声で話す少女だった者の手の上で契約書が燃え上がる。
すると、王太子がその場に崩れ落ちた。
「ぐ、ぐあああ」
「な、何が起きた」
「貴様、何をした」
「何って、希望通り契約を破棄したんだよ?」
車椅子に座っていた元婚約者が立ち上がる。
ずっと車椅子で過ごしていたせいもあってか明らかに同年代の娘より小さかった身体は並以上に成長して、服もシンプルなワンピースから派手なドレスに変わっていた。傷一つない妖艶な美女だ。
「王子は知らない事だが、私はこの娘と賭けをしたんだ。王子が真実の愛とやらを示してくれたら私の負け。婚約を破棄するなら私の勝ち。景品はこの身体だ」
「そ、それで殿下をこんな姿に?」
「正確にはちがうかなぁ。もともと怪我をしたのはその王子様だよ。この娘が怪我を肩代わりしていたのさ」
「「「!!…」」」
そこに居た者たちも記憶を取り戻した。
あの日あった出来事を。
元婚約者は王都の安全な場所に居た事、ボロボロになった王子が運び込まれた事。
突然、これまでの苦痛が一気に来た王太子は精神を病んでしまった。
いや、日常生活もままならない身体に戻った時点で王太子としての人生も終わった。
苦痛に対する耐性は女性の方が上だと言うから、この王子は残りの人生、相当苦労することとなるだろう。
「ふああああ。公爵令嬢ってのも、退屈だねぇ」
ソファーに深く腰掛け、足を組んでだらしない座り方をしたあげく、盛大にあくびをした。
「…。やることはいくらでもあるのに、貴方がしないだけでしょう?」
「気まぐれで人間の身体を手に入れてみたけど、そもそも興味ないって言うかぁ〜」
「…」
護衛の騎士はあの事件以降も少女の側にいた。
「彼女は、どうなったのですか?」
「ん? ここに居るよ? 私が支配しているから、表からは見えないだけさ」
悪魔なのか、魔法使いなのか、それとも神なのか分からないが、そもそも理解の範囲の外の存在の言うことなので、真意の程は正直分からなかった。
「そうだね、アンタが対価を支払えると言うのなら、戻してやらなくもない」
「対価、とは?」
騎士は身を乗り出す様に問いかけた。
「真実の愛、かな」
「真実の愛?」
「そう。私は愛し合う2人とか、見てるのが好きなんだ」
「愛し合う2人、は難しいが」
悔しそうに俯いて拳を握る騎士を楽しそうに見ていた。
「しょうがないねー。今回は半額セールだ。あんたの愛だけでも良いよ」
「それならば、自信はある」
「へー、そうかい。じゃあ、なるべく私を楽しませてくれよ。こっそり見てるからな」
「見られるのはちょっとアレだな」
「そうだよ。くっくっく。私は善人じゃないからね、あんたが浮気でもしようものならただじゃ済まさないよ」
「ああ」
次の瞬間、公爵令嬢は組んでいた足を揃え、真っ赤になって俯いてしまうのだった。
その赤くなった理由が公爵令嬢にあるまじき座り方だったからなのか、他の理由なのかはまだ分からない。
なんかこう、定期的に欠損とか書いてしまう感あるんですけど、不快に思う方がいらしたらすみません。主に障害を負っている方。
なんか良く分からない力で元通りって言うのが一番申し訳ない感ありますが、今回は治ったわけではないのでアレです。はい。
どれだよ
◇
誤字報告ありがとうございました。
良いところで誤字に引っかかってがくーってなった人がいたら申し訳ないですぅ