異世界、はじめての、『鉄道』(5)
聖都に戻ったアカツキはオジサン軍団と面会し、のぞみがついに固有スキル『鉄道』が使える状態になったことを報告した。
「ついに……」
「教国の輸送力が強化されるというのじゃったな?」
「魔力量3000の固有スキルか……」
「期待は十分じゃのう」
興奮しながらも、声をおさえるようにしゃべるオジサン軍団に、アカツキは違和感を感じながら、それでものぞみを守る言葉を続ける。
「だが、ノゾミくんは、ここまでのダンジョンの戦闘で、かなり精神的に疲弊している。だから、彼女を追い詰めないでほしい」
「分かっておるよ、勇者アカツキ。そなたの言う、『線路』とやらだけでは、輸送力そのものは高められないと言うのじゃろう?」
「だが、素材としての可能性は、高いのじゃよな? それだけでも十分な成果と言えよう」
「『線路』をうまく使って、上に馬車を走らせる、というのも面白い」
「ふむ。車輪をぬかるみにとられるようなことがなくなるのであろう? それだけでも今よりはよい」
オジサン軍団はのぞみのスキルに期待していた。
その点については、アカツキも期待していたので、この場で同調したりはしないが、同感ではあった。
これまで謎だった固有スキル『鉄道』が、ついにその真の力を見せるのだ。
期待するな、という方が難しい。
「今日のところは、勇者ノゾミをゆっくり休ませてやるがよい。固有スキル『鉄道』は広い場所が必要なのであろう? 明日、聖王城の聖騎士訓練場で試してみようではないか」
この、宰相が下した決定が、のぞみの運命を大きく動かしてしまうのだった。
のぞみは、久しぶりにゆっくりと眠ることができた。
熟睡、というのだろうか。
これまではずっと、どこか眠りが浅く、夜中に目を覚ましては手を洗う、ということがあったのだ。
今朝も、手洗いは多かった。
それでも、侍女たちから見ると、のぞみの表情は見違えるようだったらしい。
「ノゾミさま、よかったですの」
「ええ、ええ。いつもと違って、どこか微笑んでらして」
「はかなげで、ぎゅっと抱きしめて、頬を寄せて、守ってあげたくなりますわね……」
「「えっ?」」
「な、なんですか……?」
どうやら、一人、やや危険な侍女もいるらしい。単なる母性ならばよいのだが。
「そうはいっても、手洗いの回数は少なくありません」
「ええ、油断は禁物ですわ」
「そっと抱きしめて、安心させて差し上げるべきかも……」
(……聞こえてるんですケドね? あたし、そんなに心配されてたんだね。確かに、ずっと暗い気分ではあったよね。いっぱい殺しちゃったし。でも、その結果として、固有スキル『鉄道』が使えるようになったんだモンね。前を向いて、頑張らないと)
のぞみ自身も、侍女たちからそこはかとない優しさを感じて、少し心がほっこりするとともに、決意を新たにするのだった。
(それにしても、『線路購入』よね。あたし、ナハさんに言われて、つい使っちゃいそうになったけど、アカツキさんが止めてくれてよかったよね。マジで、あんなところで線路とか出したら、どうなったことか……でも、どうなんだろ? 一般的な長さってことかな? そもそも『直線レール』って、レールは直線が基本で、鉄道建設の現場で曲げていくはずだよね? 枕木と固定する時にぐいぐい曲げていくって聞いたコトがあるような……。フレキシブルレールみたいなイメージだったはず)
何度も言うが、フレキシブルレールを自然に語るJKはとてもではないが一般的なJKとは異なる、ある意味では異世界の存在だと考えるべきだろう。ただし、少なくない数、この世には存在しているとも考えられるが。
(線路……レールって、20mとか、25mとかぐらいじゃなかったっけ? そんなの、あのダンジョンにぼんって出したらとんでもないことになってたよね、絶対。あ、でも、レールって、かなり重いよね? うまくやってモンスターの上にレールを落とせたら倒せる……っ、あたし、戦う思考になってるの? 自分からモンスターを殺す方向に進みかけてた……)
ぞくり、とのぞみは自分自身の変化に震えた。
(これが、『慣れ』ていくって、コトなのかな……)
そんなことを考えていると、外から呼び出しがかかったのだった。
聖騎士訓練場には、たくさんの人が集まっていた。
(うわぁ……見物人がいっぱいだよね? いや、新橋~横浜の開通も、すごい人出だったっていうし、鉄道が開通するって、それだけすごいことだよね。あ、いや、まだ開通するワケじゃないんだけどね。あくまでも『線路購入』って、試してみるだけなんだケド……)
繰り返すが日本初の鉄道が新橋~横浜間であったという……いや、これについては義務教育の教科書にも掲載されている事実なので、のぞみのような特殊なパターンでなくとも、知っている者は多いかもしれない。この事実をもって、のぞみを一般のJKとは違うと述べるのは適切ではなかったか。
ただ、そのいっぱいの見物人の内容が問題なのであった。
宰相がのぞみのスキルを翌日にと決めたため、たまたま執務の時間が空いていたケイコ教国二大巨頭の一人、教皇ラインゴルド・ハイデッカー4世を筆頭に、聖王の第二子である聖王子シェフィールド、そして宰相をはじめとするオジサン軍団はもちろん、早朝から訓練をしていた聖騎士たちや神官たち、勇者アカツキ、勇者ナハと、その侍女である巫女たちなど、固有スキル持ちの勇者が久しぶりということもあり、勇者の固有スキル使用を一目見ようと集まってきていたのだ。かろうじて、聖王ル・トラン・ブルー2世が北方の小国の王子との謁見でこの場にいないことが救いかもしれなかった。
ただし、のぞみはこの中にそのようなお偉いさんがいるとは露ほども思っていなかった。
(なんか、すっごく期待されてるみたいだね……)
怖くて、不安で、やりきれない日々に、心を擦り減らせていったのぞみにとって、期待されているというのは悪い気分ではなかった。
「ノゾミくん、準備はいいかい?」
アカツキがのぞみに声をかける。
「は、はい。アカツキ、さん。が、頑張り、ます……」
心の中では順調に滑り出す言葉も、口に出すと、ちょっとどもってしまう。のぞみはそんな状態だった。
「それじゃあ、ノゾミくんの固有スキル、『鉄道』を使ってみてくれ」
「は、はい……」
周囲の視線がのぞみへと集まる。
緊張の一瞬。
(よし、いくよ……固有スキル『鉄道』、『線路購入』、直線レール〈P〉を選択!)
のぞみの全身がまばゆい光の奔流に包まれ……。
そして、その光が天へと昇竜のごとく消え去っていくと……。
のぞみの足元に、ポトリ、と、何かが落ちたのだった。