異世界、はじめての、『鉄道』(4)
のぞみの声に反応したのはナハだった。
「どしたの、テツコちゃん?」
「あ……その……」
自信を失っていたのぞみは、小さな声でもそもそと口ごもる。
そこへ、アカツキもやってきた。
「どうかしたのか?」
「いえ、テツコちゃんが久しぶりに声出したモンっスから、気になっただけっス」
「ノゾミくんが?」
アカツキはさっとのぞみを振り返った。
「何か、あったのかい、ノゾミくん?」
「あ、あの……その……」
のぞみはまたもぞもぞとした。
ナハが何かを言いかけたが、アカツキはそれをすばやく手で制してから、小さく息を吐いて、今度は声を小さく、ゆっくりと口から出す。
「慌てなくていい。ゆっくりで。ノゾミくんが、言いやすいように、言いたいことを言ってくれればいいんだ」
「あの……あ、あの……」
のぞみは、うまくしゃべれなくなっていた。
およそ1か月くらいは、まともに言葉を発していなかったのだ。
アカツキはナハだけでなく、周囲の聖騎士たちや神官たちにも手を向けることで、物音ひとつさせないように制していた。
ダンジョンの奥地で、しんとした静かな空間が生まれた。
それが、かえって、のぞみにとっては話しづらかったのだが……。
(ど、どどど、どうしよう? ちょ、ちょっとした声が、すす、すごく反響するよぅ。で、で、で、でもでも、でもでもでも、こここ、これは、これは伝えないと……)
「あ、アカツ、さん……」
「ああ、どうしたんだい?」
「……つ、みたい、デス」
「うん?」
「つ、使える、みたい、デス……」
「使える?」
「は、はい。て、『鉄道』、が……」
「っ!」
アカツキは喜びの余り叫びそうになったが、のぞみを驚かせてはいけないと奥歯を強く嚙み合わせるようにして声を飲み込んだ。
だが、そんなことはお構いなしに叫んだ者がいた。
「おおおっっ! やったじゃん、テツコちゃんっ! どれどれ? 使ってみ? ほら、使ってみ?」
「あ、あの……えっと……」
「どんな感じ? どんな感じなのかな~? どんな風に感じるのかな~?」
「えっと……その……」
ぱしん、と、アカツキはナハの後頭部をはたいた。
「いっ……」
「ナハ、ノゾミくんがびっくりしてるだろう。ちょっと静かにしてろ」
「……うっス」
「あ……す、すみ……」
間違いなく、『鉄道』が使えるというのは朗報である。
時が経てば経つほどに暗くなっていくのぞみに、アカツキは複雑な思いを抱いていた。
そして、『鉄道』が使えるようになったことで、少しでも、のぞみに前向きな気持ちになってもらいたかったのだ。
のぞみは、自分のステータスを改めて確認した。
【下松のぞみ 15歳 レベル30
HP750、MP3000、ちから150、かしこさ600、すばやさ420、みのまもり180
職業:勇者
勇者基本スキル『成長加速』『アイテムボックス【※】』『勇者装備使用許可』
一般スキル『土魔法』
固有スキル『鉄道』
『線路購入』(直線レール〈P〉)】
(つ、使えるって、言っちゃったけど……線路購入? とりあえずMP不足ってのはなくなったし、使えるのは確かだよね?)
「それで、ノゾミくん。ゆっくりでいいから、君の固有スキル『鉄道』について、使えるようになって分かったことを教えてくれないかな?」
「あ……はい。その……線路が、買えるみたい、ですケド……」
「線路……?」
(『鉄道』で線路が買える? 電車ではなくて線路だと? いや、そうか。『鉄道』とは、鉄の道だな。電車よりも線路の方が確かに『鉄道』だろうか? だが、線路だけでは『鉄道』の持つ本当の影響力が出せないか……)
アカツキは線路と聞かされて、考え込んでしまった。アカツキがオジサン軍団に語った鉄道の価値は圧倒的な輸送能力についてだ。蒸気機関車による陸上輸送は産業革命を根底から支えた。世界中の地図には、それまでになかった鉄道の路線が毎日のように描き加えられたはずだ。軍事的な価値も大きいはずだ。
それは、線路だけで果たせるものではなかった。
(……待てよ? 線路なら少なくとも、かなりの量の鉄、しかもかなり良質な鋼鉄が確保できるんじゃないのか? こっちの世界でそれを加工できるかどうかは分からないが、あっちの世界の線路が手に入って、それが素材となるだけでも価値はあるはずだな? それに、電車がなくとも、この世界には馬車がある。線路に合わせて馬車を走らせる方が、この世界に合ってるかもしれんぞ?)
「ほへーっ、線路が買えんのかよーっ! すっげーっ! いや、すげーのかどーなのかわっかんねぇけどさ、ちょっとやってみなよ、テツコちゃん!」
「え、あ、あの……」
アカツキの思考はナハの言葉で遮られた。
「ほらほら、やってみなって!」
「そ、その……」
「ほれほれ、そこに……っ! 痛いっス、ツキさん!」
今度はゴツンとナハの後頭部にゲンコツを入れたアカツキだった。
「馬鹿野郎、ナハ。ここはダンジョン、しかも深層間近の中層だぞ? ここの地面を見ろ、周りを見ろ、幅を見ろ」
「へっ?」
「こんなところに線路を出したらどうなる?」
「……あー、そうっスね。納得っス。ごめんよー、テツコちゃん」
こんなせまいところに線路などだしてしまったら邪魔でしょうがない。
それに、アカツキもナハも、アイテムボックスが勇者のスキルとして使えるが、一人で野営するための準備を入れたら、それでだいたい一杯になるぐらいの容量しかないのだ。
線路など、到底持ち帰ることができない。
「あ……あはは……すみ、ません……」
「お、ヒサビじゃん? テツコちゃん、笑ったね?」
ナハにそう言われて、のぞみは、これまでの間、笑うこともなかったのだと、思い出したのだった。
この後、アカツキは聖都に戻ってからのぞみのスキルを試すべきだと判断して、ダンジョンを引き上げたのだ。
アカツキは、のぞみのこれからに光を見出していた。
異世界は今、はじめての鉄道を迎えようとしていた。