異世界、はじめての、『鉄道』(2)
のぞみはダンジョンの中層にいた。
もちろん、アカツキもナハも近くにいる。
そして、戦っているモンスターは、ゴブリンやコボルト、オークではなく、まるで夜叉の仮面のような怖ろし気な表情をしたまさに鬼、オーガだった。
戦うとはいっても、基本的に、アカツキやナハ、聖戦士たちが戦い、ほぼ抵抗できない状態まで追い込んでおいて、のぞみがとどめだけ刺す、という形だった。
ただし、聖騎士たちも、オーガが相手となると、無傷とはいかない。時には、大きなケガもする。
だから、回復役として、神官も何人か、ダンジョンへ同行するようになっていた。
のぞみが異世界転移してからおよそ1か月。
のぞみはレベル20に達していた。
『勇者』として『成長加速』スキルがあるとはいえ、レベル10を超えると、そこまで簡単にレベルは上がらない。
そもそもレベル20というのは、こちらの世界の人なら、5~6年ぐらいかけて鍛えていくレベルなのだ。そう考えれば、たった1か月でレベル20になっているのは脅威だった。間違いなく、『成長加速』スキルは仕事をしている。
だが、もっとも重要な、固有スキル『鉄道』はレベル20になっても使えないままだった。
のぞみのMPは2000になっていたので、それでも使えない、とんでもなく燃費の悪いスキルだということでもあった。
そんな時に、事件は起きた。
7体のオーガを相手に戦闘していた際、たまたま、1体のオーガがアカツキやナハ、聖騎士たちの間をすり抜けて、のぞみの前に飛び出してしまったのだ。
「えっ……」
オーガが凶悪な笑みを浮かべて刀を振り上げていた。それをのぞみは、はっきりと見ていた。目の前で。
まるで、全ての時が止まったかのように、のぞみはオーガを見ていた。
オーガが、振り上げた刀をのぞみに向けて振り下ろし始める。
ゆっくり、ゆっくりと、刀の切っ先が円運動を続けながら、のぞみへと迫る。
(あ、これ……妄想? いえ、本気デス? いや、本気dethよね? 誰がうまいこと言えと……ああ、これって走馬灯って感じの何か? あたし、死んじゃうんだよね。ああ、うん。あれだけ殺したんだモンね。この手だって、何度洗っても血が落ちない感じがするし。モンスターとはいえ、あんなにたくさん殺しておいて、自分だけは死にたくないとか、それはダメだよね。はぁ~せめて高3まで生きて、自分が思うように創ったジオラマでリアル賞を狙ってみたかったかも。最後に創ったのが意味不明なファンタジーってさみしすぎるよね。生まれ変わったら先輩たち一人ずつ殴ってやりたい。でも、あたしとしては走馬灯よりも操車場の方が好みなんだけどね。でも、日本の場合、鉄道って旅客中心で貨物はモータリゼーションの波にやられて操車場はその必要性がなくなっていって……汐留とか大宮とかみたいな再開発用の土地として活用される、大都市にぽっかり空いた空間みたいな扱いだもんね……それにしても、このモンスター、オーガだっけ、動きが遅いなぁ。これならあたしでもかわせそうなんだけどね……)
「ノゾミくんっ!」
「テツコっ!」
アカツキとナハが同時に叫ぶ。
のぞみは、まるでその叫び声に動かされたかのように、身体をひねった。
周囲の誰もが、そう感じた。
そう。
偶然、勇者の二人の声に反応した結果、たまたま、オーガが振り下ろした高速の一閃をかわすことができたのだ、と。
聖騎士たちも。
のぞみの近くにいた回復役の神官たちも。
誰一人として、のぞみが自分でかわしたとは思わなかった。
刀を振り下ろしたオーガが、確実にしとめたと思った人間の手応えがないことをいぶかしむように首を傾げて、いなくなった人間を探すように首を左右に動かす。
そして、のぞみを再発見する。
(うわぁ、またこっち見てるよ……)
のぞみは顔を引きつらせた。
そして、そのオーガがのぞみに向かおうとした瞬間。
後ろからナハが振るった大剣が、オーガの上半身と下半身を分断したのだった。
「テツコちゃ~ん、ダイジョ~ブ? 今、かなりヤバかったっしょ?」
「はあ……」
ナハの間延びした声とは違う、珍しくあせった表情にのぞみは気づいていたが、なんとなく気の抜けた返事を返してしまった。
「いや~、運がよかったね~。たまたま、オーガの刀をかわせてほんと~によかったよ~」
「ナハ、よく間に合わせた。ノゾミくん、すまない。君を危険な目に遭わせてしまった」
「ウッス。お役に立ててよかったっス。ツキさん、中層は、かなり危ない気がするっス」
「そうだな……」
アカツキは考える。
今のは、たまたま、偶然がなかったら、のぞみは死んでいただろう。
この先は、効率が落ちるとしても、のぞみに護衛を必ず付けておかなければ、ナハの言う通り、危険すぎる。
(本当に、あんな偶然があるなんて。本当に運がよかった。もう、効率はともかく、ノゾミくんの安全をまずは確保しなければ……)
そうして、この事件以降、アカツキはダンジョンでの戦闘をナハと二人で担当し、聖騎士を完全にのぞみの護衛として後衛に加えるようにした。
オーガの群れは1体を残して壊滅させ、残る1体も、両腕、両足を使えない状態にした上でとどめだけをのぞみに刺させる、という徹底ぶりだった。
そうして、のぞみは着実にレベルを上げていった。ただ、固有スキル『鉄道』が使えるようにはならなかった。しかも、自分自身で戦うのではなく、ただ動けなくなったモンスターを殺すだけという、アカツキがのぞみのためにと考えてとった行動は、結果としてのぞみの誇りをひとかけらも育てることなく、それどころかのぞみの黒い瞳は濁りを増すばかりだった。
そして、誰も気付かなかった。アカツキの過保護とも言えるのぞみの保護によって。
あのオーガの刀の一閃をかわしたのは、のぞみのきわめて高いかしこさステ値による思考加速と、実はかなり高くて、初期値ではアカツキやナハよりも上というステ値だったすばやさによる、自力での回避行動だったということに。
アカツキによるのぞみのパワーレベリングは、誰も知らないところでINT-AGIスタイルのバケモノキャラを着実に育てつつあったのだ。
ただし、間違いなく紙装甲ではあるのだが。