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異世界テツ生は突然に(2)




 目を覚ましたのぞみは、その瞬間、気分が沈み込むのを止められなかった。


 上半身を起こして周囲を見てみると、昨夜と同じ、意味不明なくらい豪華な、天蓋付きのベッドの上だったからだ。


(あー、全部夢で目が覚めたら実は部室でしたー、って期待してたけど……。それにしても何コレ? すんごいベッドだよね。「瑞風」とか、「四季島」とか、「ななつ星」とか、こんな感じなのかな。いや、写真で見た感じだと、こっちの方が豪華ではあるケド……。どっちかというと、こっちよりもあっちの方がよかった。どうせ夢ならもっといい夢を……いや、夢じゃないんだったよね……)


 のぞみが体を起こしたことに気が付いたのか、神官服を着た巫女が3人、やってきた。のぞみの世話役を命じられた巫女たちだった。


「ノゾミさま、おはようございます。朝のご用意をお手伝い致します」

「はあ、どうも……」


 正直なところ、ごく普通の日本人だったのぞみにとって、侍女が世話をするなどというのは意味不明なのだ。昨日の夜、寝る前にまるで着せ替え人形のようにひん剥かれて、寝間着に着替えさせられたのはそれなりにショックではあった。

 だが、こっちの服は、のぞみにはいまいち着方もよく分からない。だから、のぞみも手伝ってもらうことを拒否することはできなかった。


「お似合いですわ、ノゾミさま。黒髪が本当に美しくていらっしゃいます」

「ええ。わたくしたち、ノゾミさま付きになれて、嬉しく思いますわ」

「本当ですわ。ナハさま付きの方など、毎晩のように夜伽を命じられて大変だとか……」


「よとぎ……?」


 のぞみはきょとんとして首を傾げた。


「これ、シーノ」

「あ、すみません、つい……」


(……よとぎって、何だっけ?)


 ……のぞみは実にウブな15歳であった。


 着せ替え人形になりながら、のぞみは昨日のことを思い出す。


(夏の鉄道模型コンテストのジオラマ制作で、鉄道ショップ「ガタンゴット」に買い出しに行けって先輩に命令されたんだよね。その途中でなんか足元に浮かび上がって、眩しくて……そしたらオジサンたちに囲まれてて……)


 のぞみは高校の鉄道研究会に所属していた。中高一貫校で、のぞみは附属中出身、鉄道研究会も実は4年目である。

 今年は高3の先輩たちがファンタジー部門を狙うと宣言して、リアル部門が好きなのぞみは反対意見を述べたのだが、『リアルなど爆発しかない』という意味不明な発言で先輩たちに押し切られたのだった。まあ、鉄道研究会的には何人かの高3の先輩よりも附属中からずっと所属しているのぞみの方が実は1年先輩なのだが、今年が最後となる高3の意見が優先されるのは普通のことだった……。

 それでも利用する車両が、のぞみが好きな二階建て車両、ダブルデッカーの「あおぞら」だったので、そこそこ満足はしていた。たとえそれが荒唐無稽な、ラッコの飛び交う不思議空間で、水を跳ねてまき散らせながら走る姿だったとしても……。


(あれで賞がもらえるんだろうか。いや、審査員のみなさんがどんなセンスをしてるかなんて、あたしごときが口に出すべきことじゃないよね……)


 はぁ、とのぞみはため息を吐いた。


(そもそも、こんなことになったんだから、あたしには賞とか、もう関係ないんだよね……)


 こんなこと、とは、異世界転移、である。


 のぞみはなぜか異世界転移をしていた。

 理由などない。

 ただ、召喚されて、たまたまのぞみがここにいる。それだけなのだ。


(固有スキル『鉄道』って、なんなんだろう? でも、それなりに嬉しかったりする自分もいるんだケドね……テツコじゃないケドね?)


 そう。

 異世界転移で、確認したのぞみのステータスの中で燦然と輝く固有スキル『鉄道』。

 鉄道研究会の一員として『鉄道』というスキルがあるのは素直に嬉しい。


 ところが、このスキル、いったい何ができるのか、さっぱり分からないのである。


(まさか、鉄道建設ができちゃうとか? 新幹線とかつないじゃったりして? いやいや、それよりもブルートレインかな? あたし、映像でしか知らないから、見てみたいし、乗ってみたいんだよね!)


 アカツキから鉄道というものについて説明を受けたオジサンたちの興奮は天井知らずで、のぞみは自分のスキルにとんでもない期待がかかっていると知った。


「本当に、ノゾミさまはとても穏やかで、楚々として……」

「ええ、ええ。とても」

「本当によいご主人に巡り合えました……」


 侍女となった巫女たちは知らない。

 のぞみが心の中では独り言をひたすらつぶやき続けているということを……。


(期待されてると思うと、ちょっとは嬉しいかもね。まだ、こっちのことがよく分かんないから、不安の方が大きいのは間違いないんだケド……)


 いきなりの異世界転移。

 不安がないはずがない。

 だが、のぞみはこちらの世界に来てから、悪意をぶつけられた訳ではなかった。

 どちらかといえば、『鉄道』という固有スキルによって、それはもう、ありえないくらいにものすごく、とてつもなく期待されていた。


 勇者召喚を行うことができる唯一の国、ケイコ教国。


 そして、勇者召喚は魔力を貯め込んで5年に1度だけ、可能なのである。


 昨日、のぞみが会った青年ナハが5年前に召喚された勇者で、もう一人の大人な人、アカツキが10年前に召喚された勇者である。

 そして昨日、のぞみが召喚された。


(ケイコ教国の勇者は、大きく二種類に分かれてて、ひとつは戦闘系、そして、もうひとつは、生産系の勇者、だったっけ……)


 勇者として呼び出される黒髪に黒目の異世界人は、固有スキルを持つか、レベル限界がないかのいずれかで、教国の繁栄に寄与するか、軍事力として力を振るうか、とにかく、そのどちらかで活躍をしてきた。5年に1度なのは、それだけの魔力を貯めこまないと勇者という特異な存在を召喚できないからである。

 5年前に召喚されたナハも、10年前に召喚されたアカツキも、どちらも男性で固有スキル持ちではなかった。つまり、戦闘系の勇者だったのだ。

 現在のレベルはナハが87、アカツキが112。

 この世界の者は最高でレベル99という記録が残されており、『超越者』と呼ばれている。そして、それ以上となった者は存在していない。また、レベル99に至る前に、早い者はレベル30前後で成長限界を迎えてレベルが上がらなくなるし、そこを超えた者たちは『達人』と呼ばれるが、それでもレベル50前後で頭打ちとなるのが一般的であった。だから、それを超えた者は『超越者』なのだ。

 勇者は『超越者』となるのが普通で、しかも必ず『成長加速』と『アイテムボックス』と『勇者装備使用許可』という3つのスキルを持つ。戦闘系の勇者はレベル99をさらに超えてレベルアップすることもある。勇者アカツキがこれにあたる。


(生産系の勇者は固有スキル持ちであり、あたしには固有スキル『鉄道』があるんだよね……)


 固有スキルの発現は、異世界転移前の地球での本人の生活などの影響を受けるという。


 のぞみ……下松のぞみ、15歳は、島村工業大学附属高校の1年生。附属中からの内部進学で、中学時代から鉄道研究会所属。


(やっぱり、鉄研だったから、固有スキルが『鉄道』になっちゃったのかな……)


 のぞみ基準では、のぞみは鉄道好きではあるが、それはほどほどのものだ。あくまでものぞみ基準では、だが……。


 下松のぞみ、15歳。父は隼、母は小町、一番上の姉はひかり、二番目の姉はこだま。のぞみは三姉妹の末っ子だった。

 のぞみの転機は小学校3年生の時。

 父の実家である祖父の家へ、夏休みに遊びに行ったことがあった。

 祖父の颯は旅行会社で働く添乗員だった。その夏休み、祖父の家の書斎に入ったのぞみは、書斎の本棚にずらりと並んだ無数の時刻表を発見した。ほとんど変化のない背表紙が、何月号かを示す数字だけ横へと変化していく。

 同じ本がずらりと並んでいるように見えて不思議に思ったのぞみは、一冊、時刻表を取り出した。そう。取り出してしまったのだ。

 これは、ある意味では運命の出会いだったのかもしれない。

 表紙の美麗な鉄道写真に惹かれて……いや、牽かれて? それとも轢かれて? ……のぞみはページを開いた。開いてしまった。

 特集されていた特急車両の写真と、特急が走る最高の景観、さらには車内の様子とそれを示す図、そして、不思議な形に歪んだ日本地図。

 いつの間にか、のぞみは次から次へと時刻表を取り出して、読み漁っていた。

 それに気づいた祖父が、翌日、新しい時刻表を買い与えたのだ。

 時刻表を買い与えられたのぞみは、あの歪んだ日本地図に、祖父の家の最寄駅からのぞみの家の最寄り駅まで、途中、どこに寄り道して楽しむのかも考えつつ、新たな路線を自分の手で書きこんで、むふふと不気味な笑いを浮かべていたという……。


 そう、のぞみは妄想鉄。自分の世界で鉄道路線を設置して、大好きな車両を自由自在に走らせる、そういう妄想の世界に生きる鉄子だったのである。


 誰にもその妄想を語ったことがなかったので、のぞみ自身は自分がどっぷりハマった妄想鉄だと気づいておらず、そういう妄想に子どもの頃から浸り過ぎた反動で、ジオラマ制作はリアルにこだわる傾向があったのだ。


 そんな鉄子が成長して、敷地内にちょっとした鉄道博物館がある学校が男女共学になるらしいと小耳にはさむと、猛烈に受験勉強を開始。

 難関校だったが、見事に合格した。

 そして、ごく自然に部活動は鉄道研究会を選んだ。


 しかし、ここにきて、突然の異世界転移。


(ひょっとして、あたしの『鉄道』スキルって、異世界に自由に路線が引けちゃうのかな……)


 ふんす、と鼻息を荒くしたのぞみに気付く者はいなかった。


(……でも、あたしはテツコじゃないケドね!)


 いや、のぞみは間違いなく、鉄子であった。それも、妄想の世界の。


 朝、起きた瞬間に沈み込んでいた気分はいったいどこへ消えたのだろうか。


 そして、異世界にやってきた妄想鉄が動き出す……。





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― 新着の感想 ―
[一言] 更新が止まった様なので今日から。 鉄子ですか?私も今まで自覚はなかったけれど、鉄道には嵌まって居たのかな?国鉄の全盛期を基準にするなら、未踏は北海道の羽幌線?だったのかな? 当時は石炭産…
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] やはりSの称号!
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