異世界テツ生は突然に(1)
意味不明なくらい眩しい光の奔流にのまれて、思わず座り込んでしまったのぞみ……下松のぞみは、そこがさっきまでいた場所とは全く異なる場所だと認識するのに、少々時間がかかった。
(……何コレ? どこ、ココ? あたし、先輩に言われて買い出しに行く途中で、確か変な円とか三角とか光とかに包み込まれて、びっくりして座りこんで……って、うわっ! オジサンがいっぱいいるんデスけど!?)
「うむ。黒髪黒目、間違いない……」
「おお、今回の勇者召喚は女勇者であったか……」
「ううむ、これは久方ぶりの……」
「……戦闘系ではない勇者か?」
「だとすると、どのような……」
(何言ってんのこのオジサンたち? 勇者? それって先輩が好きなラノベのヤツ……?)
オジサンたちに囲まれ、何やらぶつくさと言われているという不可思議な環境に、のぞみは現実逃避をすることにした。自分の意思ではなく。
突然、足元に出現した魔法陣によって異世界へと召喚され、転移したら、現実逃避ぐらいしたくなるものだろう。それは、彼女が自身の心を守ろうとする、自然な精神の働きであった。
(あの先輩たちときたら、よくワカンナイけど、どうしてもってファンタジーにこだわっててさ。絶対にリアルがいいデスって言ったのに、こっちの意見は聞く気もないし……)
「では、勇者よ、そなたのステータスを確認するがよい」
「どのようなスキルがあるか、これは楽しみじゃのう」
「教国の発展につながる力に違いない」
(何が『水の表現を豊かにしたいから青系統で微妙な色違いを探してこい』よ? そんなに色にこだわるなら自分で行けばイイのに……)
「よいか、ステータスを見るには、『アンフォルメゾン・ペルソナル』という聖句を……」
「そこに見える数値とスキルを我々に説明せよ」
「どのようなスキルがある?」
(……水の表現なら、どう考えても下灘の方が素敵だよね。時間帯は……夕方? いや、朝も捨てがたいかも。季節はやっぱり夏かな? うーん?)
「おーい、じいさんたち、久しぶり過ぎて忘れてんだろ? まず説明だろ、説明。そうっスよね、ツキさん?」
「まあ、そうだな。この状況の説明と自己紹介を求めることから始めないと、どうやらそうとう混乱しているようだが」
「ほらほら、ツキさんもこう言ってんだから、じいさんたちは、ちょっと離れてなって」
「勇者ナハ! 無礼であるぞ?」
「うっせーよ。今さらだろ」
(今年の高3ってラノベ好きとか多すぎなんだよね。ファンタジー推しが多くて。それって、本当におもしろいのかな? あたしにはちょっとよくワカンナイんだよね)
「そもそも5年前のそなたの時は『異世界転生キターーーーっっ!』などと叫んでわしらの話を全く聞かなかったではないか!」
「いやー、イマドキ、異世界転生は心の準備完了だろ? 心の待ち受け画面だし?」
(近鉄の20100系が水面を走ってて、その上をラッコが飛び交うアーチになってるとか何ソレ? いや、そんなの確かにファンタジーでしかありえないけどね?)
「召喚勇者の異世界無双とか基本じゃん?」
「はぁ。そなたと話すのは疲れるわい」
「そっちこそ、こんなJKに群がるジジイとか、サイアクだって」
(だけどファンタジーなのになんで修学旅行専用列車と水族館のコラボっぽい設定とか、微妙にリアルを織り交ぜるワケ? しかも審査員受けを狙って、廃車解体されて現存しない車両を選んでぶっこむとかどんだけ欲深なんだろね? まぁ、あたしも「あおぞら」とか二階建て車両は好きだけど。「しまかぜ」とか一回乗ってみたいなぁ……瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」もイイかも。あ、海といえばこれもアリなんじゃ……? 島影と巨大な橋、そしてダブルデッカー……くぅ、尊い……)
「おーいJK! いい加減目を覚ませっての! いや、思ったよりちっせぇな? まさかJC?」
勇者ナハと呼ばれた青年が、のぞみの肩を掴んで、のぞみを現実逃避から現実へと引き戻す。
「い、いたっ……」
「おっ、ワリぃ。ダイジョーブかよ?」
現実に引き戻されたのぞみは青年を軽くにらんで、にらまれた青年は降参を示すかのように両手を軽く挙げた。
「でもよー、イマドキのJKなら異世界転生は標準装備だろ?」
「標準装備……?」
「勇者召喚! ステータスバリ高で、スキルはチート! ってこと」
「勇者? ステータス? スキル?」
「……あれ? オタなしJK? 腐臭があるよーな感じに見えたけど?」
(……どう見えたんだろ?)
のぞみが青年をにらむ目はジト目へと変化した。
「やめろ、ナハ。混乱させるな」
そう言って青年を抑えたのは、のぞみから見て大人な人、だった。20代ぐらいだろうか、のぞみからすると親というには若く、兄というには年上という感じだった。
「私はナガサキ・アカツキ。君と同じ日本人だ。いや、元、日本人、か」
「ナガサキ、さん……?」
「アカツキでいい。こっちではそれが一般的だ」
「アカツキ、さん? 元って……?」
「ここは地球の日本ではない。別の世界なんだ」
「ほへ……?」
のぞみはぽかんと口を開いて固まった。
「……ツキさん、このJK、またフリーズしたっスよ」
「これが普通の反応だ、ナハ。おまえが異常だったんだよ」
「ええー、心外っス」
アカツキは膝をついて、座り込んでいるのぞみと目線を合わせる。
「混乱するのは当然だ。だが、目を反らしていては何も進まない。君の名前は?」
「……く、下松、のぞみ、です」
「そうか。では、ノゾミくん。考えるより行動してみよう。混乱してる時はその方が早い。まず『アンフォルメゾン・ペルソナル』と言ってみてくれ」
「あ……『アンフォルメゾン・ペルソナル』」
のぞみがそう言った途端、のぞみの目の前に長方形の画面のようなものが浮かび上がった。半透明で向こう側にアカツキが透けて見えた。
そして……。
【下松のぞみ 15歳 レベル1
HP25、MP100、ちから5、かしこさ20、すばやさ14、みのまもり6
職業:勇者
勇者基本スキル『成長加速』『アイテムボックス【※】』『勇者装備使用許可』
一般スキル『土魔法』
固有スキル『鉄道』…現在、MPが不足しているため、使用できません。】
(……何これ? これがステータス?)
「本来、ステータスは不用意に誰かに教えてはならないものだが、今の君の状況を改善するためにも、いくつか教えてほしい」
そう言ったアカツキの目は真剣で、それでいて優しかった。
のぞみは小さくうなずいた。
「職業は『勇者』で間違いないか?」
「……はい」
「では、一般スキルは何になっている?」
「一般スキル? 『土魔法』ですケド……」
ざわっと背後のオジサンたちが騒がしくなる。
「なんという……」
「5年ぶりの勇者だというのに、土とは……」
「水や火、風ならば……」
「いや、武技の方が……」
どうもオジサンたちを落胆させてしまったらしいと気づいて、のぞみは不安になる。
「大丈夫だ。気にしなくていい。では続けて聞いても?」
「……は、はい」
アカツキの、強い意思を感じさせる瞳に見つめられて、のぞみはアカツキがのぞみを守ろうとしてくれていると感じた。
「固有スキルは、あるかい?」
「は、はい。ありますケド……」
どわっっと、オジサンたちがどよめいて、のぞみの方へと距離を詰めてきた。
「おお、固有スキル保持者じゃっ!」
「ついにきたかっ!」
「いったい何じゃっ?」
さっきまで『土魔法』で落胆していたことなど忘れたかのように、オジサンたちが興奮状態である。
「何ていう、固有スキルがある?」
「えっと、『鉄道』ですケド……」
「テツドウ? テツドウとは? アカツキよ、それは何じゃ?」
「どのようなものなんじゃ?」
やいのやいのとオジサンたちが騒ぐ。
「……あ、そぅ。そっち系のオタかぁ。ア~イア~ン・メ~イデ~ン! よろしくぅ、テツコちゃん!」
ナハと呼ばれていた青年がぷっと吹き出しながらのぞみに声をかけてきた。
(な、何、感じ悪いよね? そ、それにテツコって……)
下松のぞみ、15歳、島村工業大学附属高校の1年生。附属中からの内部進学。敷地内にちょっとした鉄道博物館があるというとんでも学校だ。そして、部活動は、附属中から引き続き、鉄道研究会所属であった……。
自分はほどよい鉄道好きであって、断じて鉄子などではない……のぞみはそう信じていた。のぞみ基準で。
(テツコじゃないよね……)
ごくごく普通のきわめて一般的な女子高生なら、修学旅行専用列車近鉄20100系「あおぞら」のことなど何ひとつ知りもしないという、ごくごく一般的で客観的な事実も知らずに……。
そして、そんな青年ナハとのぞみの向こうで、アカツキを中心にオジサンたちが異常な盛り上がりを見せていることにも、のぞみは気づいていなかったのだった。