うたう花
ある少女が豊かな町で暮らしていました。
綺麗に手入れされた花や青々と葉が茂る木々、家で飼っている老猫の肉球のおひさまの香り。
少女はその全てが大好きでした。
少女はある日町から少し離れた森へ出かけます。
聴こえるのは葉が震える音と小鳥のさえずり、そして森を進む自分の足音だけ。
森の香りが心地よく少女を奥へと誘います。
辿り着いた森の奥にうす桃色の丸ぼったい花がいちりん、スポットライトのような陽を浴びて咲いていました。
「なんて可愛らしいのかしら」
少女は花の傍に膝をつき、花びらを優しくなでました。
すると少女は不思議な音を聴きます。
甘く優しいうた声が辺りに澄み渡りました。
その声は花がうたっているようでした。
その花は少女のひみつの宝物になりました。
摘まれてしまうかもしれないので誰にも言いません。
少女は毎日、朝から森へやってきて空が赤くなるまで花をなでました。
そして季節はすぎて息が白くなったころ、
森の木の葉は色を変えました。
それは、花も。
愛らしかったうす桃色の花びらも赤錆のように固く脆くなり砕けました。
花は大きな丸いタネを作っていたので、少女は枯れた花の近くにそのタネを埋めることにしました。
春に咲き、美しいうたを森に運ぶと信じて。
しかし何故でしょう、涙が出るのです。
きっと少女はうたを聴きにココへはもう来ることはありません。
新たに咲いた花がうたうであろうその歌が愛したうたではないのだと少女は分かっていたのです。
タネを植え終わったころ、やわらかく雪が降ってきたので少女は冷たさに赤くなった手を擦りながら暖かい家に帰りました。
少女は暖炉で暖まっている老猫のそばに座り、なぐさめを期待して優しく撫でました。
しかし猫は少女を出迎えることもなく眠り続けています。その周りには老猫の子供が寄り添っていました。
町の綺麗に手入れされた花も枯れ、木々も葉を落としていました。
少女の愛した花は枯れ、老猫は眠り続けます。
少女はかなしくなって頭まで布団をかぶり潜りました。
すっかり町は色を変え、静かな冬が訪れたのです。
童話とは、子供に向けた教訓である と聞いたことがあります。
直接的な言葉では表現せず、話の流れで物悲しさが出せたら良いなと思い書きました。
大切なものは直ぐ身近にあったのだと、季節の終わりと共に感じていただけたらと思います。