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義理の父は元王子

作者: エイル


私の母は去年、再婚した。相手は元第二王子だった公爵でその第二夫人として嫁いだ。公爵はちょっと訳ありで、まともな貴族であればまず嫁がない相手だった。だけど辺境伯である父が死んだ後に発覚した多額の借金を返済するため、肩代わりするという条件に、母は再婚を決意した。


私が五歳という幼い年齢にかかわらず、ここまで大人の事情がわかるのは、転生者だからだ。父が死んで借金まみれで没落寸前だったとき、危機感からか前世の記憶が蘇った。日本で大学生をしており最後は飛行機墜落で死んだ記憶が鮮明に思い出され、しばらくショック状態で寝込んだがなんとか立ち直り母を助けていく決意をした。


私を養い借金を返済するため、母は昔の伝手を辿って王宮侍女として宮殿に勤めるようになり、私は魔力のあるこの世界で前世知識をもとにこっそり魔道具を作って売り借金返済に充てていた。そんな時、国王から臣下に下った元第二王子との再婚を進められたのだ。


五歳だった私は母に引き連れられ、王都近郊にある公爵領地の居城に引っ越した。私たちにあてがわれたのは広大な敷地内の一角にある別館だったが、正直、実家の古城を城と呼ぶのもおこがましいくらい、それはもう立派な城だった。しかも同敷地内にある本館は、さらに上を行く煌びやかな白亜の城で、前世庶民の感覚を引きずる私にはとてつもなく敷居が高く目眩を覚えた。


新しい義理の父は母より四歳下のまだ少年の面影を残す、キラキラした美青年だった。父と言うより歳の離れた兄といった方がしっくりきた。


この無駄に眩しい義理の父は、母や私を紳士的な態度で優しく受け入れてくれ、さすが元王子だと感心した。なので、いったいどこに問題が? と思ったのだが、すぐにその原因が発覚した。


離れに住む私たちの屋敷に、頭のおかしい女がやってきたのだ。 ぶりっこ口調で母をディスリ、外見に合っていない乙女チックなドレスを着た電波系の女は、母よりも少し歳上に見えた。


だから初めは公爵家の親戚かと思ったのだが、自分で正妻を名乗ったので、彼女が義理の父の例の訳ありなのだと思い当たった。


正妻だという人は義理の父と同じ歳だと聞いていたし、魔力の少なさから下級貴族出身だろうと察し、格差婚だとすぐに理解した。


格差婚とは階級差がある婚姻を差し魔力量の関係で子孫を残せない弊害がある為、跡継ぎを必要とする王侯貴族では滅多にするものはいない。


高位貴族ほど強大な魔力を持ち寿命も長く、外見の成長スピードも緩やかになる。若い姿で成長を止めたあと老年期に入ってからゆっくり老いていくのだ。


魔力の少ない下位貴族は平民にくらべれば寿命は長いが高位貴族に比べれば成長スピードは速く、三十代くらいまでは平民とほぼ変わらない。


つまり彼女はその滅多にない格差婚をして玉の輿に乗ったシンデレラガールだったという訳だ。


まあ、この世界の現実を見れば、玉の輿の先にあるのはシビアな現実しかないだろう。でも本人達が幸せならそれで良いと思うし、他人がどうこう言う必要はないと思う。


だが正直、公爵家、いや貴族を名乗るものとして到底信じられない教養のなさと性格に嫌悪感しかわかず、いったいどうして、こんなのが正妻なんだ、と義理の父の胸ぐらを掴んで揺さぶり問い質したかったのは事実。


結局その場は、おっとりしてるように見えて良い性格をしている母が綺麗に追い払い、それを知った義理の父が母や私たちに平謝りしてくれた。


彼が訳ありと言われているのは、当時あの頭のおかしい人と貴族の通う学院で恋に落ち、婚約者を捨てて平民育ちの男爵令嬢だった彼女を妻にしたかららしい。普通に考えればありえない話だったが、なんでも第二王子だが王妃腹だった為、王位継承権第一位だった義理の父が、愛に生きるため自ら王位継承権を放棄して臣下に下ると宣言して、無理を押し通してしまったとか。



母は義理の父より歳上で、二人とはまったく接点がなかったが、学院で起こった婚約破棄騒動は社交界でもかなり話題になったらしい。


母はそんな事情を抱える家に全てを理解して結婚したらしいので、特に気にしていなかったが、義理の父の方が必要以上に気にして詫びをしたいと言って引かなった。そのしつこさに折れ、初めて一緒に出かけ装飾品を買ってプレゼントされた母は、帰ってからどこか困惑気味な顔をしていた。


それを知った正妻が離れにまた乗り込んで来ようとしたが、義理の父によって強化された警備に阻まれ、しばらくは平和に過ごすことが出来た。


薄々思っていたが、義理の父は母にぞっこんだった。大恋愛の末、格差婚したはずの正妻への愛は見たところ、すでに跡形もなく消え去っていた。母を蕩けた顔で口説いているのをよく見るが、そんなに好きならさっさとあんな毒女と離婚すれば良いと思う。


しかし過去に色々やらかし反対を押し切ってまで婚姻した手前、離縁は難しく、義理の父にしてみれば若気の至りだったらしい。五歳の私が理解するわけがないと思ってよく頭を撫でながら悩ましく溜息を吐いて教えてくれた。


つまり元王子だった義父は、恋愛脳だったため、野心を持った女にまんまと利用されたんだね、と結論づけた。


なんだかんだで、だめな男にばかり引っかかる母は案の定、へたれな義父を気にかけるようになった。契約結婚だったはずが、最近の二人の距離感を見ると恋愛結婚したカップルに見えてくる。


義父は恋愛脳な所を除いては非常に優秀で、仕事に関しては文句の付けようがないくらいデキる人だった。所詮スパダリというやつだ。元王子の肩書きは伊達じゃない。


わたし達にもっと贅沢な暮らしをさせたくて、慣れない事業に手を出して失敗した実の父とはそこが違う。


義父は私の事もとても可愛がってくれ、別館に入り浸り、毎日家族団欒で過ごすのが日常になっていた。だんだんどちらが本宅か分からなくなってくる。


正妻が一度として招待されたことのない貴婦人たちのお茶会にも、母の元には招待状がひっきりなしに届き、またそつなく社交をこなす母は、第二夫人でありながら、実質公爵家の女主人だった。


到底主人と認められない者に使えて不満を抱えていた使用人たちも、嫁いできた母を見てようやく本当の女主人を得たとばかりに、意欲的に世話をするようになる。


そして母と義父の仲も深まった頃ーー母は妊娠した。


こういった状況で、あの毒女が大人しくする訳がなかった。母の妊娠を知り、正妻の地位を奪われるとでも思ったのか、私たち親子を暗殺者を雇って殺しにかかってきた。私が密かに防犯の意味で作っていた敵を撃退する魔道具や攻撃魔法で返り討ちにした為、ことごとく失敗するがそれでも執念深く諦めない。


人間が駄目なら人外ならどうか、と斜め上の思考に走った彼女はあろうことか禁術とされる悪魔召喚を行った。そしてなんの間違えか、出てきたのは、予想外の高位魔族。さすがに今度こそ死ぬかも知れないと思った時、魔物の気配を感じた義父が間一髪で間に合い、チートな聖魔法で撃退してくれた。さすが元王子。高位魔族も消滅させる桁外れな魔力をお持ちだった。


激怒した義父は、泣き叫んで慈悲を請う正妻を、重罪人として国に突き出した後、大義名分が出来た為かすぐさま離縁した。


そして彼女は禁術に手を出したとして、極刑に処されることになり、広場で公開処刑となった。



母はそのまま正妻となり、私と母は本宅の城へと移った。前の正妻の存在は消され、まるで初めからいないもののようにして扱われていた。


探検がてらに城の廊下を歩いていると、少しだけ空いている扉を見つけた。好奇心にかられて覗くとそこには無表情な義理の父が暖炉に何かを投げ入れて燃やしていた。私に気がついた彼は、やあ、と表情を和らげ、私を手招きして部屋に呼ぶ。


躊躇いながら、近寄れば、いつものように頭を優しく撫でられ安心する。


「何を燃やしていたんですか?」

私は思い切って聞いた。

「う、ん……まあ、そのあれだ。昔の思い出の品というか」


歯切れが悪い口調にわたしはピンときた。


「あの人の?」

「正解。まったく君って、前から思ってたけど本当に五歳?」


義理の父は苦笑して溜息を吐いた。


「別に何も 後ろめたい事はないんだよ。僕は君のお母様を心底愛しているからね」

「でも、ちょっとだけ怖いお顔、してました」

「ああ、ごめん。怖がらせちゃったね。でもそうだね。実際ちょっと怒ってたかな」

「あの人に?」

「いや、昔の自分にだ」

「どうして?」

「何であの頃の自分はあの女に夢中になっていただろう、て腹がたった。今じゃまったく共感出来ないだけに余計にね

「でも好きだったんでしょ?」

「好きだった、のかな。いまになっては言い切れる自信がないな。あの頃は何故か彼女以外何もいらない何て思っていたけど、いま考えても何故そこまで好きだと思ったのか、わからないんだ。彼女と結婚したときから徐々に感情が薄れてき始めて、正直何でこの女性がそばにいるんだろうって思ってしまった。王族の勤めも放棄して、一体何をやっているんだって、ね。ーーでも彼女と結婚する為に周りに迷惑をかけてしまったからいまさら離縁はできないし、毎日息がつまりそうだった」



もしかして魅了魔法の類だろうか。

昔、魔物である吸血鬼が人間に教えた魔法らしい。

でも禁術に指定されていたはず。それに自分より魔力の大きい者には通用しない。なので王子がかかっていたとは言いがたい。でも何かひっかかる。


考えこんでいると、ふと妙な波動を感じて顔を上げた。まるで引き寄せられるようにテーブルの上に置かた古びたネックレスに目がいく。おそらく処分予定のあの人の遺品だろう。


「それは…」

「ああこれ? 興味があるのかい?」


私の視線に気づいた義父は、そのネックレスを手に取ると私に手渡してくれた。


「幸せになれるペンダントらしいよ。出会った時から、あれが母の形見だといってずっとしていたんだ。魔力も感じないから御守りみたいなものじゃないのかな。もっとも結婚して以来、代々公爵家の妻が身につけるペンダントを欲しがって身につけてからは、これも埃をかぶっていたけど」


義父は呆れたような表情で肩をすくめた。私は手に触れた事で自分が感じた違和感をはっきりと確信した。


「このペンダントから何か魔力以外の力を感じます」

「えっ?」


驚いた様子の義父にペンダントを見せながらいった。


「なんというか、禍々しい感じではなくむしろ厳かで静謐な感じのする力です」

「そんなことが分かるのかい?」


義父が、真剣な顔で私を見つめて問う。


「はい。なんとなくですが……。私も実際に感知するのは初めてですが、もしかしてこれは神力と呼ばれるものではないでしょうか」

「神力……そのようなものがあるのか」


義父が思案げに考え込む。


(もしかして、何かヤバかった?)


こんな事を知ってる子どもって絶対普通じゃない。三歳で前世の記憶を取り戻し、魔法がある世界に生まれたと知った私はすっかり魔法に夢中になっていた。幸い代々優れた魔法使いを出す名家に生まれた為、魔術関連の書物は膨大だった。


どんなに借金があっても書物だけは売らなかった父。そこだけは偉かった。おかげさまでこれ幸いと読み漁った私は五歳にして立派な魔術オタクだ。魔力以外の力が存在することを知ったのも読み漁った古文書から得た情報だった。


この魔道具、といっても良いのか分からないが、魔力以外の存在を知らなければ、気のせいですませてしまうだろう物だろう。気づかないのも無理はない。


「ネルちゃんは、どこでそんな事を知ったんだい?」


目を眇められながら取り調べを受ける私はさながら自白を強要される犯人のようだ。


「じ、実家の書庫で……」

「その歳で沢山の本を読んでるんだね?少なくとも今の話の内容じゃあ、研究者レベルの難書だよね」

「そんなことないです。幼児向けの、そう、絵本で読んだんです!」

「そうなんだ?」


まったく信用されていない視線を向けられ、挙動不審に目をそらした。心拍数がすごいことになっている。


「ーーっあの、そうだ! もしかしてその力のせいで、影響を受けていたとか? 幸せのペンダントっていうくらだから、たとえば自分の願いを叶えたい時とか力を与えてくれるみたいな? あ、ほらよくあるパワーストーンのような役割があったとか」


とりあえず話を変えなきゃ、と焦った私は、前世の知識交じりで更に余計なことを言ってしまった。案の定、パワーストーン? と言う言葉に反応する義理の父。


(私の馬鹿ーー!)


妙な威圧感を感じた私は後ずさり、それではそろそろこの辺で、と踵を返そうとした。


「待って」


しかし、素早く手首を握られ脱出は失敗する。


「ねえ、まだお話の途中だからね? そうだ、君のお母様も交えて一緒にティータイムにしようか。ちょうど妊婦も飲める茶葉を手に入れたんだ。ネルちゃんはきっと色々話すことがあると思うしね」



ひえっと背筋を震わせる私にニコニコ笑いかける義理の父がこわい。へたれだと思っていたのにこれはいったいどういうことだろうか。

この有無を言わせず人を従わさせるオーラを放つ義理の父。いったい何処の王様だと思ったが、そうだった。この人は次期王様になるはずの元王子様だった。

その後ーーお腹が少し目立ち始めた母も交えて私は洗いざらい、自身の前世を話すことになってしまった。実は十九歳で死んだ為、前世の年齢を合わせるとお母様と同じ歳だということも全てばれてしまったが、両親は気味悪がるどころか、興味深々に前世の世界を聞きたがり、あっさり受け入れられた事に、こっそり安堵した。

どこかで秘密を知られることを恐れていた私は、前世の記憶を思い出して以来、ようやく肩の力が抜けほっとしたのだった。




Fin









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― 新着の感想 ―
[一言] 生まれてくる赤ちゃんが、処刑されたヒドイン系の妹じゃなければいいね~ しかし5歳で魔道具の作製と売買ってだれか代理を立てて売りにいかせたのかな?
[気になる点] 続きお願いします!
[一言] 折角だから魔道具作ったりの部分を広げて連載して欲しいなと思った。
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