道場破り……9
その一言で事態を察知した総史郎は、
「また道場破りですか……」
深い溜息を吐いて、肩を落とす。
「来ます!」
鋼が声を上げた刹那、大戸が切り裂かれて、それの残骸を蹴り飛ばしながら、加害者は横柄な態度で道場へと踏み込んできた。
「ああ!? お前は刀狩の娘じゃねぇか!」
侵入者は上気した顔をうれしそうに歪め、抜き身の太刀を肩に乗せて騒ぐ。
その黒光りする刀身を見た鋼は一瞬息を呑み、そしてその奇形の太刀の正体を誰にともなく囁いた。
「奇形一、二を争う傑作、九慟審造厄神」
侵入者の肩に担がれた大振りで、奇形児を思い出させる異形の太刀。それが九慟審造厄神という刀。
斧と槍、または刀と剣。ナイフと長剣を合せたような奇天烈な刀身と、片手で振るうには長すぎるが、両手で振るうにはいささか短い柄。金の彼岸花をあしらった大きな鍔。それらを併せ持ち、完全な調律で組み合わされたその奇形の大太刀は、グロテスクなのに美しいという矛盾を孕んでいる。それが、かの奇形刀、厄神。
「お前、大業物を四つももってるそうじゃねえか」
侵入者はゆっくりと道場に踏み込んでくる。しかも土足で。
よっこらせとぼやきながら、ちゃんと敷居をまたぐのはなんとも間抜けだが、それは恐ろしく鬼気を放っていた。
その間合いに飛び込めば、問答無用で切り捨てられるだろう。そういう想像が用意につくほど、その人物は無尽蔵にとめどなく、手負いの野獣のように鬼気を放ち続けていた。
「おれぁ、座漸。嘆外座漸だ」
着崩した着流しに、高く結い上げた長い赤髪。鉄板と金具がごてごてと付いたブーツ。左手を懐に入れているのか、左の袖は不自然に潰れて垂れ下がっている。そして左目には黒い眼帯があった。
「おまえらのカタナ、貰いに来たぜ」
傲岸不遜に笑って、総史郎と鋼を射殺すような眼で睨んだ。そこには一片の不順なく、殺意があった。
最近はよくよく刀狩に会うものだ。総史郎は溜息を一つこぼす。
「刀狩はもう十分味わっていますので、お引取りいただきたいですね」
しかし総史郎の切実な願いは、隣の人物が拒否した。
「いえ。まだ確かめてはいません」
鋼は厄神を見据え、澱みなく座漸に近寄る。
「お手合わせ、願おう」
並んで見て鋼の背の低さに驚いたのか、それとも自信満々な態度が可笑しかったのか、座漸は一度噴出してから彼女を睨む。
「結構結構。おおいに結構。おれはそのつもりできたんだぜ!」
座漸は器用にも左手を使わずに厄神を鞘に戻し、代わりに腰に吊るしたひょうたんを掴むと、それをぐいと煽り喉を鳴らして中身を飲んだ。
ぷは、と息抜くと道場の中は酒の臭いで満たされる。鋼が顔をしかめる。
それからひょうたんを逆さまにして二、三度振るう。明らかに中身が入っていない。
「ああ? もう酒がねえや。お前ら、銭貸せ。十倍にして返してやるからよ」
どうしようもない酔っ払いだ。
溜息をついて総史郎は、世間の常識をその乱入者に説いてやることにした。
「見知らぬ人に、お金は貸せませんよ」
「私はお金を持っていません」
総史郎のもっともな発言と、鋼の問題発言。この少女は今までどうやって生活してきたのか。
「はぁ? お前ら何モンだ?」
座漸は思いっきり眉根を寄せて皺を作る。今時の若者は、見知らぬ人間にも金を貸すのだろうか。
それに鋼に関しては確かに一理あるが、複数形はよくはない。総史郎は自分がまともな事を言ったと思っている。
その話はともかく。鋼はこの厄神の持ち主のことが気になったようだ。
「あなたこそ何者です? 聞き覚えのある名前ですが」
座漸は溜息をついてヤレヤレという仕草をすると、一変して狂犬のような笑顔を見せた。
「人切り座漸。百人殺しのざぜんさまだよ、ばぁーか!」
しかし百人殺しと口にしたあたりからへらへらと笑い出してしまう。笑い上戸なのかもしれない。
「酔っ払いは疲れますね」
溜息混じりにぼやくと、
「聞こえてんぞ腰抜けの笹木総史郎!」
座漸が怒鳴って返してきた。耳ざとい酔っ払いとは尚いっそう性質が悪い。
「腰抜けですが、逃げ腰の間違えですよ」
総史郎のどっちともつかない返答に、座漸は眉根を寄せて首をかしげる。
「それは否定か、それとも肯定か?」
わからねえ奴だ。ボヤキながら座漸は、器用に片手で厄神の長い刀身を抜いて、その手で前髪をかき上げる。
「隻腕隻眼の人切り。狂犬嘆外座漸ですか。なるほど、厄神を持つには相応しいあだ名です」
眼帯を挟み額から頬の骨にかけて目立たないが縫い痕がある。随分と古そうな傷跡だ。
どうやら着流しの懐に突っ込んでいるのかと思っていた左手は、肩口から下がないのだろう。噂だとそうなる。
「狂犬かよ、ひでえなァ。おれ、頭ぁバカだけどよ、だれかれかまわず噛みついたりしないぜ?」
ぎらついた右目がまるで狂犬だ。それに、呂律が回っていないのと、吼えるような語尾上がりの口調が狂犬の遠吠えに似ている。犬歯も犬の様に長くとがっている。
手負いの獣は凶暴だというが、まさにこの女はそれだ。