道場破り……8
総史郎は夕食の後に、道場で目を閉じて座禅を組んでいた鋼を捕まえた。
「貴女の目的は何なのですか?」
その疑問は前々から気になっていた。なぜ財産を築けるのに、旅をしているか。それに名が九慟審造と同じというのも気になる。
鋼は少し間を開けてから、目を開けた。
「祖父の遺言です」
「遺言?」
怪訝な声が出てしまった。総史郎は帯から富重を抜き、左に持ったまま鋼と向かい合うように座る。
鋼は表情を変えず、淡々と語りだした。特に秘密ではないようだ。長くなりそうな予感がしたので、総史郎は富重を左隣の自然な位置に置いた。
「ええ。祖父は、九慟審造は失踪する前に、遺言を残しました」
九慟審造は唐突に行方が消えた。それは二年前か。当時百数を越える歳で失踪。九慟審造の残した巨大財閥は、跡取りの座を求めて、今も混沌とした内紛状態にある。跡取りが決まらなければ、九慟審造の鋼は打てない上に、財閥は解体。財産は没収だ。
「その遺言とは?」
「神器二選。大業物十選。業物百選。奇形八十二選がそれに見合った使い手の手にあるか、それを確かめる。それが遺言です」
百九十四振りの鋼と果し合いをして、その持ち主が正しいかを判断する。なんと壮大な話か。そんな物を持つ者は、当然相当の使い手である。ならばその果たし合いは、死闘になるのは必須。
「なんの為に?」
「祖父はただ鋼が、強者の持つ兵器であることを望みました」
「それが果たされているか、ですか?」
彼女はこっくりと肯いて続ける。
「もし果たされていなければ、私はそれを返してもらい、然るべき者の手に譲り渡します」
「そのために?」
「ええ」
鋼は静かに立ち上がり、外套の前を開く。
「大業物、虎雅、壬重。業物、突鉄、閃榮、十重。奇形、刺糸、頭鉄、吸鬼、悔夷、拳。これらは相応しくないので返却させていただきました。残りはそれ以前の問題なので、私が預かっています。いずれはこれらも然るべき使い手の元に譲り渡します」
外套の下に持っていた全ての鋼が、鞘から抜かれて床に並べられる。
どれもこれも怪しい刃紋を浮かべていて、総史郎の背筋を震わせたるほどの妖艶さをもつ。人を殺めるためだけに作られた、一種の狂気の固まりでもある芸術品たち。全ては九慟審造が描いた芸術が為に。全ては九慟審造の美の為に。この殺人の大罪を犯す凶器は造られた。
その妖艶な波紋を見つめるだけで、総史郎は全てを殺してしまいたくなる囁きを聞き、自らを引き裂いて惨殺たくなる甘美な誘惑に駆られた。
妖鬼乱舞。もはやこれは快楽にも似た狂気。快楽という名の万物に向けられる殺意。
殺意――快楽が押し込められた、狂気の刃物。
道具が意思を持って、人を殺めることはない。
しかし、これは別だ。
殺意という快楽の狂気が、使用者に強制的にねじ込まれてくる。これはもはや、道具の域を逸脱した、意思の塊だ。
総史郎は誘惑に捕われそうになるのを避けて、鋼の漆黒の瞳を見つめた。しかしただ見つめるだけではおかしいので、富重を一撫でして疑問を口にする。
「なら、私の富重はいかがでした? これも大業物のはずです」
心を惑わされかかった総史郎の震える声での問いに、鋼は一瞬口元に笑みを浮かべた。はたしてその笑みはいかなる意味なのかは分からない。
「あなたの抜刀には、その小太刀がふさわしい」
富重は肉厚で刀身が短い。かといって脇差ほど短くないので適度な射程もあり、使いやすさもある、守るために造られた刀だ。総史郎の父はこの小太刀を左手に持ち、右手には無名の長刀を携えて道場破りを尽く蹴散らしていた。その独特のスタイルから剣牙虎の異名を預かっていた時期もあった。
どうやら総史郎は、九慟審造の猛者に富重を持つことを許されたようだ。これで家宝を守れた。安心である。
「ありがとうございます」
総史郎がはにかんで頭を下げると、もう無表情になった鋼は立ち上がり総史郎に背を向けた。一瞬見えた鋼の顔が僅かに赤かったのは気のせいか。
「さて、今日はもう遅いですね。寝ましょう」
早口にそう告げると、一体いかような手品か、鋼は床に並べられていた鋼を一瞬で外套の中にしまっていた。
「はい」
総史郎もそれに賛成して肯いて立ち上がり、もう一度帯に家宝を差す。
「それでは……」
鋼が固まり玄関を見つめて、静かに大太刀に右手をかざす。同時に総史郎も臨戦態勢に入った。二人はじっと道場の正面出入り口である大戸を睨みつける。
「厄神ですね」