道場破り……6
おそらくこの技を取得できるのは、世界で数人もいない。否、数人すらもいないかもしれない。総史郎だけかもしれない。
「何故です!」
鋼の顔が真っ赤になった。いきなり自分の実力を否定されて、頭にきたのだろう。
「何ででしょうね。皆ができたのなら、危ないからでしょう」
はぐらかす様に笑い、総史郎は自分の技術をひた隠しにする。
「彩雲 雅神殿ほど鍛錬を積めば、きっとできるかも知れませんねけれどね」
総史郎はジョークのつもりで、今だ剣豪の世界で天下無敗を誇る齢百数の老人の名を出した。生まれた時から剣の為に生きている彼ならば、きっと総史朗のインチキすら上回る速度で抜刀し、あらゆるものを切り捨てるだろう。
その名を聞いて鋼は俯いた。彼女も剣豪ならば、その名前を知っているのは当然か。
「意地のわるい……」
掴んだ裾を離して、鋼は立ち尽くす。
「さ、中に」
入りましょうと続けたかったのだ。
しかし鋼によって押し倒された。
さすがに九慟審造の鋼を纏った体だ。ただ押されただけなのに、簡単に組み伏されてしまう。
「どうしても、伝授してくださりませんか?」
紅い顔、潤んだ瞳。これは何の真似だろうか。
そうか猫は餌の時だけは懐くと聞く。これはきっとそれだ。総史郎は脳内で解析不能な事象を自己完結させると、それが自己の問題ではないという致命的な問題に気付き、何故どうしてという問題定義をやめた。
それより現実を見てみれば、鋼という総史郎の好みのタイプである少女が自分を押し倒している。形勢逆転させることなどは造作も無い。
烏の濡れ羽色をした長い髪。形のいい朱唇。白い肌に、抱きしめるのに丁度いい体のサイズ。どれをとっても総史郎の好みだ。
上目遣いに見つめる大きな目をしていると、いっそうのこと顔立ちが幼く見える。頭の左右で結ばれた髪がさらに歳を若く映る。
「お願いです」
切なげなその瞳が、総史郎の胸を痛める。教えられようものなら教えてやりたい。そんな考えが頭を過ぎる。
彼女の肩に手を伸ばそうとする自分を、何とか理性で押さえつける。
「せんせー」
総史郎は咄嗟に鋼を抱き起こして即離れた。
これは門下生の声だ。もうそんな時間なのだろうか。
「はい、おはようございます」
総史郎は何事も無かったかのようににこりと笑み、門下生の子供や青年を受け入れる。
咄嗟に鋼は総史郎や門下生たちに背を向けて、紅い頬を隠した。
「あれ? その人は?」
「また先生の女?」
「またとはなんですか?」
ぞろぞろと門下生たちが裏門から入ってきては、ワイのワイのと美しい鋼を取り囲む。
その中の鋼も、さっきまでの表情は何処にもない。少し困ったような表情で総史郎を見ている。
「なにこの太刀。長すぎ」
「斬馬刀?」
興味津々な子供たちに、鋼は少し困りながらも口を開く。
「これは九慟審造業賢といって、九慟審造の鍛えた太刀の中では最も長い太刀です。一振りで騎馬を切り落とし、十の足軽をなぎ倒すことができます」
おーという歓声が上がり、鋼は少し誇らしげだ。
それから気を良くした鋼は名匠九慟審造の話や、自分の武勇伝などさまざまな話を饒舌に語り、子供たちも練習など忘れて一喜一憂の思いで、結局稽古をサボって帰っていった。
子供たちが帰ってひと段落。
鋼と総史郎は道場の中央で座卓に、使用人が持ってきてくれたお茶とお茶菓子を囲んでいた。
「意外ですね」
まず総史郎が一言、言葉を選びもしないで口から出す。
「何がですか?」
口に含んだ甘いお茶菓子に微笑んでいた鋼は、再び無表情になり左右に分けた長い髪を揺らして首をかしげる。
その髪を眺めながら、総史郎が思っていた鋼のイメージを口にする。
「子供が嫌いなのかと思っていました」
その疑問に鋼は怪訝そうに眉根を寄せた。
「何故です」
首を傾げたまま、不可解な問題に直面したような顔になる。
「貴女があまりに孤高だからですよ」
総史郎の第一印象とイメージでは鋼はそういう感じなのだ。
一瞬間を置いてから鋼は口を開く。
「どういう意味ですか?」
どうやら総史郎の疑問が分からなかったようだ。
総史郎のイメージとしては、鋼には俗世もなにもかも似合いはしないのだ。
ただ剣を極める。それがこの少女には最もふさわしい。そう思っていた。
しかし今もこうして甘いお茶菓子に顔を綻ばせている。やはり彼女は人以外の何者でもない。それに、総史郎は人を求めているのだ。
「否、気にしないでください」
使用人が出てきて、夕食ができたことを知らせる。