道場破り……5
総史郎は朝食後の日課である素振りを、道場の脇で行っていた。そして始めてすぐからずっと視線を感じている。
総史郎溜息をついて物陰に声をかける事にした。
「影から伺っても、何も分かりませんよ」
「そのようですね」
鋼は素直に物陰から出てきて、素振りしていた総史郎に切りかかって来た。
咄嗟に竹刀を犠牲にして、鋼の太刀の軌道をずらして避けられたが、竹刀が真っ二つに切れてしまう。
溜息をついて無傷の総史郎は鋼を見据える。
「竹刀だってただではないのですよ。それに切りかかるなら、真剣はやめるか、私が富重を持っているときにしてください」
「なぜです」
鋼は表情を硬くしている。鋼は今確実に総史郎の首を落とすつもりで、全力で切りかかったのだ。もし竹刀を犠牲にしていなければ、確実に首が宙を待っていた。
「なぜってそれは、」
「なぜ今のタイミングで、私の攻撃を防げたのです」
竹刀を真っ二つにした事など目もくれず、脇差にしては長い刀を黒外套の下にしまって、総史郎に噛み付かんばかりに攻め寄る。
総史郎は溜息をついて、切られてしまった竹刀の先を拾う。
「修行の賜物です」
軽く微笑んでごまかす。
「気に食いません。私だって、血を流して鍛錬に励みました」
あしらうつもりだったが、鋼はよほど気に食わないのかしつこく食い下がる。
もう一度溜息をつくと、総史郎は鋼の真正面に立ちなおす。
「発想の転換ですね。私だって気に食わなかった、だから」
根元からばっさりと、まるで宝石のカット面のように滑らかな竹刀の断面を同じ技で鋼の首に押し付ける。といっても決して傷つけたりはしないし、皮一枚も剥けはしない。
「鍛錬を積む。私は、ただ相手の攻撃を受けることが気に食わなかった。それだけです」
鋼には総史郎の動きが見えなかったはずだ。そもそも動いていないのだから当たり前だ。
「ッ!?」
鋼は本能のみに従い身を引いて間を開けた。反射神経では、動かない総史郎を追えない。
そして総史郎は何事も無かったかのように微笑み、真っ二つになった竹刀を鋼に渡す。
「さて、壊した竹刀さんにお詫びしてくださいね」
総史郎は母屋に向かおうと向きを変えて歩き出す。これから門下生達が来るのだ。その準備がある。
「おっと」
すると突然、鋼が服の裾を掴んだ。おかけで首が絞まった。
「なんで」
すか? と続けようとした総史郎を鋼が遮る。
「師匠。どうか、私にその技を教えてください」
至って無表情に。何を考えているのか分からない顔で、おそらく真剣にそう言って上目使い総史郎の顔を覗き込んだ。ちなみ総史郎は鋼より拳一つほど背が高い。
一瞬何が起きたのか理解できなくて、唖然と固まってしまった。
「……はい?」
この娘は物事全てが唐突過ぎる。
総史郎はそう思いながら溜息をついた。
「それは、多分無理でしょうね」