表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刀狩り  作者: 夜桜月霞
道場破り
4/48

道場破り……4

 少女は初めて自ら口を開いた。その口調は澄んでいて、深い意味はなさそうだ。


 二撃三撃と続く彼女の妖鋭は、回を増せば増すほど速くなる。正確に十分の一秒ずつ、総史郎が攻撃を捌く度に速くなっていく。まるで総史郎の限界を見定めているようだ。


 遣り辛さが否めない。彼女の剣は曲を描き、読み辛いのだ。ならば直感に頼るしかない。


 一方的な攻め。彼女は淡々と総史郎を攻め立て続け、右の肘を狙ってくる。それ以外はあまり狙ってこないのだが、五尺の間合いはとんでもない所から降ってくる。


「利き手を無くせば、刀は不要。ということですか?」


 総史郎の呟きに、少女はニコリともせずにただ無表情に頷く。


「ええ。手のない使い手はいませんから」


 総史郎は思わずくすくすと笑いを漏らしてしまう。この娘どこからがジョークだか分からない。もしかしたら素で言っているのかもしれないが。


 刹那、総史郎は少女の懐に飛び込んだ。不意を突いたように思った。


 不意を突いた奇襲は恐らく、ほとんどの人間に通用しただろう。


 しかし彼女には通用しなかった。


 金切り声は全身に寒気を起こすほど鋭く、おぞましいほどに火花を散らせた。


「左利き、ですか」


「両利きでしたか」


 二人の呟きは重なり、総史郎は薄く笑うともう一撃加えて、それを吹き飛ばす彼女の力で跳んで、間合いを開けなおす。


 奇襲をかけた総史郎は、利き手の左で少女の右手を狙った。


 奇襲を受けた少女は、左手でもう一つの刀を抜いて奇襲を防いだ。


「逃げ腰とは、戯言を言ったものですね」


 彼女が薄い笑みを浮かべて前言を撤回する。


「その死角の無さ、全くずるいですね」


 総史郎の愚痴であり、あまりの楽しさにぼやいた軽口でもある。


 その軽口を聞いてか、娘は大太刀を構えなおして腰を落とす。さらに肝が冷えるほどの鬼気が迸る。


「本腰を入れましょう」


「お相手、いたしましょう」


 左手だけで富重を構えて少女を見据える。これが総史郎の全力時の構え。両手時に比べて倍近い範囲と俊敏性を持った構えであり、総史郎の家に代々伝わる構え。


「道場破りさん。お名前は?」


 娘は大太刀を鞘に収め、柄に手を当てたまま腰を落とした。


九慟くどうはがね


 少女、鋼は美しく整った朱唇と身を同時に動かした。おかげで最後の一言は総史郎の耳元で聞こえた。


 なんとか左で受け流すことが出来た攻撃は、異様なほど、全身の骨がきしむほど重たかった。


 不思議に思い横目で確認すると、鋼の武器が鋼鉄の棒に変わっていた。


 確かに鋼が唇を動かすまで、武器は変わらなかったのだ。ならばその唇を動かして名乗っている間に、武器を持ち替えた事になる。


 嵐風のような二撃目に使われたのは、奇形の短刀。三撃目は刀で、四撃目は鉈。


 連続。総史郎が反撃に出る隙を与えないほど、立て続けに攻撃が続く。


 鋼の両手から繰り出される攻撃は、変幻自在。


 使う武器は、毎回違う。リーチや重さはまるで違う。


 曲、突、線。さらには両手に別々の武器を持ち、立体や平面的な攻撃も可能にしているのだから、どこまで常識知らずなのだろうか。


 鋼は太刀を上段で構えると、腰を上げた。明らかに総史郎の首を狙っている構えだ。総史郎も首を守るために上段に構えを取った。


「ここまで耐えた者は、初めてです」


 鋼が朱唇をわずかに上げて笑った。


 背筋がぞくりと疼く。


 刹那。


 首に冷たいものが触れていることに、総史郎は遅れて気付いた。


 鋼の大太刀だ。太刀の腹が、総史郎の首筋に押し当てられている。紙一枚分でも動けば、間違いなく切れる。


 まったく目に追えぬ速度で抜くという非常識は、よしてもらいたいものだ。


 総史郎は嘆息して、力を抜いた。


「富重は、もらい受けます」


 勝利を確信した鋼の顔が、僅かに引きつった。もう内心では気付いているのだろう。


 鋼は総史郎の目線を追い、自らの若干小さい膨らみに行き着き、暗い色をした刀身に気付いた。


 心臓をえぐる位置で、富重の切っ先が胸に触れている。


「え……?」


 鋼は目を見開いて総史郎の富重を凝視し、信じられないという顔で、総史郎の顔を見つめた。


 もし総史朗の首を落とすために動けば、その時には既に胸にかざされた富重によって、心蔵をぐり取られるだろう。つまりは詰め前の彼女と、すでに詰めの総史朗。勝負は歴然だ。


 だが総史郎はにっこりと微笑んで見せて、刀を鞘に収め鋼に向かい礼をする。


「引き分けです。私も家宝がかかっていますので」


 しかし鋼は腑に落ちないようで、僅かに眉を吊り上げて総史郎に抗議を申し立てる。


「なぜです。あなたの手の位置からでは、どれだけ早くても間に合わなかったはずです」


 たしかに鋼の攻撃を受けてから、上段から鋼の胸へ刀身を動かしては間に合うはずが無い。


「本気になっただけですよ」


 それでも総史郎は同じことを繰り返すばかりで、手品の種を明かす気は無い。


 鋼は一瞬不満な顔を見せたが、すぐに無表情に戻り大太刀を鞘に収めて下がる。これ以上尋ねても、その種を聞くことは出来ないと悟ったのだろう。


 それから鋼は間を置いてから、一つ息を吐くと、突然総史郎に話しかけてきた。


「今晩私は泊まるところがありません」


 唐突に切り出された言葉に、総史郎は一瞬理解が及ばなかった。


「……はい?」


 思わず間抜けな返事が出てしまったが、鋼は至って真面目に、ただ無表情なだけかもしれないが、こっくりと頷いて返す。


「今晩私は、泊まる宿の用意を忘れました。泊めていただきたい」


 絶句である。


 総史郎は寝首をかかれて、富重を奪われるのかと警戒したが、どうやらその気はなさそうだ。


「安心してください。あなたの寝首をかいて、富重を奪ったりはしません」


 しかし鋼はニコリともせずに言うものだから、嘘とも真実とも取れなくはない。


 怪訝に鋼を見据えていていると、もう一度口を開こうとしている所だった。


「寝る場所はこの道場でも、土間でも構いません」


 さすがに板の間で寝かせるわけにもいかない。それに朝になれば道場には門下生が来るのだ、道場の板の間にこんな年端も行かない娘など寝かせていたら、あらぬ疑いをかけられかねない。過去に何回かあるのだから今度こそ不味い。


 総史郎は溜息をついて、入口で静かに決闘見守っていた使用人に首を向ける。


「部屋の用意をお願いします」


「かしこまりました」


 使用人は頭を垂れてから道場を出て行く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=549410361&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ