果し合い……26
明らかに、普段とは違う、抜き身の一切包み隠さない、殺意が燃えるように溢れ出していた。
「覚えてるからな。わたしは、覚えてるからな」
腰を落とし、前傾姿勢で構える座漸。その対峙する先には、黙して佇む阜雫伊蔵。
数瞬の膠着。そし爆発の如く、両者は突然動き出した。
激しく飛び散る火花。
全身全霊をかけた座漸の刺突を、阜雫は両手の長刀で受け止めていた。
刹那、阜雫は左の長刀で座漸の胴を薙ごうと振るうが、彼女はそれを後ろに跳びながら厄神で払い避ける。
間合いが開いた一瞬。座漸は今後ろに跳んでいた事を忘れるような切り替えの速さで、阜雫にまたも切りかかる。
一撃を右で防ぎ、次いで左で凪ぐ。
それを厄神の角度を変えて防ぎ、阜雫に膝蹴りを放つ。
見まわれた一撃を、長刀を持ったままの腕で軽く払い、片足立ちになった隙に、一気に押し込む。
その勢いでまた彼我の間を開けた座漸き、今度は阜雫の方から切りかかる。
十歩ほどもあったはずの間合いが刹那で踏破され、漣のような軌跡が襲いかかる。
その軌跡を間近で刮目し、座漸は狂犬の笑みを浮かべた。
「取るぞ。取ってやるからなぁ? お前の目ン玉と腕だ。わたしと同じにして、なぶり殺すかならぁ」
厄神の鍔で左を押さえ、嘴で右を絡め取る。
隻腕で、座漸はじわりじわりと押し込み、吐息のかかるほどの間合いまで迫ったその時、座漸が飛んだ。
「邪魔立ては、不要」
いや、吹き飛ばされたのだ。
押さえ込まれた状態から、阜雫は押し返し、吹き飛ばした。
悠然と、しかし打ち込む隙などどこにもない阜雫は、鋼へと間合いを詰める。
彼方に着地した座漸は姿勢を低くして威嚇するが、前に出れない。彼女の本能より深くにある剣客の感覚が、今出れば断ち切られると警鐘を鳴らしているのだ。
阜雫はまだ茫然自失の鋼に歩み寄る。そして足元にへたり込んでいた何か躓きそうになってそれに注目した。
「ひっ!」
視線が交わり、それに恐怖して悲痛な声を漏らしたのは、総史郎だ。腰を抜かして地べたにへたり込み、胸を両手でかき寄せて目元を涙でぐちゃぐちゃにしいる。
阜雫は数瞬の思案の内に、その見覚えのある顔が誰か、何時殺した相手かを思い出した。
「……生きて、いたのか」
阜雫は僅かに聞き取れるような声で呟き、一歩下がると今まで放っていた悪鬼のような鬼気を納めた。それによって睨まれた餌のように動けなかった座漸は、座り込んで総史郎の元に駆け寄って呼びかける。
「おい! どうした!?」
いくら呼びかけて体を揺らしても、総史郎は体中を震わせているだけだった。
「阜雫、さん?」
五年前、震える声で誰何してきた総史郎を、阜雫は躊躇いなく切った。一家と笹木虎滋郎の教え子の全滅が、その時依頼だった。
確かに手を抜いたのは認める。感覚的にも浅いと思った。それでも死んでいないということは、よほど手を抜いていたのだろうか。
事件の一ヶ月後に目を覚ました総史郎は、政府の行う生存者保護プログラムに従い改名し遠く離れたこの地に来た。他に術がなかった為、父と同じように剣術道場を開いた。血のにじむ努力を重ね、先祖代々の剣術を忘れ全く別のモノへ変えた。