果し合い……16
総史郎の目線に気付いてじろりと睨んでくる。
口の周りにクッキーカスが付いているその様では、彼女が狂犬座漸だとは誰も思いもしないだろう。
「汚れてるわよ」
すると何を思ったのか、咲が横合いから手を伸ばし、座漸に抱き寄せた。あまりに突然すぎて、座漸は反応しきれない。
「ん?」
そして咲が座漸の口の周り(と唇)を綺麗にしてやった、自分の口で。
「あなた、可愛いわね……」
熱っぽく座漸の耳元でささやく咲。
「な、はあ!?」
一瞬で顔を真っ赤にして、後ろに飛びのく座漸。
その様を咲は、面白そうに目を細めて笑っている。
「な、なにすんだよてめえッ!!」
と叫ぶ座漸の声は、面白いくらいに震えていてた。ついでに目じりに涙がたまっている。
「汚れてたから拭いてあげたのよ?」
さも当然とした仕草で答え、紅茶をもう一度飲む。
「だ、だからって…」
口を押えるのは乙女の仕草である。狂犬だなんだと恐れられながら、この娘はウブだ。
「いいじゃない。手やハンカチで拭いたら汚れるし、ティッシュじゃゴミになって無駄だわ。口でやれば穀物を無駄にしないし、汚れも落ちて一石二鳥よ」
私も楽しめるし、とぺろりと唇を舐める彼女。
総史郎が肯いていると、咲は総史郎を指差す。
「でも、あなたはダメよ」
名指しで禁止されてしまった。
「あなたがやったら犯罪ね。強姦未遂で逮捕されるわ」
「……ひどいですね」
「我慢できるの?」
「不可能ですね」
自信たっぷりに即答すると、分かっていたが咲は溜息をついた。
「……だから禁止」
「テメエらなに危ないこと話してんだよ」
完全に警戒しきっている座漸が叫ぶと、
「なに、またして欲しいの?」
咲は座漸に向けて手を伸ばした。
「何でだよ?!」
半べそをかいて震えた声でも、やはり座漸は威勢よく吼える。
脅えながらも総史郎よりかはマシだと思ったのか、結局咲に少し近い席について紅茶を飲み始めた。口の周りを汚すような事はしない。
「なに、意外とウブね。もう少し大人びてると思ったわ」
「むしろ、し」
「ぎゃああああああーーーーーー!」
続きを言おうとして座漸がとんでもない速度で総史郎の口を塞いだ。わざとかそれとも事故か、鼻の穴も塞いでいる。
「言うな! あれはなんでもない!」
ついでに掴んだ頭をがくがくと揺らしながら言うのだから、落ちる寸前にまで陥る。
「何を恥ずかしがっているの? いいことじゃない。それより女の子がぎゃあは無いと思うわ」
何事もなかったかのような冷静な分析を口にして、総史郎をゆっくりと指差す。
「なんなんだよお前らは……」
俯いている座漸に、咲はゆっくりと諭してやる。
「そろそろ離してあげなさい」
「あ? わ!」
総史郎の顔が、面白いくらい青くなっていた。
それを見て、座漸は慌てて手を離す。
開放さた総史郎は力が入らず、机に突っ伏して深く呼吸をする。
「久しぶりに死にかけました……」
「なんでおれは離しちまったんだッ!?」
激しく後悔している座漸が、報復を恐れてか、部屋の隅で頭をかかえてうずくまる。
荒い息をついている総史郎と、頭を抱えている座漸を無視して、咲は一人で優雅にお茶をすすっていた。
それから一分ほど経って総史郎が復活すると、今死にかけた事で咲に相談があるのを思い出した。
「咲さん。相談です」
「なに? 結婚は無理よ。あなたみたいな子供は趣味じゃないの」
「知ってます。でもあえて」
「冗談よ」
「ええ、冗談です」
二人とも僅かに微笑み、紅茶で唇を湿らせた。
ポーカーフェイスに戻った咲が先に口を開く。
「で、なに?」
「うちの掛かり付け医になってください」
「……まあ、忙しくなければいいわ」
「まったく忙しくないですよ。たまに鋼さんがああなる程度だと思います」
「そう。ならいいわ」
「相手は打ち身とか捻挫とか、軽症の子供くらいです」
「そういえばここって、剣術道場なのよね」
「はい」
咲はチョコレートチップのクッキーを半分に齧り、紅茶で唇を湿らす。
「ふーん。面白そうね。あたしも最近刺激が欲しかったところだし」
半分に残ったクッキーを食べ終えた。




