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刀狩り  作者: 夜桜月霞
果し合い
21/48

果し合い……9

 さっきまでの格好と異なり、水色の手術時の医者の格好だったが、その手術衣はすぐに脱ぎ捨てて、ゴミ箱に投げ捨てた。そうすれば最初に会った時と同じ格好になる。


「遅れまして、あたしは彌藤咲みどうさき。この前まで、そこの帝國付属病院の外科で副医長してたものよ」


 帝國付属。つまり、この国で最先端の医療が受けられる病院だが、そこの副医長ということは、現代医療の最先端を知っているという事だ。


 そんなことより、総史郎は過去形になっている事の方が気になった。


「どうして過去形なんですか?」


 咲はくすと微笑み総史郎の向いのソファーに腰掛ける。長い足をさっと組んだ。


「院長が後生大事にカツラの手入れしてるもんだから、あたしが院長の歳ならはげて当たり前ですよ。気にしないでくださいってはげましてあげたのよ。そしたら、クビになったわ」


 きっと今とその時で口調なり多々ちがうものがあったのだろう。


 ヅラなんていじってないで速く仕事してください。とでも言ったのだろう。そうに決っている。それも鏡を見ていただけの院長にだ。


「まあ、もともと煙たがられていたし、何時飛んでもおかしくなかった首よ」


 美女はポーカーフェイスで淡々と語り、すくと立ち上がる。


「コーヒー紅茶緑茶輸血用血液、どれがいいかしら?」


 どうやらキッチンに向かうらしい咲の背中に、総史郎はコーヒーでと一言投げる。すでに長いコンパスでその背中は見えなかった。


 輸血パックが来たらどうしようかと思ってひやひやしていたが、ちゃんと聞きとめていたらしい。トレイにはコーヒーのセットが二名分とサイフォンが一つ乗っかっていた。


「で、あの子、刀狩りの娘でしょう?」


 鋼は実は有名人である。総史郎は最近知った事だが。


 九慟審造の鋼を持つ剣客や、ただのぼんぼんを強襲して奪うと悪評が集っている。ちなみにそれのコピーキャットも出回り、あげく座漸のような道場破りまで現れる始末。世の中どうなっているのだか。否、【果し合い法】が出来たこの独裁政権国家にどうなっていると言っても、筋違いもいいところか。


「あたしの所にも来ると思って待ってたら、なんか怪我してるじゃない? あの子」


 そう言って、咲は気だるそうな半目で無菌室を見つめる。


「貴女のもとに?」


 総史郎は不思議に思って聞き返したのだが、彼女はさも当然と肯く。


「ええ」


 彼女は答えながらアルコールランプに火を灯し、豆もろ紙も水も用意されているサイフォンの下部フラスコに当てる。慣れたものである。


「あたしね、審造の医療セットもってるのよ。メスとかはさみとかね」


 なるほど。それで来るかもというわけか。納得した総史郎は肯いて続きを聞く。


「でも、一応医者だから、戦えないのよ。まあ、よほど弱かったら勝てるでしょうけどね」


 彼女のポーカーフェイスは、何を考えているのかよくわからない。


 ちなみに鋼は赤面症の節があり、すぐ顔が赤くなる。それに無表情が多いが、意外と崩れるのでやはりよくわかる。特に美味しいものを食べると幸せそうに微笑むし、不味いものを食べると顔がすぐに青くなる。本当に分かりやすい。


 しかし咲は完璧な無表情である。まだ能面や人形の方が表情があるだろう。否、能面は光の当る角度で表情が生まれるように設計されているから、咲の顔の方が表情がないという事になる。


 咲はゆっくりと緩慢な動作で、長い足を組んで、ひざの上に手を置いた。これだけで絵になる美貌はすばらしい。


「大丈夫ですよ。彼女は戦闘能力を試すと言ってましたが、医療道具で戦争をしません」


「そうね」


 相槌のようにあっさり肯く。まるで分かっていたような態度だ。


「だから、医者の貴女と医療道具である、銘は分かりませんが、それの戦場は手術現場であり、彼女が目覚めた時点で、貴女の勝ちです」


 一気に言い終えると、丁度コーヒーができた。


「そうなのかしら?」


 気だるげな無表情のまま彼女は首を傾げる。内心ではそうであるように確信を得ているような気がするのだが。


「ええ。まあ、もしも彼女が目覚めなければ、宝の持ち腐れですのでその時は」


 総史郎はにっこりとはにかんで見せて、上部フラスコを外してカップにコーヒーを勝手に注ぐ。


「そう。目覚めてもらわないと困るわね」


 それから長い沈黙に陥り、結局お茶会が終わるまで、総史郎はただ黙々とコーヒーを冷ましつつすすっていた。


 長い沈黙のお茶会が終わりを告げると、咲が立ち上がりメモ帳をパンツの後ろポケットから取り出した。


「患者は絶対安静よ。それにあなたの家に無菌の集中治療室があるとは思えないし。今日はあなただけで帰りなさい。あたしはいつも家にいるわ」


 咲はそう言って、携帯電話の番号とメールアドレスをメモに書いて総史郎に渡してきた。


「治療費の方は?」


 総史郎が聞くと、咲は僅かに微笑を浮かべて、


「あれはあたしとお嬢ちゃんの戦いだったのよ。治療じゃないわ」


 言い終われば、追い払うように手を振った。帰れということか。


「お世話になります」


「あなたはお世話しないわよ」


「コーヒーごちそう様でした」


 それで別れて自分のバイクを取りに戻る。


 それに跨ってから咲に名前を教えていない事を思い出したが、気にせず帰宅した。


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