果し合い……8
一瞬さっきのオカマ野郎がまだ生きてたのかと思ったが、そうではないようだ。
声があの腹腔に響き丹田を揺らすようなバリトンではない。
では誰だこのクソ忙しい時に。珍しく内心で毒づきながら、声の発せられた方向を見たが、すでに誰もいない。
「まずいわね。動脈が傷ついている」
声は下から。艶やかな女性の声。総史郎がその方向を見ると、そこには総史郎が抱いた鋼のシャツを捲り上げて患部を見つめる黒髪の女がいた。
「連れていくんじゃ間に合わないわね。仕方ないわ、付いてきて」
折っていた腰を戻すと、総史郎より遥かに背が高く、おそらく座漸よりも高い177センチメートル程もある上に、問答無用で美女に部類される顔。なんとも素敵さ爆発な体型をした、二十代中盤の女性である事が分かった。
「早くして。その子死ぬわよ」
たしかに、もうまずい量の血が流れている。
「こっち」
女はハイヒールのブーツを履きながらも、とんでもない速度で走っていった。それをフル装備鋼を担いで追いかけた総史郎もたいしたものだが。
駐車場からすぐに着いたのは、二六合区で一番の高層マンションである。振動が少なくて、速いエレベーターを四基配備しているとして有名だ。
そのエレベーターに飛び乗り、最上階に向かう。ちなみにエレベーターはエントランスの鍵を開けた時点で、自動的に呼び寄せられるらしい。
「服、脱がせておきなさい。最上階は私の部屋しかないし、これは直行だから、誰も乗ってこないわ」
総史郎は首肯して、鋼の服をさっさと脱がせて、全裸にしてしまう。
「手際いいわね」
口笛を鳴らす謎の美女に、
「慣れてますから」
過去の経験が役立った総史郎は、鋼の体をじっくり眺めてしまうのが止められない。
「交代。これ以上見たらぶん殴るわよ」
しぶしぶ鋼を女性に渡し、最上階に到着したエレベーターを降りていく。総史郎は鋼の衣服と業賢を拾い、美女について行く。
門扉の付いただだっ広いポーチを突っ切る。豪奢な玄関が自動で開いたのは、どこかに識別装置が付いているからだろう。
土足のまま部屋に上がり込むと、長い廊下を抜けて居間らしき日当たりのいい部屋に出た。
「あなたは居間にいなさい。ここからは無菌室よ」
美女は言い捨て、左右にコンプレッサの置かれたビニール製の小部屋を通り奥の部屋に入っていった。その先はおそらく手術室だろう。
居間にはドアが四つあり、ひとつは出入り口。ひとつは寝室などに繋がっているであろう、廊下へ出るもの。ひとつはキッチンで、最後のひとつが鋼を連れて行った部屋である。
異常に広い居間は、殺風景なんて言葉ではたりなかった。
これではモデルルームの方が生活感がある。
備え付けの家具は使用の痕跡がなく、しかし埃はつもってない。部屋全体の空気が常に循環洗浄されているのか。
総史郎はとりあえずソファーに腰掛け、鋼の衣服を物色する。穴が開いたのはシャツと帯と上着だけ。しかしほとんど血染めになっているので、シミなっているのは確実。廃棄確定だ。
とりあえずもう廃棄が確定的な穴あき血染めのシャツで、外套の下の鋼たちを拭き清め、鋼の腰についていたポーチをあさり、やはり持っていた手入れセットを探し出してそれで掃除する。
全ての掃除が終わった頃、無菌室から美女が出てきた。