道場破り……2
あの劇的な果し合いを目撃してから三日経ち、総史郎の脳裏にはあの少女の見事な太刀筋が離れないでいた。
門下生を帰してからずっと書斎に篭り、何か見つける手立ては無いものかと了見を模索していたのだが、やはり見つからない。この町であれほど腕の立つ剣客は聞いたことがない。となれば彼女は流れ者だろう。
この国は小さいようで、人が本気で隠れると探すことが出来なくなるほどには猥雑としている。
溜息を一つ吐いて、気晴らしにお茶でも飲もうと思ったところで、突然戸が叩かれた。
「失礼いたします」
召使いの女が、戸を開け頭を下げた。
「どうかしましたか?」
彼女は何かない限りこの部屋には来ない。他にやることがあるため、いちいち総史郎のご機嫌を伺いにくる暇はないのだ。
「お館様、お客様です」
「お客ですか? 誰かが今日来る予定はありませんよ?」
召使いはもう一度頭を下げて、表情もなく淡々と説明を始めた。
「お客様は、道場破りにございます」
なるほど、合点が行った。
総史郎の道場は、それなりに有名な剣術道場である。それなりに有名な剣各や侍を排出した経験もあり、道場破りが意外と多い。何よりもこの家の家宝と、総史郎の通り名も原因している。
「仕方ないですね。お客には道場で待ってもらってください」
召使いは承りましたと、頭を下げて退室した。
総史郎は袴を履き直し、家宝である中脇差"九慟審造富重"を帯に挿して、道場に向かう。
代々剣客が続いていた総史郎の家系は、総史郎の父の代でついに終止符を打ち、剣術道場にすげ変わった。父が剣客に向かない、温厚すぎる性格だったせいであり、祖父が果し合いで早死にして、誰も口出しが出来なかったというのもある。
先祖たちが築いたそれなりの財産で、豪邸に部類される屋敷と大型の道場を建て、多くの門下生を生み、財を増やした。むしろ総史郎の父は財産の運用経営に向いていたようだ。
しかし難点が一つある。敷地が広すぎて、客間などがある別邸をへてやっと道場につく。その渡り廊下が長いのだ。
時期になれば庭には桜が咲き乱れて見ものだが、この時期は殺風景な枯れ木ばかりで面白みはない。そこから味を得られるほど、総史郎は老けてもいないので、この時期の廊下は長いだけでつまらないし寒い。総史郎は両肩をすくめて早足に通り抜けた。
その長い廊下を渡りきると、やっと道場の正面の大戸がある。
そして礼をしてから道場に入ると、総史郎はあまりのことに目を見開いて固まった。
道場の壁際には、件の少女が静かに佇んでいたのだ。
「あちらの方です」
まさか道場破りがあの少女だとは、全く思いもよらなかった。
三日前と同じ黒の外套を着た美貌は、人形のように表情を浮かべていない。今は俯き加減に目を閉じて、瞑想しているようだ。傍らには刃渡りだけで五尺ほどもある大太刀が立てかけてある。
昼下がりの木漏れ日が差し込む道場で佇む少女は、一枚の絵画のように美しい。
見とれているのも悪くない。そう思ったが、それでは話は進まない。
「貴女が道場破りですか?」
総史郎の誰何に反応した少女は、大太刀を革の帯で肩にかけると、そのまま道場の中心にまで移動した。
やはり背筋が冷える。恐ろしく隙も無駄もない動きだ。
移動した少女は、真っ直ぐ射抜くような眼で総史郎の目を見抜いた。
「ええ」