果し合い……7
龍治朗が顔を上げて、眼球形のピアスが付いた異常に長い舌を出して笑った。つまり、痛がったのは演技だったようだ。
「しまッ!?」
横に跳んだ鋼のわき腹に何かが突き刺さる。
「あらん、外したわ」
龍治朗が右腕を横に払うと、鋼のわき腹から小さな刃物が飛び出した。
「クッ!」
着地に失敗して、鋼は地に転がる。地面に血が滴る。
わき腹から飛び出した刃物は、細い、光の反射で僅かに見えるほど細い、刺糸と同じ構造のワイヤーで美爪屍女の右人差し指に繋がっている。否、小さな刃物は右人差し指の刃物だ。
美爪屍女の人差し指は飛ばして使うことができる。ワイヤーで繋がったそれを扱うのは難しいが、先端に刺糸よりも大きい刃物が取り付けられているだけで要領は同じだ。
鋼はわき腹を押えてゆっくりおき上がる。顔が痛みで歪んだ。
「ほんとはね、心の臓を一突きで終わらせるつもりだったのよん。でも、貴女ってば動いちゃうんだもの」
痛かったでしょう? 呟きながら龍治朗は一歩一歩鋼に近寄る。指についた鋼の血を極上の酒のようにしゃぶりながら。
「さ、次で終わりよ。今度は動かないでねん」
人差し指ででこピンのように構えて、鋼の心臓に右手を向ける。
「ばいばい、お嬢ちゃん」
人差し指が親指から離れる。その刹那。
「そこまでです」
外れて飛んだ爪が、総史郎の富重に弾かれた。
「ちょっとぉ、邪魔しないでよ!」
龍治朗が腕を大きく振り回すと、その人差し指に外れた爪先が帰ってくる。
「いえ。邪魔しますよ。彼女は貴方なんかに渡しません」
「なによ。早い者勝ちでしょ!」
五指が空気を切り裂くように、そして総史郎の心臓を穿とうと大きく振るわれる。
「先に見つけたのは私です」
何とか龍治朗の一撃目を受け止めると、総史郎は半歩引いて富重を左手に持ち替えた。
「時間がありませんので、これにて失礼」
「は、なに言って」
龍治朗の言葉の後半は、声帯と肺を失ったことで発せられることはなかった。
宙を待った彼の首は、地面に落ちてなお、絶叫の形相を浮かべ何事か叫んでいた。
現場はそのまま放置だ。今行われたのは果し合い。この国の法律で、果し合いの末死んだとしても、一切違法にはならない。双方合意の上ならだが。
力なく地面に突っ伏している鋼の前に座り込み、総史郎は彼女の状態を確認する。
「大丈夫じゃ、なさそうですね」
顔が真っ青になった鋼を、総史郎は軽々と抱き上げる。駐車場まで極力揺らさないように走った。
「は、離してください……。私は、歩けます……」
ささやかに抵抗を続ける鋼だが、実に弱々しい。普段なら顔が真っ赤になっていそうなのに、今は真っ青のままだ。
「無理ですね。歩けたとしても、すぐ痛みで気を失うか、傷口が広がって失血死します」
言い終えるとすでに目の前に巨大な黒鋼の塊が蹲っていた。しかし問題はコレに載せることと、何処へ運ぶかだ。帝國病院は少し遠い。かと言ってこの程度の重症を治せそうな病院は近くにはない。
「乗りたくありません!」
力はないが必死に抵抗しているのは分かる。そしてそれも面白いのだが、今はそれどころではない。
「いいですか、事は貴女の命に関わります。わがまま禁止ですからね」
「そうね。こんな状態でわがままはダメよ、お嬢さん」




