果し合い……2
鋼は言われた通り正門で待っていると、何かけたたましい物がガレージから出てきた。
黒一色に塗装されたそれは、大型の自動二輪車だった。
「さ、これを被ってください。後ろの背もたれを左手で掴んで、右手は私の肩を掴んで」
跨っていた総史郎は、鋼にヘルメットを差し出して後ろに乗る時の注意点を述べる。
どちらかというと華奢な印象が強い総史郎が乗ると、まるで巨大な雄牛に跨っているようにも見える。何よりも力強すぎる鼓動や、エンジンから伸びた過給器の空気吸入口など、まるで想像が付かない。
その黒くて巨大なシルエットが、何であるかを理解した鋼の顔が、みるみる青ざめていく。
「……私一人でいきます」
くるりと踵を返した鋼の肩を、総史郎はしっかりと掴んで引き止る。
「もうエンジン暖気済みなんです。それに歩いていくより速いですよ」
にっこりと笑み、最後に一言付け足す。
「もしかして、怖いんですか?」
「怖くなんかありません!」
即答して向き直り、ヘルメットを総史郎からむしりとって被った。
それを確認した総史郎はもう一度微笑み、両足をしっかり付いて手でハンドルを固定する。
「そうですか。では行きましょう」
タンデムシートに跨った鋼の顔はこわばって引き攣っている。恐る恐るタンデムステップに足を載せて、運転手の肩とグラブバーを兼ねた背もたれを掴む。それで手が震えていることが総史郎に知られたとは、鋼は気付いていない。
「しっかり掴まってくださいね」
総史郎はさりげなくバイザーを下ろして一瞬笑った。鋼が自動二輪車を見た時からの表情で、なんとなく彼女が乗り物嫌いでありそうだとは思っていたのだが、これで確信を得た。
スロットルを開けて空ぶかしすると、タコメーターは6500回転を指した。そこで過給器が始動し、パワーは跳ね上がる。そしてクラッチレバーを離す。
タンデムで後輪に過重が寄っている事と、いきなりギアが繋がったことで、前輪が抵抗もなく浮き上がった。
「ッッッ!!!」
鋼は喉を詰まらせて悲鳴を上げ、一瞬で総史郎の胴にしっかりと抱きついた。
総史郎は自身のいたずら心を満足させつつ、シフトアップ。数十メートルほど進んでから、やっと前輪が着地した。それでもまだ鋼は青い顔で、目じりに涙を溜めたまま総史郎に抱きついている。
胴に回された鋼の腕や、押し付けられた胸から、彼女が震えていることがよく分かる。これは面白い。
「ここでやめても中途半端ですね」
心情を洩らしながら、総史郎は悪戯心に火がついてしまった事を改めて理解する。こうなると総史郎は、目の前の欲求に忠実に従い続ける。
「しっかりつかまっててください!」
後部座席に忠告して、総史郎は最終ギアに変速し、アクセルを全開させた。
案の定加速と同時に総史郎に思いっきり抱きついてきた鋼。楽しくて仕方ない。
それから無意味に車体を倒してフロントタイヤを暴れさせたり、いろんな無茶をして鋼を怖がらせて遊び、十分に楽しむと丁度三六合区に到着した。
目的地を聞くため、少しだけ左を向きアクセルを緩めて減速する。
「その人物は何処ですか?」
「は、はせべ。長谷部町、です」
何とか答えることができた鋼は顔が青ざめさせてべそをかいていた。脅えて震えている。総史郎の背中にぞくぞくした何かが走った。
「長谷部ですか。結構遠いですね。飛ばしますよ」
「え、そんな……」
世界崩壊を知らされた子供のように脅えきった声を聞きながら、総史郎はもう一度アクセルを全開にする。
「い……!!」
ほとんど声になってない鋼の悲鳴は、隠れいじめっ子の総史郎を楽しませてくれた。