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刀狩り  作者: 夜桜月霞
果し合い
13/48

果し合い……1

 朝の惨事。おそらく総史郎は一生忘れられないだろう。


「笹木せんせー」


 稽古もないのに突如訪れた生徒が三人。彼らの見たものは、半裸の女性二人を押し倒す本来は尊敬すべき剣術道場師範、笹木総史郎その人である。


「せ、せんせー。なにしてるの?」


 青ざめた顔で師範代として尊敬していた人を見据える。


 しかし尊敬していた人は今や、美人の女性と、明らかに手を出したら犯罪と云える少女を襲う野獣だ。子供の心にどれほどの傷を負わせた事だろうか。


 というのが客観性である。実際は諸事情があり、事故として処理されるだろう。


 そしてこれが事実である。


「おい。おれの飯の量がすくねえぞ」


 茶碗に盛られた、座漸のごはんの量が発端。


 膳に乗った茶碗の白米の量は、確かに座漸が一番少ない。少食で並みの女性より食べない、総史郎よりさらに少ない。ちなみに外見に見合わない大飯喰らいな鋼は丼に白米が山のように盛られているが、それをぺろりと食べきってしまう。


「道場破りの分際で、食事にありつけるだけありがたいと思わないのですか?」


 鋼も道場破りで、しかもなぜか”住み着いている”という座漸の上をいく図々しさなのだが、ここはあえて聞き流す。


「はぁ?! 何様だテメェ?!」


 怒鳴り散らしながら立ち上がり、鋼に近寄る座。それをなだめるべく総史郎も立ち上がったのだが、前の一件で総史郎を完全に警戒している座漸は一歩引いた。


「な、ちかよッ?!」


 それによって膳に足を引っ掛けて、大人しく朝食を食べていた鋼を巻き込んで盛大にひっくり返った。


「あーあ。大丈夫ですか?」


 運悪く隻腕の座漸は受身が取れず、箸とちゃわんを持っていた鋼は抵抗もできずにひっくり返っている。しかも膳がすべてひっくり返っている。


「……貴女という人は、まったく騒がしい。少しは落ち着くことができないのですかッ!」


 珍しく声を荒げて憤怒する鋼と、少し冷静になった座漸は、あーすまんすまんと適当に平謝りしている。


「お二方。すごいことになっていますよ?」


「そうでしょうね」


 総史郎の一声を聞いて、鋼は憮然としたまま答えたのだが、それを見て座漸が噴出した。


「はは。なんだお前。その格好は!」


 いきなり笑われ、鋼は頬を紅くして座漸の格好を見る。


「あ、貴女こそなんて情けない格好ですか!」


 倒れるのをこらえようとして咄嗟に掴んだ座漸によって、シャツ姿だった鋼はボタンがはじけて、その下の肌着をさらしている。


 座漸はもともと浴衣を緩く着ていた事と、左の肩から下がないため羽織る様にしていたことが災いした。上半身がはだけて、さらしのみが肌を隠していた。


「はは」


 総史郎が手を差し出して、二人のどちらかを起き上がらせようとした。


 もしこの時総史郎が、明確に折り重なった上の方、つまり座漸を先に起き上がらせておけば、誤解は生まれなかっただろう。


 しかし座漸は総史郎を警戒して手をとらず、下敷きになっている鋼が先に総史郎の手をとってしまった。


 そして無理に起こそうとして、床に転がっていた冷奴を踏み潰して、事故は発生する。


「笹木せんせー」


 生徒たちに戸を開けるさいはノックしてからにしろと、教えておくとしよう。そう心に決めながらも、赤面している生徒と道場破りの二人をどう片付けようかと悩む。


 なんとか一件を片付け、無言で物凄く怒っていた使用人を何とか宥めて、もう一度朝食を用意してもらった。


 膳を片付けた道場の中は、冷たい沈黙が流れている。


 なぜか三人は正座していた。鋼は顔を赤くしてうつむいているし、座漸は総史郎を警戒して睨んでいるが顔は紅い。まるで総史郎がとんでもなく悪いことをしてしまったような気になってくる。


 とりあえず沈黙は嫌な気分にさせるので、総史郎は目覚めと同時に聞こうと思っていた事を二人に聞くことにする。


「さて、お二方に伺いますが」


「なんでしょう?」


「んだよ」


 やっと沈黙が終わった。


 二人はほぼ同時に返答して、総史郎を見る。どちらかというと睨む。


「これからの予定は、何かあるのですか?」


 最もな疑問だ。


 四日ほど前から住み着いている鋼と、昨日転がり込んだ座漸。しかも二人して大飯喰らいと言うことが判明した今朝。


 しばらくすると鋼は思い出したように口を開く。


「そうでした。三六合みくに区で九慟審造の鋼を持つ者がいます。それを確かめに行きたいと思います」


 総史郎は肯くと。残りの問題児、道場破り二号を見つめる。


 お、と言って座漸は身を少し引いた。


「嘆外さんは?」


「お、おれか? おれは寝る」


 近寄んじゃねえぞと言って道場の隅の、いつの間にか敷かれた畳と布団にいそいそと入っていった。


「はぁ……」


「どうしようもない人ですね」


 確かに。でも貴女も居候ですよ。なんて総史郎は一片たりとも思わない。好みの人が身近にいて、悪い気になるものはいないだろう。


 とりあえず鋼の予定ができたので、それに合わせて行動したい総史郎は、準備をするべく立ち上がる。


「どうかしたのですか?」


 鋼が怪訝に思ったのか、首をかしげた。


 分からないらしいので、総史郎は振り向いて笑顔を振りまく。


「隣の区に行くなら、乗り物があったほうがいいでしょう? 準備してきます」


「私一人でいきます」


 間髪入れず鋼が反抗するが、総史郎も間髪入れずに否定した。


「ダメです。貴女は一体何をしでかすか分かりません」


 鋼は僅かに頬に朱がさし、何か言おうとして結局黙って俯く。


「正門で待っててください」


 言い残して総史郎は母屋の隣にある倉庫件、ガレージに向かった。

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