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ロウは目を見開いた。
「新入り…お前…」
勇者様だ!と言う軍人を新入りは制してから、
「…ロウ、久しぶり」
「ロウ!コイツ誰なんだ?お前を助けるとか言ってたが…」
そう言って、新入りの肩に乗っていたロッドが、こちらに飛び込んで来た。慌てて受け止めると、俺の髪の中に隠れる。
新入りが喋っていることとか、滑らかな赤いマントに、高級そうな紫の宝石をちらばめた白と金の軍服を着ていることとか…勇者と呼ばれていることとか。
聞きたいことが多すぎて、うまく言葉が出てこない。
「ロウ、鎖、外す…貸して」
「は、外す…?」
一体どうやって…と戸惑っていたら、彼女は突然何もない空間に、右手を突き出した。
『…聖剣よ、我が求めに応じ、その姿を顕せ』
ブツブツと、聞きなれない言葉で呟く。彼女の右手に光が集まる…それは荘厳な金と銀の剣の形を成した。
「すげ…」
「…」
カシャン…。その剣は、豆腐でも切るかのように俺の手錠と足枷を切った。
手と足の具合を確かめる…何日も動いていなかったせいか、時々ポキポキとなった。
…軍人は彼女を勇者と呼んでいた。それにあの剣…あれは明らかに、普通じゃない。
それはつまり…。
彼女は側の軍人と何か話し合っているようだ。この距離なのに内容が聞こえないのは、何か奇術がかかっているのかもしれない。
どうやら話が纏まったようだ。非常に不本意そうな顔で、軍人たちのまとめ役のような、周りより少しだけ偉そうな軍人は喋った。
「勇者様は貴様を安全に部屋へ通すよう命じられた。…いいか、何も言わずに着いてこい」
そう言って偉そうに顎で呼ばれる。…実際偉いんだろうけど、イラッとした。
彼女はまだ地下に残るようで、右手に聖剣を携えながら、軍人に着いていく俺をジッと見つめていた…。
バサッ!!と布を掛けられる。
「いいか、今から城を歩く。余計な混乱を生まないよう、これに着替えろ。終わったら出て来い」
そう言って軍人は部屋を出ていった。ここは…地下牢を少し登ったところだ。部屋全体は石壁で、窓はない。牢にあったベットよりいくらか豪華な…つまり普通のベットと、簡素な机と椅子が置いてある。机に置いてある、ぽうと辺りを照らすランタンは、軍人が持っているものと同じように、火ではない。
「全く、何なんだアイツ…偉そうにしやがって…」
そう言って、ロッドは、ひょいと俺の頭の上から飛び降りた。
「これ…着てもいいのか…?」
バサッと広げてみる。
それはスラムでは見たことない豪奢な服だ。このお城では普通なのかもしれないが…。白と金の裾や袖の長い服で、俺が着たら少し引き摺るかも知れない。もっさりと頭全体を隠すまあるい帽子は付いていたが、靴はついていない。…まぁいつも裸足だけどさ。
余計な混乱…つまり魔人であることを隠せってことだろう。ゴソゴソと耳と尻尾を仕舞い込みながらそれに着替えた。ロッドはどうしようかと悩んでいたら、器用に俺の肩に飛び乗って、帽子に潜り込んだ。…耳が擽ったいが我慢しよう、うん。一つしかない扉を開ける。
ギィ…。
「…」
「…終わったか」
「!?」
死角から声をかけられて少しビビった。
「着いてこい」
「…」
黙って着いていく…。カツーンカツーンと、響く足音…ここまで来ると、両脇に光の玉がいくつも設けられていた。軍人も、手の平に浮かんでいた光の玉を消した。軍人は、黒と銀の軍服で、腰に見慣れない剣を二本さしている…異国の剣、だろうか。
重い木の扉に到着した。それは開いており、両脇の兵士は二人とも血まみれで地に伏していた。
軍人はそれを見ても眉一つ動かさず、さらに歩く。因みに俺は顔面蒼白で、そろりと横切った。
小奇麗にされた道の脇にいくつもの扉がある所を通る。すれ違った人々は一様に軍人に頭を下げていた。
「もしかしてコイツ…本当に偉いのか?」
帽子の中のロッドが、ボソボソと呟いた。…それで外、見えるんだ…。
すると、丸い部屋にでた。その部屋は8つの通路と繋がっていて、段々と下がった床の部屋の中央からは、円状の複雑な文様が描かれている…。
軍人は戸惑いもせずに部屋の中央へ行った。
「何してる。お前もさっさと来い」
恐々としながら軍人の側による。すると軍人は早口で何か唱え始めた…。
『神よ、今身許へ向かうなれば、いざ道を開き給え』
「?!」
軍人の言葉に呼応してか、文様が銀色に光る。
それは脈打ち、生きてるかのようだった。軍人が言葉を唱え終わると同時に、視界が堪らえようのない銀の光に包まれーーー。
大聖堂の地下牢ーーー。
魔人たちにとって、その言葉は恐怖と共に伝えられてきた。
選定の間の真下、抗魔のエネルギーが常に溜まり続けている場所。
生きて、脱出不可能と言われる、死の牢獄。
しかし、とある男は混乱に乗じて、牢から逃げだすことに成功していた。
(何か知らんがーーーラッキー♪)
ビートルとかいう大男に投げ渡された鍵は、壁と鎖を繋ぐ金具の鍵だった。首輪と手錠も、同じ鍵で外す事が出来た。
(手抜き工事かよ。…ま、外す時なんて、斬首される時くれぇか…)
口笛を吹きながら人間と、男と同じく脱獄を試みただろう魔人達の死体の上を跨いで行く。
男は両目のある場所をボロボロの布切れで覆っていたが、死体につまづく事なく飄々と歩く。
男の名前はダオフ。ダオフの鋭く尖った耳は、人間の発する声は勿論、様々な音を拾うことが出来た。
更に言えば、彼が今吹いている口笛は、人間には聞くことのできない超音波だ。
ダオフは超音波を発してから戻ってくるまでの時間で物体までの距離や、反射してきた超音波の角度から物体の方向などを脳で処理して、視覚と同じように扱っていた。
そう、まるで蝙蝠のように。
更に、彼はそれに『魔法』を組み合わせることで、よりその精度や強度を上げることができた。
しかし、今までは鎖や、地下に満ちる抗魔の力により魔法を使うことが叶わなかったが、今はそのどちらもない。
…抗魔の力が消えた。
つまり、人間の誰かが聖剣を引き抜いたということだが、まぁ今はどうでもいい。
「…」
ダオフは死体の途切れた場所で膝をつき、床にそっと右耳をつける。
聴覚の範囲を広げて、響いてくる音に耳を澄ませた。
…ピチョン…ピチョン…。
…ザァアアアア…。
(…思った通りだわ)
ダオフは自分の予想が当たったことに歓喜し、思わず唇を湿らせた。今いる地下16階より更に深く。水の音が聞こえる…下水道が奇術に変わってからは使われなくなったという、地下大水道だ。
(逃げるとしたら…賢い俺は、ここから、だろ?)
ふと、ダオフは上階から、ドップラー効果によって反射してくる周波数…つまり何かが動く音を拾った。更に聴覚を広げる。
『もう!!いい加減、離しなさいってば!!マンティス!!』
ビシッ!!
『っだ!!わぁったよ!!』
『うるせぇぞ、お前ら…遊びじゃないんだ。ちっとは静かにしてくれ』
この声は…聞き覚えがある。ダオフに鍵を渡した、例の3人組だ。確か灰の国と言っていた。聞いたことがある…。
…灰の国。
灰の国の国民と名乗る者達が、様々な国で破壊・殺戮行為を繰り返しているという。彼らは一様に謎の人物『ヘレリィック』…別名・灰の王を讃える。
神出鬼没の無国籍武装‘魔人’集団。
「…」
(まったく…)
ダオフの生来の好奇心が疼く。
(凄く、面白そうじゃん)