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「あ、どうも…ロウっす」


 条件反射で自己紹介をしながら、差し出された手に対して、俺も手を近づけた。


 ロッドはその右手の人差し指をちょんと握って、上下に振る。あまり感触が無いので、振り回さないように注意しながら、握手を返す。


「良かったらロッドって呼んでくれ。…にしても、随分と酷くやられたなぁ…」

「…」


 しみじみと俺の背中を眺めながらボヤく。


「…なぁ、おっさんここどこ?」

「な!誰がおっさんだコンチクショーめ!俺はまだ三十代だ!」


 心底不服そうに地団駄を踏むおっさん…。


「はぁ…えーと、ロッドさん、ここどこっすか?」


 全く最近の若者は口が悪い…礼儀を知らん…と、言いながらも、教えてくれた。


「…ここはデフォルテ大聖堂の魔人専用地下牢だ」

「…魔人…専用?」

「あぁ、ここは選定の儀の間の地下数百m…つまり聖剣の真下ここではどんな魔人も力を出せない…おまけに、」


 そう言いながら自分の鎖を引っ張って、


「神官様直々に奇術を練りこまれた鎖があるからな。脱出は不可能だろうよ」

「…ロッドさんは首の鎖だけ?」


 なぜかロッドは手足に鎖が付いていないのだ。なんで俺だけこんなに厳重なのかと聞いてみると、ロッドさんは突然真っ赤になって怒り狂い始めた。


「そう!アイツら、俺のことを馬鹿にしやがってんだ!!ちっちぇからって何も出来ないと思ってやがる!!くっそぉ!!見てろよ!今に目にもの見せてやらぁ!!」


 どうやらロッドのほうが特例だったらしい。











 日が差さないから何日経ったか分からない…ただ、四回食事を採って二回眠ったから、普通に考えたら2日くらいだろうか。


 そんな状態にいたら、皆が心配だったりして、普通は鬱々となるんだろうけど、ロッドさんが面白可笑しく自分の境遇を語ってくれた為、確かめようもない事に、気を病まずに済んだ。


 彼らは人間だから、きっとあの時、朦朧としていた意識の中、駆けつけてくれた人達が助けてくれて、今頃安全な場所にいるはずだ…。


 誤ってねずみ取りに捕まるまで、ロッドさんは沢山の兄弟と屋根裏部屋をチョロチョロ駆け回っていたらしい。


兄弟…とは言っても、親は分からない。


ただ、ロッドさんと同じく、小いさな姿に耳と尻尾が生えていたので、恐らく兄弟だろうとの話。


その家に住んでいた家主の母が、とんでもない癇癪持ちで、そのキーキー叫ぶ様が面白く、化粧品に大きな蜘蛛を紛れ込ませた話、幼い子供に見つかってしまい、危うく食べられそうになった話…。


 ロッドさんは話上手で、俺は背中の痛みも忘れて聴き入っていた。


「…それでな、その騎士は俺がチーズに釣られてねずみ取りに挟まった、頭の回らない魔人だと思ったらしく、俺の鎖を他より少なくしたんだ。本当はねずみ取りに挟まりそうになった馬鹿な鼠を助けてやろうとした…この通り俺が捕まっちまった訳なんだが…はは…」

「ロッドさん…」


 力無く笑うロッド。瞳にはキラリと涙が光っている。しかし、一瞬で持ち直したかと思うと、威勢よく言った。


「しかし!!鎖が少ないことに気づいた俺は思った!このまま小ちゃくて無害で頭の回らない馬鹿でぷりちぃな魔人のふりをしていれば、単純な人間は油断するだろうと…だから俺はその時の為に力を貯めているのさ…」


 そう胸を張って言うロッド。


「しかし…はぁ…」

「…?どうしたんすか?ロッドさん」


 またもや落ち込むロッド。


「いや、俺の思惑は上手く行った。上手くいったが…」

「?」

「それにはいくつかの弊害が合ってな…まず一つ目は、ここにいる牢屋番が俺をペットかなんかのようにあつかうこと」


 牢屋番は、食事を持って来てくれた人だろう。その人は無表情で鉄格子のギリギリ鎖が届くところに食事を置いたが、ロッドのものと思われる小さなお盆には、俺と同じ泥水のようなスープと、石のようなパンとともに、小さなチーズが一欠片乗っていた。


それを不服そうにふん、と鼻息荒く言ったあと、またもやしょんぼりと俯く。


「…そして2つ目、仲間が次々と消えていくのを、見ているしかできない事…」

「…」

「俺はな、かれこれ五年はここにいる。その間、お前をぬいて五人の魔人がここに来た。彼らは一様に人間に対する殺意を持っていた…そうして、長くて二年、短くて僅か一ヶ月でここを出ていった…それからどうなったかは知らないが、恐らく…」

「…」


 ロッドは俯いて言った。


「俺は怖かった。小さくて何も出来ないと馬鹿にされているって言ったよな…だけど、あれは事実なんだよ…小さくて無害で、頭の回らない馬鹿な魔人とは、俺のことさ…」

「…」


 すんと下を向いて小さく鼻を啜ったロッドに、俺は何も言えなかった。人を慰めた事なんてない俺には…。


「俺が…」

「…?」

「俺のほうが、何も出来ないんすよ…」

「…」


 自然と、俺の口から零れ落ちる。


「親父が殺されても…先生が焼かれた、あの時も…」

「…ロウ…」


 ガンガン!!!


「「!?」」


 突然、鉄と何かがぶつかるような音が廊下から響く。


「…くそっ!」

「おい!!誰か応援を…ぐああぁ!!」


 魔人特有の鋭い五感が、遠くのうめき声と、鉄に似た臭いに気づく…。


「血…」


 バタバタバタ…と、俺らの牢の前を、黒い服の軍人らしき人達が走っていく。


 ロッドさんが鎖ギリギリまで飛び出していくと、俺と話すときよりもわざと高い声で、


「どうしたの?どうしたの?お祭り!?」


 そんなわけ無いと知りながら、無邪気を装ってキーキーと笑う。


 大勢はチラリと見ただけでスルーしたが、一人の男が立ち止まって言った。


「無邪気な鼠親父チェシ?…いや、今はそれどころじゃな…」

「ギャハハハハ!バイバーイ」


 コロン…。何かを喋ろうとした口の形のまま、床に転がる頭…。


「ひっ…」


 ロッドは腰を抜かしたまま、ジリジリと後ずさる。


「…んだよー。んなに怯えなくてもサ、魔人には何もしないゼ?ねずみちゃぁ〜ん、なんたって」


 ヘレリィック様に言われてるからな!ギャハハハハ!と笑う、聞き覚えのある声。


「…お前…マンティス…!!」


 背中の傷は今だジリジリと焼け付くように痛い。


「…んー?あれっ?なぁんか見たことあんなぁ…オマエ…」


 うーんいつだったっけなァ…?


 嘘だか本当に分かんないんだか、うんうん悩んだあと、ポン!と手を叩く。


「あぁ!そうそう!あの白い人間を庇ったヤツだ!…いやーオマエ死んでなくて良かったゼー!危うくヘレリィック様に怒られるとこだったじゃん!!」


 と、ケラケラ笑う蟷螂の魔人、マンティス。俺は鎖の届く範囲で彼に近寄る。


「アイツら…俺と一緒だった、人間の子どもたちはどうした…?」

「んー?分かんねぇなぁ…人間は大人も子供も切ったし…」


 そう言ってニヤニヤ笑う。


「…っざけんな!!」


 憤怒の形相で怒鳴る。


 ガンッッッッ!!


 抑えきれない苛立ちで、鉄格子を思いっきり蹴った。…あの時、マンティスが倒されるのを朦朧とした意識で見ていたが、記憶は曖昧で、もしかしたら俺の見せた願望かもしれない…。もしかしたら、もしかしたらアルやルイや、新入りは…。


「ヒュー…おっかねえおっかねえ…」

「…」


 茶化そうとしているのか、下卑た笑みで挑発してくるマンティスを、思いっきり睨む。俺の睨みなんて大したことない、もしかしたら殺されるかも、なんて分かっているが、どうしても、やらずにはいられなかった。


「ヤレヤレ、人間なんて庇っても、どうせ裏切られるダケよ?」

「…」

「…オマエと変なジイサンとガキに邪魔されたせいで、あン時はあれ以上殺れてねぇよ」

「…」


 ニヤニヤと笑うマンティス。コイツに信頼などゼロだが、今は信じたい…。


「何ボヤボヤしてんのよ!この阿呆マンティス!!」


 ビシッ!と、茨の鞭がマンティスの頬に直撃する。


「いってぇー!!」


 …あれは痛そう。死体の上を転がり回るマンティス。廊下の奥、マンティスがやって来た方角から、際どい格好の女性がやって来た。


「全く…信じらんない。こんなヤツのためにアタシが駆り出されるなんて!!ヘレリィック様もこんなヤツ!放っとけばいいのに!!」


 右手の親指を噛みながら彼女は言った。左手ではピシピシと鞭が波打っている。

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