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 ーーー灰色の毛並みの、犬のような耳と尻尾。それは彼が魔人である証だった。金の目はゆっくりと閉じられ、白い髪の少女の上に、彼は崩れ落ちた。少女は、思わずといった風に受け止めるも、力が抜けたようにそのまま座り込んでしまう。その、彼の背中に大きな傷をつけた張本人…魔人・マンティスと名乗った男は、鎌の刃が付いていない方で、頭を掻いた。


「…くっそぉ…嫌なもん切っちまったぜ…」


 マンティスは、如何にも不本意と言った風情で、今や虫の息の彼を見つめる。


「なぁんで人間なんか庇うんだか…あー面倒くせぇ…が、仕方ねぇ、切っちまったもんは切っちまったもん。せめてトドメでも…」


 いそいそと彼と少女のほうに鎌を振り上げ…。


「貴様か!!灰の国の国民と名乗り悪逆無道を行う魔人は!」

「…そうだけど?」


 彼らにトドメを刺すのを中断して、声のほうを振り返る。そこには、年の頃13くらいの少年が立っていた。


「私は大貴族ローゼン家次期当主!サードニクス・ローゼンだ!!私が来たからにはもう誰にも…」


 仕立ては良さそうだが、飾り気の無い簡素な服を着ていて、とても苗字持ちの貴族には見えない。声変わりもまだなのだろう。澄んだ声を張り上げている。


「イチイチイチイチ大声出すなよ!!テメェはよお!!うっせぇーわ!!!」


 短気なマンティスは少年へと鎌を振りかざした。

 ズドン!!と、細く鋭い鎌の擬音には不釣り合いな鈍い音と共に聖都の上品な石畳がヘコむ。少年はもう生きていないだろう。そう誰もが確信したとき。


「…成敗!!」

「がっ!!」


 サードニクスは脅威のスピードで飛びかかったマンティスより早く、彼の後ろに回り込んでいた。そのままマンティスの首筋へと剣を振り下ろす。

 …が。


「…つぅ〜!いっってぇな!おい!!」


 ガシッ!!と、剣の刃を掴まれる。


「なっ…!!」


 当たった筈…。サードニクスは狼狽えたが、何かを感じたように咄嗟に剣を離すと、後ろに飛びさすった。


 ズドン!!


 またもや、サードニクスのいた場所がヘコむ。あと一瞬、反応が遅かったら…サードニクスはたらりと冷や汗を流した。


「おいおい…なんだよこれ。よくニンゲンはこんな弱っちいもん扱ってるな」


 マンティスの手の中で、サードニクスの剣は真ん中からポッキリとおれ、その片割れはグシャグシャに潰れて地面に落ちていた。彼は辛うじて無事だった部分を、なんと、自分の口の中にほおり投げて口を動かす。


「うそ…だろ…」

「まっじー…ま、こんなのでも無いよりましか…」


 クシャ…クシャ…。


 ゴクン、とマンティスの喉が上下する。


 すると、少しだけ刃こぼれしていた彼の腕の鎌が、みるみるうちに修復される。


「ま、餓鬼にしちゃよくやるけど、マダマダだなァ…」


 ニヤニヤ笑いながらサードニクスへと近づく…。


「そうじゃな…だが、お主はガキンチョとしてもまだまだじゃの」

「!?」


 マンティスが振り返る前に、ストン…と首に手刀をくらい、眠りに落ちる。


 いつの間に現れたのだろう。周囲の人間は先程までは姿の無かった老人にどよめく。


 ふぉふぉふぉふぉ…。と、愉快そうに笑いながら、白い髭を撫で付けるご老人。彼の背筋はピンと伸びていて、身長は170くらいだろうか。


「お祖父様!!あれ程手出しは無用と…」

「ふぉふぉ。何、あのままでは儂の可愛い孫が死ぬとあっては、黙って見とられんよ」


 飄々として言う。


「ぜぇ…ぜぇ…お、お二人とも…おまちくださ…ぜぇ」

「おぉ、やっと来おったか」


 簡素な町人の服を着ながら、腰に剣を吊り下げ、二人に話しかける数人の者。


「い、いきなり…走り出さないで下さい…」

「なんじゃ、情けないのぅ。あれくらい歩きと変わらんだろうに」


 ふぉふぉふぉふぉ。


「…」


 息を整えながら、平民に扮した護衛達は同時に、んなわけあるか!!と、心の中で突っ込んだ。


「…ところで、この状態は…?」


 見るからに、異常な状態に、眉を潜める。


「あぁ、そうじゃった。ほれ、小奴、自らを灰の国の国民と名乗っとったそうな。確か息子が灰の国に頭を抱えておったじゃろ。城で拷問でも好きにするといい」

「ぎゃあ!!」


 ひょいと、まるで荷物のように軽々しく渡された魔人に、慌てる護衛。


 老人はそれらを歯牙にもかけずに、ふぉふぉふぉふぉと、呑気に笑っている。


「…ロウ…」


 と、フラフラと、老人の横を通り過ぎる赤髪の少年。


 老人はそれに気づくと、呑気に笑っていた顔を、突然引き締めた。


「…あの者…あの赤髪…!!」

「…お祖父様?」


 サードニクスは、いつも飄々としている祖父の、突然の剣幕に驚き、彼の視線を追った。そこには…


「…ロウ…そんな…」


 狼耳の男に近づく、赤髪と茶色の目の少年が居た。


 狼耳の男は血の気を失った顔で、目を閉じている。背中の傷からは今もどくどくと血が流れ続けていた。狼耳の男の後ろには、呆然とした白い髪の少女や、やはり呆然と座り込む金髪の少年が居た。彼ら四人は全員スラム出身とひと目でわかる、実にみすぼらしい格好をしていた。


 老人は震える手で、顔を覆った。


「あぁ…神よ…」


 サードニクスは、祖父がこんなにも弱々しくなるところを見たことがなかった。


 …赤髪の少年の顔は、亡き叔父の幼い頃に描かれたという肖像画にそっくりだった…。











  彼を連れて行こうとする輩に、必死になって叫んだ。何を言ったかは、はっきり覚えていない。ただ、その者達が、彼をどこかに持っていくつもりなのは分かった。


 ーーーそんなこと、させない。


 理屈なきに、ボクはなぜか叫んでた。すると、男は笑って、


 ーーー魔人をあそこから出せるのは、聖剣を引き抜ける勇者様くらいだろうよ。


 …そうして、彼は連れて行かれた。殴ってでも止めようとしたが、今のボクではあの老人に勝てないと重い、踏みとどまる。


 そっか…勇者になれば、いいんだ。

 ボクは一人で城に向かったーー。











 ロウは痛みに目を覚ました。


 そこは真っ暗だったけど、誰もいない事にまず安堵した。


 これまで何度か目を覚ましたが、誰かに抑えつけられていて、訳もわからず背中に走る鋭い痛みに暴れた気がする。彼らは俺に何かしたんだろうか。キョロキョロと自分の身体をチェックすると、首と手足に重い鉄輪がハマっているのに気がつく。


 両脚を拘束する鉄輪から伸びる鎖は両手の間の鎖に、さらにそこから伸びる鎖は首に。さらに首輪から伸びる鎖は壁にくっついていた。やっと目が慣れてきた。どうやらここは牢屋のようだ。服は囚人服で、手を使わなくても脱げる仕組みのようだ。


 目の前には鉄格子が嵌められている。その前にも更に鉄格子のおなじような間取りの部屋があったが、中には誰も居ないようだ…。俺が眠っていたベットは、一度気づいてしまうと眠れないくらいの異臭を放っていて、鼻がひん曲がりそうだ。


 仕方なくたちあがってベットから離れる…。ふと、ずっと寝ていたせいか貧血か、足元が覚束なくなり、壁に背中を打った。


「いった!!…つぅ…」


 背中の激痛に、再びベットへ押し戻る。勿論、起きたときも今もうつ伏せだ。


 はぁ、はぁ、荒い俺の息が響く…。


「…ふぅ」


 ここは…何処なんだろうか。背中に傷があるということは、あれは夢で無かったんだろうな…。皆は無事なのか…?臭いベットに顔を埋めながら考える。枕とか、毛布とかは無いらしい。まぁ、スラムで暮らしていたときはもっと酷い環境で寝なきゃいけないときもあったし…。


 にしても、この背中の痛みは耐え難い。


「おい!おーい!」


 …ん?


「オマエ!オマエだよオ・マ・エ!」


 どこから声がするんだろう。痛みでまだ身体を起こせないので、首だけでキョロキョロと見回す。


 …が、誰も居ない。


 でも、壁をよく見ると、俺の他にもう一つ、鎖が繋がっていて、それはピンと張っている。しかしその鎖は刺繍糸のように小さく、本当によく見ないと気づかないくらいだった。


 それを辿っていくと、俺のベットのすぐ横に繋がって居るようだ。


「…」

「どっこいしょっ、と」

「!?」


 随分おっさん臭い声と共に、ベットの縁に米粒みたいな手が掛かる。


「…ふぅ、やれやれ、でっかいやつはなんだってなんでもどでかくしたがるんだか…」


 ブツブツと愚痴を吐きながら、上がってきたのは、小さなおっさんだった。


 一瞬幻獣の小人かと思ったが、よく見ると頭のてっぺんにはネズミのような耳がついており、同じくネズミのような尻尾が彼の後ろでゆらゆらと揺れていた。


「よおぅ、新入り〜俺は鼠系の魔人ロッド・チェシ、宜しくな!」


 そう言って小さな手を差し出された。


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