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「…」


(どうしようか…)


 昨日から二人の仲は最悪だ。


 お互い城に行ったほうがいい、行かないほうがいいと一歩も譲らない。俺は…今回ばかりはルイに賛成だった。


「なぁ…アル」

「…なに」


 売るためのゴミ拾い中の手を止めて、アルに話しかける。アルはつっけんどんだが、一応聞く気はあるようだ。


「な、お前らしくないじゃん。理由もなく何かを突っぱねるなんてよ」

「…」


 アルは黙ったままだ。でも、俺にはわかる。頭の良いアルは、理由もないのにこんな頑なに拒否したりしない。


「母さんが…」

「え?」


 アルはポツポツと口を開いた。


「母さんは…言ったんだ。城には僕を狙う悪い奴らがいるから、絶対に城の方に近づくなって」

「…」

「だから、あそこには行かないほうがいい…」


 アルとは、俺らが七歳のとき孤児院で出会った。その前にどこに居てどんなふうに暮らしてきたかは知らない。けど、周りの子供より成長が早くて浮いていた俺と、見た目は子供でもどこか大人っぽくて浮いていたアルとは自然と一緒にいた。

 それから今まで、六年の付き合いになる。


「…」

「…行かないほうがいい…ていうのは曲げない…けど」

「…?」


 アルの話にはまだ続きがあるようだ。


「ルイの事だ。止めてもきっと行くだろう…前々から知りたがっていた、奇術の為に」

「…うん」


 そう、俺は、城に行ってみたいという好奇心以上に、ルイに対する罪悪感から、城行きに賛成していた。


 俺が…みんなに、ルイに、自分が魔人であることを隠していること…。もしも、もし理由は知らないけど、魔人を蛇蝎のごとく嫌っているルイがこの事を知ったら…アルだって、今までと同じようには行かないだろう。


「ルイは、あのデカハナとかいう貴族が奇術を使ったのを見たときからずっとソワソワしてるな」

「だから仕方ないってね。今にもルイ一人で飛んでいっちゃいそうだ。そそっかしい弟分一人と、間抜けなロウに口のきけない新入りじゃ心配だからね…あと、あの貴族の名前はマルハナだ」

「間抜けじゃねぇし!俺一人でも充分だし!?マルハナでもデカハナでもおなじじゃん!?」


 思わず突っ込む。そして、アルと顔を見合わせて笑った。


「だからルイ!勝手に行くなって!」

「へへー!」


 ご機嫌にデフォルテ大聖堂を目掛けて駆け抜けるルイに、仕方がないので、新入りの手を引っ張りながら足早に着いていく。スラムは大聖堂の真後ろにある。マクシミリアンの玄関口はオシャレな家々が建ち並ぶが、その後ろは名ばかりの教会の保護区…ということだ。

 俺らがいつもいるのはスラムの郊外、今いるのはスラムでも比較的聖都に近く、裕福な地区だ。周りの大人たちは、小汚い子どもたちに迷惑そうに顔を顰めていくが、通りを歩いても絡まれることはない。

 マクシミリアン大聖堂は馬鹿でかい。昼間は太陽を真正面に受けるように立っている為、後ろのスラムには殆ど日がささない。特に大聖堂に近いここは、昼間なのに街灯がついていた。まぁ俺らからしたら街灯があるくらい恵まれてるけど。


 大聖堂の一角を回り込んで、聖都に着く。


「すげー…」


 正しくお上りさんと言った感じで、俺とアルとルイはキョロキョロと周りを見回す。


 テラコッタのオレンジの屋根には、白い漆喰の壁がよく映えている。壁に張り巡らされた茶色の梁や、整えられた街路樹。道を彩るタイルは、池の水に小石を幾つも落とした時のように、美しい幾何学模様を描く。


 全てが調和した美しい街…正しく聖なる都であった。


 いつもは冷静なアルさえどこか浮ついているが、新入りは無表情だ。


 見慣れない服装で、豪華に着飾った道行く大人達。


 しかし彼らは俺らを冷たく見下ろしている…。


「君たち…どこの子かな?」


 黒と銀を基調とした警邏隊の制服の大人二人が、見かけは親切そうに声をかけてくる。しかし目は、スラム出身であろう子供を見下しているように見えた。


「来い!お前はこっちだ!」

「痛っ…」

「おい!ロウ兄に何すんだ!」


 突然、警邏隊の一人に腕を掴まれる。ルイが怒ったように抗議する…けど、流石に腰に剣を吊っている大人二人に勝ち目はない。アルがルイを諌めながら、こっちを心配そうに伺う。


「お前がこいつらの保護者だな…一体どんな思惑でスラムから出てきた?」


 どうせ犯罪を犯すつもりだろ…とでも言いたげだ。それに、俺は別に保護者ではない。というか、俺は一応十三でアルと同い年なんだけど…。


 魔人の為、俺の成長は普通より早い。今の身長はやや低めの大人くらいはある。その上アルやルイは栄養不足で同い年の子供たちに比べると小さくガリガリだから保護者に見られるのも…分かる…かもしれない。


「はっはっは…やだなぁ、俺が何したっていうんすか…」


 汗をダラダラかきながら言う。聖都はスラム街の人をよく思ってないって聞いてたけど、まさか何もやってないのに捕まるとは思わなかった…。


「そーだそーだ!ロウ兄が何したって言うんだ!」

「ちょっ…ルイ…」


 ルイがアルに押さえつけられながらブーイングをはなつ。


「兎に角、一度所轄の…」


 警邏隊が俺に何か言おうとした時…パシュ!!


「…へ?」











 プシューッ…!


 噴水のように首から血が吹き出る。首をなくした死体は、ガクンと膝をついて俺の方に倒れ込んできた。男の体重を受け止めることもできず、一緒に倒れてしまった。


「…」


 思考が止まる。


「キャーー!!」

「何だ!?」


 どこかで人が騒いでいる。


「ギハ!ざまぁみやがれ!死ね死ね死ね死ね死ねや!」


 男が自分の腕を振り回しながら叫ぶ。一見普通の男のようだが、蟷螂(かまきり)のように、腕の中間から鎌が生えている。手は辛うじて人と同じ五本の指があるが、下品に歪んだ顔には、昆虫のような目ん玉が2つくっついていた。ソイツは叫んだ。


「俺様は魔人、マンティス!!よぉく覚えとけよお前ら!そんでもって俺は灰の国の国民だゼ!!ヘレリィック様バンザイ!!ギャハハハハ!!」


 彼は笑いながら、通行人にもその凶刃を振るっている。俺は死体に覆いかぶさられて、呆然自失としていた。


「…ゥ!!」


 どくどくと今だ溢れでる生暖かい血…これはついさっきまでこの死体に脈々と、流れていたのだ。

 それを俺は頭から被っている。全身が生臭い…。


「…ロ…ロゥ…ウ!!」


(気持ち悪い…気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!)


「何してるんだ!逃げようよロウ!!」


 はっとする。眼前には焦った様子のアルの顔があった。もう一人の警邏隊は、あの蟷螂の魔人にかかりきりでこちらの事は全く気にしていないようだ。


「…アル…」

「早く!!」


 アルに引っ張られて、ヨロヨロと立ち上がる。


「…ルイと…新入りはどこだ…?」

「…」


 アルが魔人の方を見る。

 そこには狂ったように鎌を振り回す男がいた。…そしてその近く。何かに取り憑かれたかのように魔人を見つめるルイと、ぼんやりと佇む新入り。


「助けないと…」


 ふらふらする足で、そちらに向かう。


「血が苦手なくせに何言ってんだ!!二人は僕が何とかするから、ロウは先に逃げてろ!!!」


 いつものスラム出身とは思えない丁寧な口調をかなぐり捨てて、アルは叫んだ。俺がそれに気圧されて逡巡してる隙にアルがルイと新入りに走りよった。ルイはアルと少し会話したかと思うとなぜか酷く抵抗していて、取り押さえるのにアルは手一杯のようだ。新入りのことにまで気が回ってなかっただろう。


 少し離れて見ていた俺は気づいた。魔人が彼女に、次の標的を定めたことに。


 自分も魔人だから、殺気のようなものに気づいたのだろうか。ともかく、俺はたまらず、新入りと凶刃の間に飛び出していた。


「ロウ!?」


 アルの叫び声が聞こえる。その声に、はっとしたようにルイがこちらを見ている。


「…!」

「…っが」


 口から血が噴き出て、正面にいた彼女にかかった。


 …ごめん、汚いだろ。


 紫の目が、驚いたように大きくなっている。表情が変わったのを見たのはこれが初めてだ。


 痛い…というより、背中が焼けるように熱かった。

 耐えきれなくて、膝をつく。


 …パサッ。

 と、元々ボロボロだったフードが、留めていた紐が切れたせいか、俺の肩から滑り落ちる。


「…っ!!」


 息を飲む声が、あちこちで聞こえた。俺の頭に、ピコンと立つ、2つの狼耳に、反応したんだろう。フードにかかっていた幻術の認識阻害が消えたから、わさわさと力無く、地面を擦る尻尾にも、皆気づいたはずだ。


 チッ…後ろから舌打ちが聞こえた。


「なんだよ、お前魔人じゃねぇか…」


 俺の視界がゆっくりと黒に包まれていく…。


「ロウ…」


 最後に、誰かが俺の名前を呼んだ気がした。


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