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聖シンフォニア王国は、魔導具を生み出した超大国ヴァルタ帝国や、裕福な砂漠の国エル・ソノア、小さな島々の連盟国ブレイコアに比べれば遥かに小さい。
それらの国や魔物の侵攻に耐えてきたのは、宗教国家と呼ばれる由縁である、「教会」「奇術」の存在は勿論だが、今回注目すべきなのは「聖女」だ。
勇者と聖女、彼らはよく、対を為す存在とも例えられる。
ーーー剣と盾、《聖剣》と《神石》というように。
著グレイニー・ジレイコフ
《現代社会においての勇者と聖女の政治的立場~第5章 聖剣と神石はどこから来たのか》
その森は‘花’の無い荊棘のように見えた。しかし、
陰湿な空気を纏うその森に近づいた者は直ぐにその異様さに気がつくだろう。
‘その’棘は天を刺すように伸びていた。
それを伝うように赤い血が滴る。
ピチチチ…。
ふと生き物の気配の無い森に、鳥の囀りが聞こえた。
鳥がかぎ爪で器用に枝にとまった。
衝撃で枝が大きくしなる。
ギョロ…と、その黒い目が球体である事を示すような動きで、鳥は自らの縄張りを見渡した。
嘴の端が女の唇のように赤く裂ける。
どろりと、薄黒く粘着質な液体と共に、ぶよぶよとしたベロが、その大人3人分の鳥よりも長く下に伸びる。
そこには幾つもの人間の‘目’が吹き出物のようにあった。一つ一つの‘目’はまるで何かに怯えているように視線を次々と別の場所に移す。
キキキ…。
可愛らしい子鳥のような囀りは、金属音のような不快な音に変わっていた。
‘端’が限界まで裂けた時、鳥は目の前の獲物に食いつく。
まるでモズの早贄’のように、棘に突き刺していた肉を啄む。
餌は稀に棘に刺されてもまだ生きている場合があるという。
…彼がすでに生き絶えていた事は、幸運というほか無いであろう。
舌目鵙…別名贄食い鳥。
近隣の村を漁っては、荊の森に獲物《人》を見せつけるように突き刺す。
舌目鵙を恐れて、屍肉を漁る意地汚いハーピーですら‘贄’には寄り付かないという…。
キ…。
舌目鵙はいつもと違う森の様子に気がついていた。
しかし、何がどう違うのかまでは、舌目鵙の小さな脳では分からない。
「…」
(まだだ…)
小さな茂みから舌目鵙を窺う。
…舌目鵙が獲物に集中して、一番無防備になった瞬間。
一閃。
「…ああ、クソ、避けられた!」
キィィイイイイイイイイ…!!!!
舌目鵙は食事を邪魔され、怒り狂っている。
くるり、と空中で一回転して、充分な広さのある荊の上に降り立った。
舌目鵙は一足早くに空中に避難して、ホバリングしながらこちらを伺っている。
身軽さを追求しての軽装と短剣だが、この実力差では、初撃が急所に当たらなければ逆転の見込みはない。
今度こそ成功させたかったけど、仕方ない。
「ごめん!!ネージュ!!!頼んだ!!!」
閃光と共に天から落ちた斬撃が、舌目鵙に直撃した。
焚き火の爆ぜる音と共に、焼けた肉のいい匂いが辺りに漂う。
舌目鵙の肉…では無い、荊の森の外でとった兎肉だ。
そもそも人間であるネージュは魔物の肉を食べれないし、肝心の舌目鵙は消し炭になっている。
…ていうか人間を食って育った魔物の肉は心情的に食べたくない。
「…今度こそいけると思ったんだけどなぁ…どこを間違ったかな…」
俺は焚き火の前で絶賛反省会中だ。
「ロウ、間違って、ない、あのくそどりのせい」
「女の子がくそなんて使うなよ…ていうか、狙われたら逃げるの当たり前だろ」
焚き火を突っつく。パラパラと火の粉がたった。
「…ロウなら…」
「ん?」
ネージュがフードに口を埋めていったので、よく聞こえなかった。
ネージュの白い頬に、オレンジの光が映える。
「…ロウなら、ボク、逃げない」
「そりゃ実力差があるし。ていうか俺がそんなことするわけないだろ」
「…」
「おっ、焼けたっぽいな」
アチチ…。
こんがりと焼けた兎肉を差している枝をとって、ネージュに渡した。
荊の森は生き物の気配がない。おかげで、縄張りの主であった舌目鵙さえ倒してしまえば…いや、多少の臭いと見栄えを無視できれば、絶好の野営地と言えた。
…ルイに拒絶され重症を負った後、ロッドさんは置き手紙一つを残して消えていた。
その少し後、とある貴族が、後継を発表したらしい。
今は亡き前当主の長男アルフレド・ローゼン、赤髪で俺と同い年だ。
それと示し合わせたかのように、教会の生きた伝説である陽の枢機卿が養子をとった。
彼の名はルイ・ヴェルトラウム、時代の奇術の担い手と言われるほどの‘奇才’だという。
…あれから二年。
魔物の侵攻はゆっくりと、しかし確実に広まっていた。
勇者が復活したとなれば、ここ二、三年空きのあった聖女にも期待が集まった。
しかし、期待虚しく前代の聖女が死亡してから神石の結界は弱まるばかり。
魔王は闇の領域…ノクタヴィアにいると言われているが、どこにあるのか分からない。
噂では人ではいけない場所にあるとか、ずっと移動しているとか色々言われているけど。結局どうすれば行けるのかは不明。
きたる時が来れば神託が降りるというが、一向にその気配はなく、民衆は不安に顔を翳らせていた。
現状、勇者にもその皺寄せは来ていて、特に危険で誰もやりたがらないような仕事は魔王討伐の訓練として、彼女に回されている。




