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「しかし…奇術は詠唱や教典の信仰と…」
「ぶ、無礼者!!いつまで触っているのですの!さっさと離してくださいまし!」
「?…あぁ、すまないな」
カインが手を離すと、エリザベスは赤い顔のまま、怒った顔をなんとか維持しようと試みてみたが、眉だけを無理矢理顰めたような変顔になっていた。
「貴方は」
「エリザベス様?!先程の音は…」
何か言いかけたエリザベスを遮るように、半開きになっていた扉から、淡い水色の髪に灰色の目の少女が顔を出した。
カインと未だ赤い顔のエリザベスを驚いた顔で見比べている。
「あぁ、失礼…俺はカイン。今回の依頼説明の為に呼ばれた、SSランク冒険者だ」
そう言って、懐から金色のメンバーカードを取り出す。
「え、SSランク冒険者!?カイン様って…あの、『竜殺し』の?!…あ、し、失礼しました!」
彼女は慌てたように髪を撫でると、少しぎこちない仕草で礼をとった。
「私、サラと申します。つい最近までただの町娘でしたから、高名な方と聞いて驚いて…」
「『軍神が月を分かつ頃
空は赤く染まり 恐怖に怯えた夜は明ける
鐘は誰が為に鳴るか
窓を開けろ 賛美歌を歌え
灰から生まれた赤い星が 聖なる乙女を迎えに来る』…聖女誘拐予告か…」
達成難度不明。
成功報酬は破格の金銭…だが、それだけでは語れまい。彼らが求めるのは‘英雄’の称号だ。
「ふん…遅刻して来たくせに偉そうに仕切りやがってさ…」
‘魔物殺し’の異名を持ち、カインと同じSSランクの女戦士・ガルラ。背中に背負った無骨な大剣は、彼女の高い身長を超えるほどだ。その一振りは、山一つを割るほどだという。なんでも巨人の伝説が残る、北の山岳民族出身だとか。
「まあまあ、ガルラ殿。同じ依頼を請け負った者同士仲良くやりましょうぞ…ケケッ」
「アタシはあんたと馴れ合う気なんか無いけどね」
「おやおや…」
砂漠の国エル・ソノアに古くから伝わるという呪術。ボロボロのフードを顔が見えないほど深く被り、杖をついたこの老人。彼、ギギ・ギアは呪術に造詣が深く、有力者達の理由の分からない変死は、彼の仕業だと実しやかに囁かれており、知る人ぞ知る対人専用の呪い屋だ。
「断られてしまいましたな…勇者殿はどうでしょう?」
「…」
…目を閉じて壁にもたれ掛かる白髪の少女。
「…興味、ない。ただ…早く…」
彼女は自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。
灰の国から送られてきた聖女誘拐予告は国家最大の機密だ。すでにシンフォニアの城の深部にまで灰の国は手を伸ばしている。国として、結界を張る次代の聖女は死守しなくてはならないが、民の不安を煽ることは良しとしないのだろう。
今回の依頼は少数精鋭。竜殺しのカイン。魔物殺しのガルラ。呪い屋のギギ・ギア。聖剣を持つ勇者…。
今はギルドの最深部での顔合わせ。聖女も入れて簡素ながら高級なソファに座り、テーブルを囲んでいた。
「やれやれ…カイン殿、やはり我々は唯一の男同士。清い友情を築きましょうぞ…ケケッ」
「あぁ…」
上の空で答える。
「…?どうしました?」
サラがそれに気づいて、不思議そうに尋ねた。
「いや、軍神の月というからには月日を表しているのだろう…『軍神』…か…。そういえば、帝国の古語で『軍神』は『Martius』…確か3月を表していたな」
「へぇ。じゃあ『分かつ』ってのは?」
ガルラが興味を持ったように、少し身を乗り出す。
「あくまで参考としてだが。『月が分かつ頃』というのを単純にみれば月が割れる…半月という意味に思える。しかし、『分かつ』が、軍神と同じ法則であると仮定する。すると、『月を分ける』…つまり『Idus』は『月の満ち欠けを分ける』という意を成し、月を基準とした帝国の旧暦において、軍神の月を分かつ日は満月。つまり旧暦の3月13日か、15日…」
「アンタ、やけに詳しいね。帝国出身かい?」
「…あぁ、しがない錬金術師の息子だ。家は全部兄貴に押し付けて、飛び出した。今では冒険者になって明日の命も分からない、馬鹿な若造だ」
「へぇ。そんで今ではSSランク冒険者か。親御さんもさぞ嬉しいだろうね」
「あはは、ありがとう」
(どうだかな…)
父親の顔を思い出して、感慨に浸る。
(そういえば、もう何年も帰ってない)
「旧暦、3月13、15日…それ、何日後」
黙って聞いていた勇者がおもむろに口を開いた。
「そうだな、旧暦は新暦と10日程ずれがあるから…シンフォニアで使われている星歴は確か…」
暫く考え込んだのち、カインは言った。
「ちょうど二週間後だ」