プロローグ
力強い馬が地を蹴るたび、艶のいい毛並みが風に靡く。
周囲の人達は、土埃をたてる傍迷惑な通行人に、慌てて道の隅に逃げた。
通行人は、異国から来た旅人だ。腰にさしている使い込んだ2つの武器は、ここら辺では見かけない銃というものだった。顔をグルグルと覆うターバンは彼が砂漠の国に立ち寄った時貰ったものだ。そのターバンからはオレンジの明るい髪と、澄んだ赤の目が覗く。
肌は程よく日に焼けていて、彼のしっかりと鍛えられた体から、その性格が伺える。
彼は聖シンフォニア王国で一番大きな建物…マクシミリアン大聖堂の次、ローゼン公爵家のそのまた次にこの国で(つまり三番目に)大きな建物…国内最大のギルドで足を止めた。馬を降りると、目ざとく客を見つけた馬小屋の世話人がやって来た。
「旦那!馬の管理なら私オウムの羽休め亭にお任せを!今ならたった銅貨三枚でいちに…」
「よっと」
「!?」
「悪いが急いでんだ!それで勘弁してくれ!受取人はカインで!」
ピン!と投げつけられた硬貨を、世話人は咄嗟にあたふたと受け取る。
「…!」
世話人は手の中の金貨を確認して驚いた。
「だ…!旦那…こりゃおおす…」
彼は馬を残して、いつの間にか居なくなっていた。辺りをキョロキョロ見回すが、人混みでその姿は分からない。
カインはさっさとギルドの中に入っていた。
カインは待ち人の姿を探して、辺りを見渡す。
「ギルドは初めてですか?」
その姿がお上りさんにでも見えたのか、新人の受付嬢は張り切ってカインに声をかけた。
「初めて!?こりゃ面白えこと言うな!嬢ちゃん!!」
「…?」
アッハッハッ!と豪快に大笑いするカインに、彼女は眉をしかめる。
「あぁ、こりゃ失敬失敬…」
そう言ってグルグルと巻いていたターバンを外す。ゴソゴソと懐を漁って、金色に輝くメンバーカードを差し出した。
「俺は冒険者カインだ。見ての通り、これでもSSランクの冒険者でね。悪いがこちらのギルドマスターと約束があってな…取り付けてもらえないだろうか?」
受付嬢は彼の精悍な顔に好印象の白い歯を見せて笑う姿に見惚れたが、すぐにSSランクという言葉に慌てたのだった。
「これはこれは!お待ちしておりましたカイン様!!」
痩せているのに汗っかきなのか、白いハンカチで次々と頬に吹き出る汗を左手で拭きながら、男はカインに右手を差し出した。
「私がここのギルドマスター、リーマンでございます」
「どうも、知っての通り、俺はカインだ。よろしく」
「えぇえぇぜひに!!…あぁ、さっそく、奥へどうぞ」
待ち合わせの時間に半刻遅れてきたカインに過剰なほど下手に出るリーマンは、これでいて油断できない人物だ。この地位に就くために、一体どれほどの辛酸を舐め、また、味あわせてきたのだろうか。
奥の部屋…Sランクの指名依頼や、S Sランクの依頼の説明に使われる、ギルドの中でも高位な客人だけが使える特別な部屋だ。
今回の依頼は最近よく聞く魔人国が関わっているらしい。
5年前の、『港湾都市レヴィアタン消失事件』で一気に世界にその名を知らしめた魔人国は今では特別指定対策事項として、何人かの幹部は国際指名手配されているほどだ。
特に魔人国の王を名乗る『ヘレリィック』は、謎に包まれており、裏では彼…もしくは彼女についてどんな些細な情報でも、高額な取引が行われると言う。
ギルドのカウンター裏。その奥の応接室の更に奥の扉。リーマンがギルドマスターだけが持つ、マスターキーを差し込み、ドアが開く。
「さぁどうぞ、行き先は地下三階です。他の方々は1時間前にお揃いですよ」
聖シンフォニア王国ではまだ珍しい魔導具の一つ、ヴァルタ帝国からの輸入品である、《エレベーター》が開いた。
カインは促されて、一人で入った。
伝統を重んじる教会は魔導具の導入に難色を示しているが、革新的なものを受け入れやすいギルドでは、魔導具の受け入れはかなり進んでいるようだ。
ᗷ3の文字が点滅して、エレベーターの扉が開く。
廊下の脇には明るい光が豪華な装飾を映し出しており、その絢爛さは地下である事を感じさせない。
一番突き当りの扉についた。
扉に手をかけるが、その前にこちらに開く抵抗を感じて、咄嗟に身を引いた。
「……にならないですの!帰らせていただきますわ!!」
バンッ!!
「エリザベス様!!お待ちくだっ…」
「きゃあ!?」
どすん…、扉から出てきた何者かが胸に飛び込んできた。
「ちょっ…だ、誰ですの!?気をつけてください…ま…し…」
頭一つ以上うえから見下ろすと、ちょうど、こちらを見上げてきた、猫のような緑の目と視線がかち合う。
「俺は奇術に明るくないんだが、部屋の物音が一切聞こえなかったのは、奇術の一つか?凄いな!これを応用すれば、対人や魔物に…」
ブツブツと考え出したカインはこと戦闘に関しては勤勉だ。
「なっ…なっ…なっ…」
彼女、エリザベスは、カインがさり気なく自分の背中を支えるように手を置いているのに気づいて、一瞬で耳まで真っ赤になった。