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エピローグ

 その様は圧巻だった。

 何もない宙からロウの名を叫び現れた真っ白な少女は、そのままガラスの破片のように見える空間のかけらと共に落ちてきた。


「がっ…!!」


 聖剣すら取り出すことなく、下に落ちる時の威力を利用した蹴り一つで、少年を沈めた。


「殺す」


 少女は余計なことは他に語らず、相手を消すことだけを念頭に動いていた。

 それはもはや本能。

 地に足が着いたかと思うと、一切のラグ無く、少年を振り返り、腹の真ん中に拳を叩き込む。

 少年も予想していなかったわけではない。一発見事に頭に食らい、もしもの為の防御を突き抜け、自分にもダメージがあったことに驚いたがすぐに立て直し、体全体を奇術で防御していた。…が、それでも威力を殺しきれずに後ろに吹っ飛ぶ。


(なっ…!!今の、奇術を使っていない…素の身体能力!?バケモンかよっ…!)


 一度、二度、石を川に滑らせた時のように、飛ばされた少年の体がバウンドした。

 少年が止まるのも待たず、少女は地を踏み込んで一気に加速する。

 すぐに吹っ飛んでいた少年に追いつき、彼の浮いた体を勢いよく地面に叩き込もうとした…が、寸前に少年は体の向きを変え、少女の攻撃を避けた。


「チッ…」


 避けられたイラつきが漏れる。


 直ぐに少女は右手を肩の高さまで上げると叫んだ。


「聖剣!!!!」


 少女の呼び声に反応して、右手に集まった光は剣の形を成す。少女は無意識だったが、詠唱の補助無しで聖剣を呼び出せるのは同調率が最大限高まっている証拠だ。


 彼女は聖剣を両手で持ち、その最大限の力を込めて、右下に構える。


「っ、嘘、だろ…」


 少女の高められた力は、周囲の空間にも影響を及ぼしていた。彼女を中心に空間が蜃気楼のようにゆらりと揺れて渦を作る。


 パキッパキパキッ…。


 少女が最初に破った空間の亀裂が広がる。白い空間のかけらが雪のように宙から降り注ぐ。それは彼女の剣に集まった光を反射して輝いていた。


「くそっ…」


(この空間ごと…消す気か!?)


「『聖典の序、空廻の章、カドモリよ、我を守り給え。終、神理の章、地は天を支え天は地を育てる。カドモリよ、我を慈しみ、我に天の加護を地の祝福を…』…」


 少年は用いる防御の術をできる限り小声で、詠唱破棄を繰り返しなら早口に呟く。光る奇術の陣を何層にも張り巡らせ、少女の攻撃に備える。


(受け切れるか…?イヤ、無理だ。しかし逃げようと壊れかけた空間で転移すれば別次元に落ちるかもしれない…)


 どうすれば…。


 と、少年の目の前がくらりと歪んだ。


「…枢機卿!!オレは…まだ…!」


 少年はここには居ない誰かに訴えかけるように叫んだ。


 少女は彼の錯乱したように見える姿を訝しんで気配を探るが、瀕死状態のロウ、ロッド、目の前の少年しか探知できない。


 と、その時。


「!!」


 少年の体がゆらりと揺れた。少女は溜め込んでいた力を霧散させると、逃すまいと斬りかかる。


「…逃げ、られた」


 …少年の姿はどこにもなかった。


 やるせない怒りに少女が囚われていると、


「…ぅ……」


 先程の戦いが嘘のようにシン、としていた空間に響いた小さな声。掠れるような声だったが、少女はその声に反応して駆け寄った。


「ロウ…!!!」


 狼耳の少年に触れ、いつもはとても暖かくて安心する彼の体がとても冷たいことに、少女はなぜか、言い知れない恐怖を感じた。


 そうっと、そうっと、彼の体に両手を翳す。


「『聖典の壱、炎羅の章。壱とは有ありき損なうことはない。…壱の門のカドモリよ、彼に命の灯火を』」


ぽう…と、オレンジ色の光が起きる。いつもは暴走させてしまって使い物にならない奇術を、細心の注意をはらって扱い、彼の体を温めていく。


「勇者…ルイ…は…」

「ルイ?ロウ、傷つけた、やつ…?」

「おいおい…名前覚えてなかったのかよ…はっ」


ロウは笑おうとして、痛んだ肋骨に言葉を詰まらせた。


「…逃げ、られた…ごめん」

「なんで…謝るんだ?」

「殺せな、かった。ロウ、傷つけた、のに、アイツを…」


 きらきら、きらきら。


 綺麗だな…。


 朦朧とした意識の中、ロウはそらから降ってくる雪を眺めていた。ポツ…ポツ…彼の頬にあたって、溶けて、伝って、落ちる。


 紫の空から、落ちる雪を。


「いいんだ、いいんだよ…ルイが、生きてるほうが」

「ロウ…」


 少女は迷子のような顔をして、彼の顔を眺めていた。


「名前」

「え…?」


 少女はいつになく表情豊かで、素直に驚きを口にした。


「初めてあった時、教えてくれなかっただろ」


 少年は、こんな時に聞くことじゃないと思った。でも、こんな時じゃなければ、聞けないような気がしていた。


「今なら…教えてくれる気がする」

「…」


 少女は、一度紫の目を瞑って、それから何かを決意した顔で言った。


「ネージュ」


 たった一言。


「…っだよ、ボクの名は、ネージュ、ただの…ネージュ…」


 少年の体を覆っていた氷が全て溶けた。その水が、少年のからだを濡らしている。


「ロウ…」


 少女はそれを見て、腰につけていた布を外す。彼にそのフードをかけて、少女…ネージュは言った。


「風邪、ひく…」


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