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「ロウが…居ない」
聖剣との同調率を高める訓練を終え、一日の最期に部屋に帰った勇者は、直ぐに異変に気づいた。
「勇者様、」
側近の軍人が何か喋ろうとしたが、勇者には聞こえていないようだった。
「ロウ、ロウが、ロウ、ロウ…」
側近は苛つきを隠して、心の中で毒づいた。
(くそっ…あの魔人め…勇者は今が…)
不本意だが、仕方ない。
「勇者様、ご心配なく。直ぐにこのジエル、勇者様の御客人、探しだして見せましょう」
右耳のピアスに手を触れ、奇術を込めながら念じる。
『ジエル・サインより、全隊士に次ぐ。狼の魔人を見かけた者は、至急保護し、報告せよ。繰り返す、ジエル・サインより、全隊士にーーー』
そこは、広大で果てしなく、真っ白で何もない空間だった。
「ここ…は…」
「ここは空間の狭間だよ」
「!!」
後ろから突然聞こえた声に飛び退く。
「!?ルイ…!!」
「やぁ、ようこそ、オレの創った部屋へ。ここなら邪魔も入らない」
ニコニコと笑うルイの右手は、ぐったりとしたロッドを未だ摘んでいた。
「お前…!ロッドさんに何した!!」
「何もしてないよ〜ここでは存在するだけで一苦労なだけさ、アンタがなんの苦労もなく、立ってるほうが異常なんだけどね〜?」
どこまでが嘘でどこからが本当か分からない飄々とした笑みを浮かべて挑発するように言った。
「どういう意味だ…?」
「それを素直に教えてやる義理もないよね?さっきから質問ばっかでいい加減うんざりだし」
何でもない仕草で手をひと振り、警戒して構えていたにも関わらず、いとも簡単に俺の体は吹っ飛んだ。
「がっ…」
「まずはオレの質問。どうやってオレの場所を突き止めた?」
「…しょっ、少女に…ゾンネっていう人に教えてもらったんだ」
「へぇ〜あの人が。ていうかあの人、少女って歳じゃないんだけどね。全く…余計なお世話だ」
喋りながら近づいてきたルイは、ロッドを放り投げると、どういう訳か、床に張り付いて動けない俺の背中に右足を乗っけた。
「ぐっ…」
「さぁ、魔人。今度はお前だ。」
「…?」
どういう意味だ?
「聞きたいことがあるんだろ?オレの次はお前だ。何でもいいからいってみろよ」
どういうつもりで言っているのだろうか。しかし、ずっと聞けなかったルイの真意を探るには、丁度いいかもしれない。
「…ル、ルイは…」
ルイは、明るく快活な少年だ。魔人の話を聞くと、どんな大人にも突っかかっていっていた。理由を聞いてもはぐらかされ、ただ魔人のことを嫌っているとだけ言っていた。
「ルイはそこまで魔人のことを恨んでいたのか…?」
「くっ…」
ルイは俺の質問に、顔は見えないが、言葉を詰まらせたようだった。
「?」
「くくくく…」
ルイはその時、笑っていた。
「ふ、あははははははっ!それは愚問ってやつだね、ロウ兄」
「!」
ロウ兄、懐かしい名称。
「恨んでたか…?あぁ憎んでたさ」
ググッ…と、明らかにルイ一人の体重ではおかしい圧力がかかる。
「ぐぁっ…」
空間の狭間…とは結局何なのか分からない素材の床に、ヒビがはいり軋む。
「俺は魔人に母さんを、父さんを、弟を、妹を、 俺以外の家族全員殺された!!!」
俺には分かった。
「俺は、何で見逃されたと思う…?」
ルイは、泣いていた。笑いながら、泣いていた。
「協力したからさ、魔人に。俺が、信じて、騙された、ばっかりに!!!」
さむい…。
いつのまにか、手足の先が、凍っているのが分かった。
「あの頃の俺は無力で、愚かだった。今なら分かる。二度と騙されないと誓った時には…既に騙されていたんだ」
「…」
自分の吐く息が白い。背中の圧迫感は、無くなるどころか、増すばかり。いつのまにか止まっていた口の中の出血は、胃からせりだすような血に変わっていた。
「憎悪、嫌悪、憤怒、殺意…」
「…ぐ…」
凍結は、既に体のほとんどを覆っていた。
「…終わりにしないと」
「…」
「…俺の感情は、ここで、アンタと共に」
「…」
「ロウ!!!!」
ビシッ!!!
何もない空間に、亀裂が走った。




