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「イタタタタッ…!!痛い!痛いって!!」
「…」
「?!」
余りの痛みに、つい大声をだしてしまう。メイドは何もない空間から聞こえる声に、戸惑ったようにルイとその空間を見比べた。
「…一体誰かなー?姿を見せて?」
にっこりと、何も知らない人から見たら、天使にしか見えないような笑顔で微笑んだ。
「分かった!!分かったから!!」
解除…はせずに、姿を見せながらも、魔人とは分からないよう唱えながら姿を見せた。
「!?」
「…」
それでも、いきなり現れた人間に、驚くメイド。ルイは俺の正体に気づいているのかいないのか、メイドにここを離れるように伝えた。
「だ、誰か!曲者よ!!ルイ様の部屋に…!!」
しどろもどろになりながら廊下に飛び出すメイドに目もくれず、ルイは言った。
「…招待状は送ってないつもりなんだけどねぇ?ロウ兄」
「バレてたか…久しぶりだな、アルは一緒じゃないんだな…」
相手の出方を見ながら、アルの行方を尋ねる。
「アルは…そうだね。今は居ないよ。でもロウ兄は会わない方がいいんじゃないかな?バレてたっていうか、最初はイヤな気配を感じただけだよ、9割当てずっぽうさ。魔のものは騙すのが得意だからねー…奇術を使うものが最初に養うのは真贋を見抜く目だよ」
「…」
それでもバレたことは無かった…今までは。
謎の少女、ゾンネに至っては、気配どころか本当の姿まで分かっているような口ぶりだった。
なんだか、ルイと少し会っていないだけなのにまるで別人のようだった。
アルの居場所は濁されたし。
「…奇術…?奇術を学んでいるのか…?…いや、それより、俺が魔人だって隠してたこと謝る!アルは今は居ない、会わないほうがいいってどういうこ」
「…うるさいなぁ」
「…?!ぐ…ぁ…」
ルイが手をひと振りした。
たったそれだけの動作に見えたのに、俺の体は左の部屋の壁に押し付けられた。
「…う…」
衝撃に息を詰まらせる。
それと同時に、紐で結んでいなかったからか、フードが肩からパサリと床に落ちた。
治りかけの背中の傷が痛い。
奇術は神のおこしたと云われる奇跡のようになんでもできる術とはいえ、魔物や魔人…闇の領域のものにとって、それは毒だ。回復に使われる奇術はそのなかでも尤も闇の領域のものと相性の悪い神理の門を使うらしい。勇者がいつもの無表情で申し訳なさそうに話していたのを、なぜか今、思い出した。
…血の味が口に広がる。
飛ばされた拍子に噛みきったか。
ルイが近づく。フードがルイに踏みつけられているのをぼんやりとした意識の中見ていた。
「おおおお、お前!!誰か知らないがロウになにするんだ!!」
「ロッド…さん…」
「何これ鼠?」
ロッドは俺の耳につかまって無事だったみたいだ。ルイは親指と人差し指だけでロッドを掴む。ロッドは手足をバタバタして反抗している。
「ロッド…さんに…なにも…するな…」
なんとか立ち上がった俺を見て、ルイは面白そうに言った。
「人間だったら、背骨を折る気で飛ばしたんだけど。流石魔人、頑丈頑丈」
「おい!聞いてんのか!」
ロッドがキーキーと叫ぶ。
ルイがいつもの悪戯を思いついた顔で笑った。
と、その時、廊下をバタバタと何人もの人がこちらに向かってくる音がして、ドアが開いた。
ガチャッ!!
「ルイ殿!!ご無事です…か…」
使用人の通報を受けてやってきた隊士達は、鼠の魔人を摘んで、薄ら笑いを浮かべるルイと向き合う、部屋の隅でフラフラの狼の魔人に、戸惑ったように言い淀んだ。
「オレの部屋に魔人が出るなんてねぇ?枢機卿にチクッとこ〜っと!あぁ、そうだ。この魔人はオレが処分しとくね〜」
「ル…ルイ殿…」
戸惑ったようにルイに話しかける隊士の中で一番序列が高そうなもの 。
(処分…か…)
『ねぇ、ロウ。私、魔物と魔人がいるから、世界はおかしいと思うの。だから、ねぇ、あの時は言えなかったけど、魔人はお掃除すべきだと思わない?』
だって皆そう言うから、いい子の私もそう思うの。
彼女の炎に照らされた顔を思い出した。
彼女は普通より美しかったけど、その時の顔は何よりも醜悪に思えた。
「…」
「魔人よ、邪魔も入った事だし、場所を変えようか」
ルイは大袈裟に両手を広げて、大掛かりな術に、初めて詠唱を行なった。
「『聖典の序、空廻の章。零とは全ての祖であり子である。零の門のカドモリよ、我が呼びかけに応えその神秘の術を授け給え。狭間を歪め、我の望む場を創造せよ、空間創成』…さあ、これで終わりにしよう」
ルイを中心に、白い蜘蛛の糸のようなものが広がって、ロウを絡めとった。