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プロローグ

 神さまはお言いになりました。


 光あれ、と。


 神さまは光を良しとしました。そして光と闇とをお分けになりました。その時、人と魔物が生まれたのです。

 少年の灰色の髪を、優しい手が撫でる。それに耳をそっと伏せて、目を細めた。


「やっぱり眠いのでしょう?」

「ぜんぜん…」


 少年は重いまぶたをこすって、ひとつの小さな嘘をついた。それを見て、彼女はクスリと笑う。

  彼女は澄んだ声で、古い唄を小さく口づさんだ。


 人の子等は光の内に住まうよう


  魔の物は闇に住まうよう


 聖なる定めにより


 人の子の内選ばれし者には


  いざ力が与えられん


 その者勇者と呼ばれし定め


 光と闇 2つは対なり


  闇の内にも強大なるものあり


 そは魔王と呼ばれし定め


  勇者よ 汝は魔王を倒す務めあり


「…」

「すー」


 眠れない…と言って歌をねだったのに、少年はいつの間にかスヤスヤと眠っていた。彼女はそれを見てベット脇のランプの摘みを捻ると、そうっとドアを開ける。


 風に靡くカーテンに合わせて、揺れる青い月の光。それだけが少年の健やかな寝顔をいつまでも見守っていたーーー。


『…初代勇者は魔王に打ち勝ちましたが、勇者と魔王の闘いが終わることはありませんでした。


 神さまは勇者の力を目に見える聖剣に練り直すと、それを岩山に突き立てました。聖剣は大男数人で引いてもビクともしませんでしたが、ある幼い子どもが片手で触ると、それは簡単に引き抜けました。


 それからは、選定の儀で聖剣を引き抜いたものを勇者と呼ぶようになりました。


 ーーーそれが、何代にも続く、魔王と勇者の戦いのはじまりでした』


 ゴーン…ゴーン…。


 大聖堂の天辺、中央の時計塔の鐘が鳴る。二回鳴る鐘は、昼飯の合図だ。


「この、こそ泥!待ちやがれ!ぶっ殺してやる!!」


 魔物と人の子は、魔人と言われて光の領域にも、闇の領域にも受け入れられない半端な存在。


 ーーー俺もその魔人ってやつだ。


(誰がそんなん言われて待つかよ、ばぁか)


 心の中で()()を出しながら、街の中を駆け抜ける。

 今俺は、血走った目のパン屋のオッサンが、包丁をぶんぶん振り回して追いかけてくるのから逃げてるところ。


 聖都に近いスラム街は、中央にでっかくそびえる大聖堂のせいで昼でも薄暗く陰湿だ。けどここはスラムの中でも郊外に近いから、普通に明るい。聖都で食うほどの金がない貧乏な巡礼者や、ちょっとしたハズレ者達がよく来るからスラムにしては潤ってて、皆に活気がある。


 それでも犯罪が絶えないのが普通、つまりこんなの日常茶飯事なもんで、誰も俺を気に止めない。

 行き交う人々を縫うように走る。

 人混みから少し離れて、温かい四つの小さいパンが落ちてないか紙袋を確認して、フードを深くかぶり直す。

 オッサンはまだ諦めずにしつこく俺の後を着いてきてるようだった。

 よし、この角を曲がれば…。


 その先は行き止まりだった。


「…はぁ、はぁ、どこいきやがった、あんクソやろう…」


 しかしパン屋のオッサンは、キョロキョロと辺りを見渡して、俺を探す。当の俺は、悠々と屋根の上で分け前を配っているところだった。…あ、オッサン諦めて帰ってったな。


 パンを頬張りながら行儀悪く口を開ける。


「さっすがーお・れ!これくらいのこと、朝飯あとってことよ!」


 どやあ!と効果音付きで鼻高々に最近覚えたばかりの言葉を叫ぶ。


「…それを言うなら朝飯前だよ」


 よこからアルが口を挟む。アルは俺と同い年で、背こそ低いが目つきが(所謂三白眼というやつ)悪い。その割に行儀よくちょこちょこ食べるさまは可愛らしいが、バイト先の本屋で盗み見している本からの知識か、今では俺の間違いを指摘することが増えた。食べ終わったのか、俺をひっぱりあげるのに使ったロープを、いそいそと片付けている。


「ぷぷーっ!ロウ兄間違ってんのー!」


 …アルは悪気ないけど、コイツのからかうような言い方にはむかっとくる。


「…うっせぇ!」


 ゴチーン!


「いったーーーー!」


 ルイの癖っ気の金髪に俺の拳骨が炸裂した。因みにアルの髪はルイと正反対の真っ赤な直毛だ。…これは性格を表してんだろな。別に癖毛の人皆がって訳じゃなくて、特別にルイが捻くれてるっつーか…悪戯好きだ。


 アルがスラムでは珍しいくらい真っ直ぐだから、それに比べたら大抵のやつは捻くれてるってのもあるけどさ。


 もんどり打って悶絶するルイに満足して、さっきから俯いて座り込んでいる少女にもパンを差し出す。


「ほら、お前も食べろよ。食べねぇと、治るもんも治んねぇよ?」

「…」

「新入りが食べないならオレが…」

「お前は黙っとけ」


 またぶったーーー!と大袈裟に痛がるルイだが、調子のいいコイツのことだ、どうせすぐ復活する。


「…」


 新入りーー名前は教えてもらってないーーは、スラムのゴミ溜めみたいな路地裏で、血塗れになって倒れているのをつい一ヶ月程前、俺が見つけた。


 あんなところでそうなってるってのは大抵が自業自得で、そうじゃなくとも普段は一々構っていられないが、痩せこけているくせにそいつの目は諦めていなかった。それに何だか、惹かれるものを感じた俺は、なぜか抱え上げて家へと連れ帰っていた。アルとルイは凄く驚いていたけど、すぐにまた面倒ごと持ってきやがって…みたいな呆れた目に変わっていた。なんだかんだ、二人はよく面倒を見てくれた。


 最初の重傷は、治らないかもしれないぐらい深いものだったのに、あり得ないスピードで回復していき、今では殆ど完治している。


 …ルイとアルは、上手く隠しているが、そんな彼女をどこか恐れているようだった。いつも通りに見えて、ふとした仕草に滲む、自分とは違うものを見る目…。


 ーーー『………モノ…!!……死んでし…ばい…!!』ーーー。


 ふと響いた声を、首を振って消す。


「…ほら、食べろ」

「…」


 新入りを拾って、初めの頃、こいつは何も食べなかった。それでも根気強く…何がなんでも食べさせた結果、今では諦めたように、俺が渡したものは食べるようになった。


(…まだ自分からは食べないけど)


 今も、俺が絶対諦めないと知っている為、渋々というように手を伸ばす。

 初日に触れようとしたら手酷く引っかかれたが、最近は心を開いてくれた気がしてかなり嬉しい。


 しかし汚れた体を洗おうと思って服を脱がせたときは驚いた…。弁明する訳じゃないけど、なかなか見ない綺麗で中性的な顔立ちなうえ、ガリガリに痩せていたからパッと見男か女か分からなったんだって!


「新入り、随分ロウに懐いてるね。僕らは全く相手にしないのに」

「そうか?」


 アルはうん…と頷くと、腕を組んで左の指で右の眉を小さく引っ掻いた。出会ったときからの、アルが考え込む時の癖だ。


「ーー!ーーー!!」

「…ん?」


 全員で音のする方を見る。内容は聞き取れないが、スラムの人々が集まって、何か騒いでいるようだ。


「なになにー?なんか面白いこと??」


 案の定ルイが興味を持ったのか、騒ぎだした。行ってみよーよー!と、言って駆け出す。


「おい、一人で行くな!」

「へーきへーき〜♪」


 咄嗟に追い掛けようと思ったが、ぼうっと膝を抱え座りこんでいる新入りを視界に捉えて立ち止まる。


「…アル、ルイ頼むわ」

「分かった!…ちょっとルイ、待てよ!屋根の上走ったら危ないよ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる動きは、今にも滑り落ちそうで見てるこっちがヒヤヒヤする。ルイはあっという間に小さく結んだ後ろ髪が判別できないくらい遠くに行っていた。アルも俺の声を受けて喋りながら追いかけている。


「…ったく。…ん!ほら、新入り、お前も行くぞ!」

「…」


 俺の差し出した右手をじぃっ、と見つめて、いつまで経ってもつかまらない。ので、無理やり彼女の手を掴んでルイ達の後を追った。


 騒ぎが近づく。


 ルイが真っ先に着いていて、屋根の上から軒先なんかを器用に使って地面に降りていた。アルもそれに続く。俺は、新入りを連れて人混みに入るのは迷子になりそうで気がひけたので、彼女にここで待つように言ってからスルスルと下に降りた。


 上から見た時は、少し開けたような広場にぎゅうぎゅうに人が詰められていた。中央にステージのようなものや、それを囲む兵士の姿も見えたが、何が何だか、何も分からないままだ。


「な、おっさん。これなんの騒ぎ?」


 くすんだ髪色が多い中、遠目で少し見えた赤と金に近づいていく。ルイは早速誰かに話しかけているようだった。


「ん?…なんだ子供か。いや、俺も知らんが人が集まっていで!」


 キィイイイイイヤアアアアァァァ……!!!


 集まっていた人々は咄嗟に耳を塞いだ。むかむかするような甲高い悲鳴は直ぐに静まったが、それでも暫くは耳鳴りがするほどの大きな音だ。広場に集まっていた人々の話し声も止んだ。


「えー…」


 と、小さな何かが話しているような、鼻につく甲高い声が広場に響く。遠くのほう…ステージに立った人影は、金の薔薇があしらわれた箱に付いている、気色の悪い耳と唇のオブジェの横にいた。


「我輩はターカリー家32代当主の四男マルハナである。即ち、由緒正しき貴族というわけである」


 マルハナとかいう太った貴族は、くるくる巻いた変な白い髪をしていて、赤と金を過剰なほどあしらった服を着ていた。左手を後ろに回し、背中をピンと伸ばしていてめちゃくちゃ偉そうにしている。空いた右手で口の上のくるんと巻いた髭を伸ばしたり離したりを繰り返しているのがやけに目につく。


 マルハナは勿体ぶった仕草で、喋った。ただ普通に話しているようなのに、その声は広場全員の耳に届く。不思議に思ってよく見ると、マルハナの首に横倒しになった赤い陣が浮き出ていた。


 それに、マルハナが喋るごとにあの気色悪い唇が、まるで生きているように動いている。


「ふぅ…とどのつまり、我輩はこのような掃き溜めのようなところには、本来立ち入らない神聖な血筋というわけですな」


 あの唇のお陰で大きな声になっているようだ。

 にしても…。


(…やなやつだぜ…)


 俺の思いが通じたのか、ポーンと、バナナの皮が宙に飛ぶ。それを皮切りに、集まった人々からゴミと罵声が次々と貴族に飛んでった。


「クソ貴族め!!何もしない癖に税金ばかり毟りやがって!!」

「豚野郎!どうせカツラの下はハゲてんだろ〜!」


 いい気味…とか思っていたけど、マルハナには、そのどれも届かなかったみたいだ。オッサンを守っていたドーム状の風が消える。すげ…あれが貴族と教会の奴らしか使えないっていう奇術なんだろうな…。


「ふむ。我輩は寛大ゆえ、このくらいは見逃してやろう。しかし、我輩が寛大でなければ、ここにいる全員の首が飛んだであろうな。我輩は大神官様からお前ら屑共の命より大事なお言葉を承っておる」


 スラムの人々は水を打ったように静まり返る。マルハナはその、人々より何段も高い台から人々を見下ろすと、大儀そうに口を開いた。


「聖王は仰られたーーー三日後、選定の儀を開始すると」


 選定の儀…勇者の資格を持った者が、世界に居るんだ。


 ここ約百五十年くらい、勇者は現れず、魔物はのさぼっていて、人々は日常を過ごしながら、いつもどこか不安とともにあった。しかし、それも今日で終わりだ。


 マルハナはバッ!!と両手を広げると、くさい演技で叫んだ。


「選定の儀は、十代~三十代の若者なら、育ちも生まれも問わんぞ!お前らには必ずとは言わん。しかし受けたいものは好きに城へ赴くとよい!」


「選定の儀…」


 誰からともなく呟いた。

 シン、とした沈黙がおちる。ここは俺達の家。ゴミ捨て場から拾ってきたトタンや木片なんかを集めてきて、アルの言うとおりに組み立てた。


 布をかけただけの玄関とか、使い古したテーブルとか、アルが拾ってきたボロい本を詰め込んだ棚とか、どれもお世辞でだって綺麗とも大きいとも言えない。

 けどスラムに来てから今までずっとこの家に棲んでる、思い出の詰まった家だった。


 聖都の華やかさからも、スラムの喧騒からも離れたここは、夜になると明かりの一つもない。だけど暗闇に慣れた目は、月と星の明かりだけでも充分すぎるほど、部屋の様子を映し出す。新入りは暗闇のなか紫の目をかっぴらいて隣に横たわっている。ルイは不自然なほど寝返りをうってるし、アルはこちらに背を向けているけど、長い付き合いの俺には寝てないのが分かった。新入りはともかく…興奮から誰も眠れないのだろう。このままでは誰も眠る様子がないし、布団からでて窓の外を見つめる。


 ーーー教会の戒律ってのには夜の外出は控えるようにとあるけど、聖都は闇を受け付けないかのように夜でも煌々と光を放っている。犯罪を行うのに夜は絶好の時間帯だ。だからか、聖都の近くにあるスラムも華やかさこそないが、眠らない街だ。聖都のど真ん中にそびえ立つドデカイお城ーーー元は何もない岩山だったが、聖剣を隠すかのようにそこに馬鹿でかいお城ーーーーーマクシミリアン大聖堂を聖王は立てた。その大聖堂は、聖都を囲む山や海の向こうからでも見えそうなくらい大きい。


「あの城にー…眺めるだけしかできないとこに、行けるんだよな…」


 思わず本音がポツリと溢れる。

 すると、ルイが布団を跳ね除けて、凄い速さでやってきた。


「そうだよ!やっぱロウ兄も気になってたんだね!行こうよ!!…奇術も、もしかしたら…つかえるように…」


 ルイは最後ら辺を、どこか決意をこめた表情で呟いた。

 …新入りにも聞いてみよう。アイツ残していったら餓死しそうだしな。


「なぁ、新入り、お前も行くよな…?」

「…」


 彼女は天井を見つめたまま動かない。こういうときは、どっちでもいいってときなので、新入りも行くとして…。

 と、その時、アルがのっそりと上半身を起こした。


「…アルは、どうしたい?」

「…僕は…」


 アルはいつもと少し違う感じがした。


「…僕は、やめたほうがいいと思う」

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