奇獣の宴
どうも、過激な表現に挑戦し始めました、霞弐屍兎です。
今回から本題に入るということで、残虐表現が含まれ始めるので、苦手な方は注意を……、とりあえず、バイオハザードかサイレントヒルを普通にプレイされる方なら大丈夫かと思われます。
ちなみに、脈略なしに視点が入れ替わるのは仕様です。だからちょっと読みにくい点が生じるかもしれませんが……。
今作もテスト勉の合間を縫って、その上後半は夜中に仕上げたものなので、誤字脱字不適切な表現、及び理解しにくい表現があるかと思います、特に戦闘シーンなので;
もし発見されましたら、「駄目だなー」なんて苦笑いしつつ報告してくれるとなー、と思います……。
「……!?」
遼太は唐突に覚醒し、いつしかと同じようにガバッと上体をバネにあてられたかのように起こして──誰かの額に思いっきりその額をゴツンッとぶつけた。
「いったぁっ!」「いったぁ……!」
それぞれ額をおさえて、蹲り悶え始める。祥吾はそんな遼太と凛を半眼で見やって溜息をつく。
「そこまで心配する要素じゃないだろうが……全く」
「む……そんなんわたしの勝手でしょ」
凛は遼太よりも早く立ち直って、脛を地面にあてるようにして座り上目で祥吾を潤んだ瞳で見上げる。それが彼女なりの睥睨である。
二人は今、黒いコートを着ていた。闇に溶ける、そのコートは二人が同志であることを示している。
「……あれ……ここは……?」
遼太もようやく自分の置かれた状況に気づいたようで、疑問符を傾けながら周囲を見渡している。
既に日は落ち、夜になっている。そんな視界の効かない中、確認できるのは地面が多少湿っていることと、周辺がとても広い土地になっているということだけ。
「涼属高校、お前の通ってる学校だ」
祥吾がその疑問に答えた。遼太は、そこで初めて祥吾の存在に気づいたようで、祥吾の方を向いて、一瞬後驚愕に満ちた顔になる。それを見た凛は面白げな笑みを浮かべた。
「この人は竹中祥吾君。あなたと同じ高校一年生かな。ちなみにわたしも」
「い、一年ッ!?」
遼太は驚愕の意を具現化させた。それを見た祥吾はげんなりとする。無理も無い。百八十五オーバーの大男である。時折、プロレスラー云々のスカウトが来るくらいである。自慢にはなる体型であるが、一応彼は彼でコンプレックスとしているようだ。
「まぁそういうことだ……もしかしたら、このまま同業者になるかもしれねぇから、覚悟はしておけよ」
「か、覚悟……?」
「んもぅ。脅しちゃ駄目だって……」
凛はそれから、その涼属高校の校庭を見回した。
東京ドーム二個分の広さを持つ、という点が自慢なこの校庭は、その肩書きどおりかなりの広さがある。照明も完備されていて、私立にしては大分豪華な環境である。だが、その分校庭はこれしかないのだが。
凛達が居るのは、その校庭の隅、樹齢百年を迎えるマツの木の下である。無論無許可なので、照明はついていない。学校敷地外にある街灯の光が気休め程度に照らしているだけである。
遼太は戸惑いを隠そうともせず、不安げにきょろきょろと周囲を見回している。それも無理は無い。今日学校帰りに凛に右腕をもがれてから半日以上眠っていて、更に終着点が夜の学校というのだから、混乱するのは当然である。
「な、え?なんで此処に居んの?これから何を……」
「その『義手』が本物かどうか調べるためにここにきたの」
「え……?」
遼太はその要領を得ない回答に、一層疑問を深める。
「ぎ、義手……?」
「……そら見ろ。あんまり乱用するもんだから、記憶が飛び飛びになっちまったじゃねえか」
「……だって暇だって言うから……」
混乱が一層増した遼太を見た祥吾が、そう凛を窘めると、凛はいじけたように下を向いてしまった。ちなみに遼太は暇だとは言っていない。
祥吾は未だに尻をついたままの遼太に視線を向けると、語りかけるように言った。
「いいか、お前のその右腕はお前のではない。よーく作られた機械じかけの義手だ。それは分かるか?」
「…………あぁ」
遼太は記憶を掘り下げるようにじぃっと考え込んで、やがて合点がいったのか頷いた。
「だが、精巧すぎて……というか、それもあるが、実を言うとそう言うタイプの『義手』なら、上手い奴ならすぐ作れちまうんだが、お前のはその量産品とはまた違った『亜種』である可能性があるってんで、その検証にここに来たわけだ。分かるか?」
「……微妙」
「簡単に言っちゃうと、本物か偽者が確かめに着たってこと」
凛がそう付け加えると、遼太は納得がいったように顔を引き締めた。だが、疑問がまた発見されたのか、すぐに怪訝そうな顔に戻る。
「んでも何で学校に……」
「それはすぐ分かる。だが、俺達の口から言うのは無理だ。禁則事項云々が絡んでくるからな……」
「はぁ……」
祥吾は顔を微塵にも変化させず、そう言うので、遼太は引き下がらざるを得なかった。
やがて、寡黙の時が訪れたので、遼太は自分の右腕を見下ろしてみた。どう考えても自分の、生まれたときから備わっていた右腕としか思えない。触ればきちんとその感触が伝わってくるし、抓れば痛みも感じる。指や肘も滑らかに動く。手首付近を触れば脈も感じることができる。
だが、凛や祥吾は冗談でそんなことを言っているわけでもなさそうだ。だとしたら、この義手は人間の技術の範疇を大きく逸脱した、革新的な技術を詰め込んだものである。そして、それを抱えて常用していることに気づかずに遼太は日常を過ごしていたことになる。
──だが、これが量産されている、というのに引っ掛かりを感じてならない。それはこの世界に、遼太と同じようにこの義手を気づかずに常用している人間が、多数存在しているということなのだろうか。だとしたら、誰がそんなにその義手を作っているのだろうか。何故、人々に流用させる必要があるのだろうか。
そして、この自分が装着しているこの『義手』──『亜種の義手』とは一体何なのだろうか。
凛や祥吾が言うには、遅かれ早かれ分かるとのこと。一体、どんな方法を取るのだろうか。第三者を待っているのだろうか。何か特殊な出来事でも起こるのだろうか。異界への扉が現れる、とかそういうファンタジーのようなことが起きるのだろうか。
遼太はそこまで考えて、思考の逆流を抑えた。これではきりが無い。そのことに関することを考えると、緊張が昂ぶってくる。このまま、得体の知れない何かに押しつぶされてしまいそうだったから。
改めてみると、この周囲は恐ろしいほど静まり返っている。車のエンジン音はおろか、動物等の鳴き声も聞こえない。
いや、この静けさは異常だ。
「……?」
悪寒が背筋を走りぬけた。『何か』良くないことが起きるような気がしてならない。
じり、と凛が身動ぎした。祥吾が彼女を見やる。それから物憂げな表情を見せて頷いた。
その数瞬後、静けさの中に轟音が飛び込んだ。草木を揺るがし、地面に罅を入れ、鼓膜をつんざき、悲鳴を上げたくなるほど禍々しい、何かの咆哮とも取れる轟音。遼太は知らぬ間に耳を両手で塞いでいた。
「やっぱり来た……」
「良かったなっ! これでお前も俺達と『同じ』だ」
同じ?
疑問を問い掛ける暇も無く、凛と祥吾は駆け出した。轟音は数秒前よりは大分小さくなっている。
遼太は耳を塞いでいる手を退かせて、その轟音がした辺りを見てみた。
そこには、空間をそのままカッターナイフか何かで切裂いたかのような切れ目が出来ていた。そこから、狭い隙間にその体をねじ込むようにして、『何か』が這いずり出ようとしている。
「そこから動いちゃ駄目だからねっ!」
そんな凛の声が聞こえてくる。
「動いちゃ駄目って……えぇっ!?」
そう言う彼女は、その空間の裂け目に向かって走っていっている。無論、遼太はそこから動く気は無い。だが……
(『同じ』って何だよ……)
コンクリートの固まりが落ちたような、凄まじい音がした。遼太は混乱しつつも、その方向に視線を向けると──そこには信じられないものがあった。
まず、遼太はそれを初めて見た。
丸い、みかん箱大の大きさの頭部に、禍々しく尖った顎、そして、その頭部の側部に二つと中央に一つある、赤い目。絶え間なくぎょろぎょろと蠢いている。そしてその頭部に、少し太めだが柔軟性がある長い首が繋がっており、その先に胴体と思しき管の集合体があった。そこから、鋭い鉤爪を備えた四肢が伸びている。そして、その全身は動物の皮を剥いだ時露出される筋肉の色と酷似していた。
精神衛生上、良くない生物が今、遼太の目の前に居る。エイリアンと揶揄されてもおかしくない、グロテスクな容貌を持つ、手足が無闇に長くなったトカゲの様な生物が……。
凛は『それ』を一瞥すると、黒コートのポケットから、ナイフを取り出した。コンバットナイフよりも小さいが、ダガーよりは大きめのナイフである。
そして、それで試し振りをするかの様に空を一薙ぎする。
ヒュンッと、空気を引き裂く音がした刹那、そのナイフが膨張し、巨大化し始めた。そして、瞬く間に銀色の刃を持つ大剣になる。
凛はそれを見て不敵に微笑むと、その大剣を両手で握りなおしてその『何か』に突っ込んでいく。
『それ』は自分の命を狙わんとする、凛の存在に気づくと、それを叩き潰そうと右前足を振りかざす。凛は大剣を持ち上げて自分の顔を隠すように、その一閃を防いだ。ガギィンと、鈍い金属音が鳴り響く。『それ』は反動で体を反らした。凛は間髪入れずに地面を蹴り、その懐に潜り込むと、その管の集合体である胴体の腹部に当たる部分に斬撃を加える。腹部はぱっくりと割れて、黄と赤の入り混じった体液が噴出した。『それ』が身悶えするように、鋭い咆哮を上げる。
それと同時に、『それ』の頭部に鈍い衝撃が走り、大きくその巨体が揺らいだかと思うと、そのまま広大な校庭の地面に崩れ落ちた。その傍に何かが着地する。祥吾だ。
「ふぅ……ありがと」
凛は大剣を小脇に抱え、額の汗を黒コートの袖で拭いながら、そう言った。腹を引き裂いた数瞬後に、祥吾が三つの目玉が躍る頭部に飛び蹴りを喰らわせたのだ。
「……まだだな」
だが、祥吾は油断無くその倒れた巨体に目をやる。先ほど凛に裂かれた腹部からは、でろんと赤黒い臓器のようなものがはみでて、うっかり触ると焼け爛れそうな赤黒い液体がどくどくと溢れ出している。
「……なんかいつものよりもタフだね」
「……よっぽどあれがお宝なのかもな」
やれやれといった感じで、凛が大剣を持ち直す。両手で持ってやっとこさ運べるだけのサイズである。それを木刀と同等の扱いをするのだから、疲れるのが当たり前なのである。
そんな剣術を旨とする戦い方をする凛に対して、祥吾はその体、体術を旨とした戦い方をする。それ故、その体にかかる負担は凛よりは軽い。
『それ』は這いつくばるように屹立すると、腹が割れているのにも関わらず、凄まじい咆哮を上げた。それの影響で、遠くはなれた校舎の外装がばらばらと剥がれ落ちた。
「あ〜ぁ……」
それを見て、凛は落胆の声を上げる。
「……面倒くさいなぁ……」
凛はそう呟くと、一歩前に踏み出す。飛び石を踏むように、タッタッとステップを踏むように、『それ』に近づいていく。
それを見た祥吾は凛とは反対方向、遼太の元へと走っていく。『あれ』は『いつもの』とは違う。凛の一撃を喰らっても尚、抗う態度を見せる『ああいうの』と戦闘するに当たって、第三者が半径一キロ以内に居るのは非常に危険なのである。
だから、『確定』したものの何の効力を齎さない遼太はやはり第三者扱いである。とあれば、避難させるのは定石。それならば、動きの遅い凛よりも、装備の無い祥吾が避難を促すのは当然なのである。
「おい、少しマズイ。逃げるぞ」
祥吾は遼太のもとに着くなり、必要最低限の情報を遼太に与えて、逃走を促す。
「え……でも……」
「大丈夫だ、あいつなら、一人で。下手な心配すると、お前だけここで浄化されることになるぞ」
「じょ、浄化!?」
祥吾のいささか乱暴で過激で誇張された表現にビビったのか、遼太は大人しく祥吾に従うようになった。
「本当にコイツなんかな……」
と、祥吾は聞こえないように呟くのであった。
右からの打撃を片手で持った大剣によって弾くと、それに費やした労力の代償を払うのを避けるべく、打撃を受け流した方向に跳び、剣の柄を両手で握りなおしつつ、『それ』の真横に回りこむ。斬撃。ロープが千切れるような音がして、『それ』の右後ろ足がその体から乖離された。それを見て、凛は安堵の溜息をつく。足を一本失えば、大抵の動物は平衡感覚を失って崩れ落ちる。あとは崩れ落ちたところを狙って、首を断ち切れば……。
だが、そんな期待は風の前の塵の如く飛び去る。
万力で卵が潰されたような音がしたと同時に、『それ』の胴体を構成していた管が一部から分裂し、それがまた足となった。足の代理が幾らでもあるのだ。
それを見た凛は瞠目せざるを得ない。──こんな『奴』は初めてだ。
その一瞬の隙をついて、凛の頸を斬首せんと『それ』が首を伸ばしてきた。その死神の様な獰猛な顎を限界まで開いて。
咄嗟に凛は大剣を振り上げた。それは丁度、その顎に向かって大剣の刃を突き出すような形になる。
だが『それ』の顎の勢いは全く衰えず、そのまま大剣の剣刃をがっちりと捉えた。そして、そのまま全体重をかけて圧してくる。
凛はそこで初めて戦慄を覚えた。目と鼻と先には、限界まで見開かれた三つの赤い目と、人体など三秒もせずにみじん切りになってしまうであろう禍々しいほど鋭い顎が迫ってきている。
無論、凛にここで死ぬ気など更々ない。寧ろ、ようやく骨のある刺客と出会えて、喜んでいるようである。
凛は自分の体重と大剣の重さ全てをその顎掛けた。『それ』の目玉が動揺したようにギョロギョロと目まぐるしく回転し始める。いい気味だ。
やがて、凛は大剣に更なる力を加える。『それ』の顎がぎちぎちと限界が近いことを告げる。
その細胞が裂ける音を聞いた凛は……黒いコートに隠された脚を思いきり振り上げた。その学校指定のローファーは、そのまま『それ』の喉もとに突き刺さる。『それ』は、大剣の刃を擦るようにして、首を跳ね上げた。
凛はその隙に横に跳び、警戒も障壁も何も無くなったその首元に大剣を叩きつける。カンッと、金属を叩いたような音がすると、僅かに大剣の刃が『それ』の頸に食い込み、血飛沫を上げる。
異常すぎる硬度を持っていることに凛は素直に驚嘆の表情を漏らしたが、物怖じせずに刃が刺さったまま、皮を剥ぐように胴体に向けてその刃をスライドさせる。凛が大剣を地面に叩きつけると、はらりと鉄の布の様に硬い皮と、数本の管が同時に地面に落ちた。『それ』は短い咆哮をあげる。
凛はそれを悲鳴と受け取り、トドメを刺すべく、その大剣を大きく垂直に振り上げた。そして、それを振り下ろそうとした瞬間、最初に切裂いた腹部から何かが飛び出した。赤い薄く楕円形をしたそれは、獲物を捕らえる槍の如く恐ろしい速度で凛に向かっていく……が、凛はギリギリで反応して、振り下ろしたその大剣でその舌のようなものを薙いだ。ゴム風船が裂けるような音がして、その舌の先端が切断される。
だが、『それ』にとって、内部に備え付けられた不意打ち用の臓器はどうでも良かったようだ。その隙に体勢を立て直すと──その左前足の中ほどを凛の脇腹に叩きつけた。
「ッ……!」
声も無く凛は吹き飛ばされ、夜の校庭を転がる。全ては想定の範疇を大きく超えた出来事だった。所以、受身もままならずに幼子の様に吹き飛ばされる羽目となる。更に、その突き飛ばされた拍子に大剣を取り落としてしまった。今は、『それ』のすぐ傍に転がっている。
更なる追撃を覚悟していた凛は、転がりつつも体勢を上手く立て直すことに成功した。そして、『それ』の現状を確認すべく、その辺りの方向に視線を巡らせたが……、一向にやってくる様子が見られない。それ以前に、気配が感じられなくなった。あの様子からすれば、致命傷を与えていないはずなのだが──。
凛は周囲を油断無く見渡した。大体二十メートルほど吹き飛ばされただろうか、それでも大した距離は稼がれていないはずだ。
「……ぁ……」
凛は唐突に何かに気づくと、慌ててコートのポケットから携帯を取り出した。さっきの衝撃でも壊れなかったらしい。ディスプレイは正常に明るく光っている。
素早く操作を行うと、それを耳に押し付ける。非常に切羽詰った感じだ。
「もしもし……、竹中君……? ──ごめん、そっち行っちゃった……」
「ハァッ!? マジかよ……」
祥吾は携帯を握り締めて、そう唸った。隣では遼太が不安げにそんな祥吾を見上げている。
祥吾は、やがて携帯を切ると、遼太に向き直った。夜目でもわかる、大分まだ混乱が残っているようだ。
「……お前はやっこさんにとって、とんでもない存在らしいな」
こんなパっとしない奴がなぁ。




