宴の準備
どうもです。第二話も読んでくださって光栄です。
比較的急ぎで仕上げたものなので、大分劣化している部分もあります。
誤字脱字があったり、不適切な表現があったら、報告してくれるとありがたいです……orz
「!?」
遼太は唐突に目が醒めて、ガバっと左腕と右腕を使って上体を起こした。そして、周囲に視線を配る。
そこは学校の使われていない教室、という表現がピッタリな、暗くて湿っぽい部屋だった。遼太は、硬くて白いシーツが無造作に敷かれているベッドに寝ていたようだ。その位置から、その部屋の中央辺りに集会机というか、そんな大きな机が置いてあり、隅には意味ありげにダンボール箱が積まれていたりする。
遼太は混乱した。何故、僕はこんな所に居る? 昨日は、少し帰りが遅くなって、一人で帰っていたら、突然襲われて……、
「襲われたんだっけ……襲ったんだっけ……?」
後者は遼太の性格からしてありえないが、少しばかり記憶が歪んでいるようだ。詳細を思い出せない。何か重大な、何か、何かが起きたような気がするのだが。
そんな時、ガラリ、と扉が開くような硬質な音がして、誰かが入ってきた。
「あ、起きた?」
遼太と同じ学校の制服を着た少女だった。滑らかな流れるような長黒髪に、気圧しが得意そうであるが純粋さを含んだ瞳に、見栄を張ったような童顔。同じクラスに居たら、否応無しに意識してしまいそうな少女である。そして、その手にはコンビニのビニール袋。
「……?」
そんな少女を見て、遼太は首を傾げる。どこかで逢ったような気がする……。
「大丈夫? 道でいきなり倒れるもんだから……びっくりしちゃって。とりあえず、家に運んできたんだけど」
思い出した。昨日どっかの道ですれ違った少女だ。あれから、記憶がはっきりとしない。気づかないうちに、変な病気にかかっているのかもしれない。こんな事は初めてだ。
「倒れた……のか。それはどうもありがとう」
とりあえず、礼を言っておく。
すると、その少女は驚いたように目を丸くすると、さっと遼太からその表情が見えない位置に視線を逸らした。
「そ……そんな大したことじゃ……」
「ん?」
「わ、わたし北馬凛って言うの。うん、あなたは?」
「え……? 佐貫遼太」
「サヌキさんね。うん。ありがとう」
凛は取り繕うようにというか、無理に圧すように会話を断ち切ると、足早に遼太の傍に歩いていくと、ビニール袋を開いた。ばらばらとばら撒かれるその中身。湿布、栄養剤、消毒液、ナイフ、注射器、精神安定剤……。
「ちょ、え……何か物騒なもの入ってない?」
慌てて遼太が突っ込みを入れると、凛は訝しげな表情を見せた。
「え……あ、そうか」
すぐに納得がいった表情になると、ぱたぱたと隅に重ねてあるダンボールに駆けていくと、その一つを開いた。そしてその中のものを取り出す。白い布に包まれていて、細長い棒状で途中で少しだけ折れている。
凛はそれを持って、再び遼太の傍らまでやってきた。
「うんと……、ちょっとショッキングかもしれないけど、ちゃんと理解してね」
「?」
凛はすぅっとその腕を伸ばすと、遼太の右腕を突付いた──
「ぇっ!?」
それと同時に遼太の体は半分の支えを失って、ずどんとベッドに滑り落ちた。
「それはちょっと貸し出してただけ。あなたの本当の腕はこっち」
凛は当たり前の様に言って、その手に握られているものにかかっている白い布を取った。それを見て、遼太は瞠目した。
それは、既視感のある人間の右腕だった。肘辺りに白みを帯びた紫に光る球体が宿っていて、もはや現実のものとは思えない、非常識な気配を漂わせている。
「本当の腕っていうのもどうかと思うけどね。これは義手みたい」
「ぎ、義手?」
ショッキングと自称しておきながら、平然と凛は言った。遼太はその態度にも戦慄を覚える。
「ちょっと話すと長くなるから、今は何もいえないけど、まぁ生まれつきあなたの右腕は正真正銘のあなたの右腕では無かったってことかな。いわゆる、五体不満足って人?」
凛は懇々と説明しながら、何かの準備を始める。
遼太の着ているYシャツを脱がせて右腕が根こそぎ奪われている部分を露出させて、その辺りに消毒液のオキシドール(凛はあくまで普通の女子高生である)を塗りつける。そして、ナイフで何かを削ぎ始める。
「な、何してるんの……」
感覚神経が狂っているのか、全く痛みを感じない。だが、自分の体に妙なことをし始めた凛にそう訊くのは人間として当然である。
「義手の接合。わたしが切っちゃったからね……」
「切っちゃったって……こんなグロい光景見せるんなら、僕が目を覚ます前にやっておいてくれても良かったんじゃないのか?」
「そのつもりだったけど、わたしがこれに必要な道具仕入れに行ってたらあなたが起きちゃったの。大丈夫、そんなに痛くないから」
痛みは超越しているから、そんな心配は無用だ。
やがて、凛は義手を持ち、座り込んで遼太と同じ目の高さになった。遂に義手の接合が始まるらしい。
凛は義手の接合部と、遼太の右腕の関節を合わせると、ぐいと押し込んだ。遼太の右肩に、なんともいえない衝撃が走る。
「はい、終わり」
凛はそれだけの作業をすると、それだけ言って立ち上がった。もっと大掛かりなことを想像していた遼太は、意表をつかれて呆然とする。
「へ……?もう終わり?」
「え?うん。動かせるでしょ?」
遼太は試しに右腕を動かしてみる。確かに動く。左手と全く変わらない感覚で動く。
「こ、こんな簡単なのか……?」
「常識で考えないでね。本当の義手とか義足とかはそんな容易に動くはずが無いからね」
ということは、既に遼太は非常識な存在らしい。さりげなくそういう肩書きを与えられたことに、遼太はショックを受ける。
だが、そんな当然の様に彼女は語るが、遼太には不明な点がたくさんある。
「こ、これは何なんだ? 何で君は僕のこれを切り取ったんだ?」
既に仕事を終えた、といった感じでパイプ椅子を引き摺ってきてくつろぎ始めようとした凛にそう問い掛けた。いきなり話し掛けられた凛は、少し驚いた様子で遼太をみると、瞳をくるっと回した。
「今はちょっと説明がしにくいの。後でまた説明するから……」
「後でっていつ?」
「後で……夜かな?」
「夜?」
「そ、夜。こっちにもちょっとばかし都合があるの」
「都合ねぇ……」
遼太がそう言って黙ると、今度は凛が話し掛けてきた。疑問形ではないが。
「それさ、どう触ってもどう見ても、人間の腕に見えるよね?」
「見える。というか、僕の腕だろう?」
「だから、正真正銘ってわけじゃないの。それよくできた機械だもの」
「機械?」
遼太は反射的に自分の右腕を見下ろした。不気味な紫と白の混合光は既に消えている。だが、それを差し引いても、これが機械とは到底思えない。感触から体温、使い心地まですべてにおいて、何億もの細胞が集まって出来た腕にしか感じられない。
「そう、だから非常識なんだよね」
「全く……非常識だ」
遼太は溜息をついた。どうせなら、これも夢であって欲しい。というか、夢である要素が多すぎる。さっさと醒めて欲しいところだった。
「それで……僕はいつ此処から出れるんだ?」
「ん?寝てていいよ」
「寝てろといわれてもね……」
そんなすぐに寝られる体質が羨ましいというものだ。たったさっき、自分の出生に関する驚愕に値する秘密を暴露されたというのに、その不安を抱きかかえながらすぐに夢に戯れる行為ができるというものか。
そう言うと、凛はなるほどといった表情で頷くと、立ち上がって遼太の方に寄ってきた。
「うーん、確かにそうかもね。そんじゃ寝かせてあげる」
「はぁ、そりゃどうも……って寝かせる!?」
遼太はぞっとしたような声を上げた。すると、凛が不機嫌そうに眉を吊り上げる。
「えぇ、駄目なの?」
「……いや、どういう風にやるのかなぁ〜って……方法を教えてくれれば……」
「単純に、こうやって……」
凛は人差し指を突き出すと、ちょいと遼太の額を突付いた。刹那、活力が見えないなにかに吸収されるかのようになくなっていき、瞼が急激に重くなる。視界がぼやけて、体中の筋肉に力が込められなくなり、音も無くベッドに体が沈んだ。
遼太が寝付いた直後、再びドアが開かれた。別にそのあけた人物が合鍵を持っていたわけでもなく、ただ単に鍵が掛かっていなかっただけである。不用心である。
「あ、竹中君。やっときた」
「悪い悪い。電車がパンクしちまってな……」
そんな軽いジョークを飛ばしてはいってきたのは、竹中祥吾という青年。百九十行くか行かないかというかなりの長身に、狭い路地なら彼一人で横幅埋まってしまうほどの屈強な体の持ち主。きりっと結ばれた口に、線の鋭い眉毛。その厳つい容貌から、ヤクザの御曹司じゃないかと思われるが、一応普通の、凛と同い年の高校生である。
「んで、その『義手』の持ち主は誰なんだ」
祥吾はどてんと机の上に持参してきた鞄を置くと、暇そうな凛にそう訊ねた。
「ん、そこの人」
ピシっと形のよい人差し指で、健康極まりない仰向けポジションで穏やかな寝息を立てている遼太を指差す。その右腕は曝け出されたまま。
「こっから見える方が義手の腕」
「へぇ……こりゃ分からんな」
祥吾は興味深そうにそう言って、その腕に触れようとして……寸前で止める。そして、くいっと、凛の方を振り返る。
「大丈夫か?」
「爆発したり、変なタマゴを産み付けられたりはしないと思うよ」
「そうじゃなくて、起こさないかって訊いてんだ。変なトラウマ呼び覚まさせるんじゃねえ」
「ふふ。『気絶』させたから大丈夫」
「……その表現止めようぜ。後、あんまり多用するのもどうかと思うぞ」
祥吾は半眼でそんな凛を見やりながら、遼太のその『義手』に触れてみた。体温が感じられて、肘辺りを触ったのに関わらず血の流れを感じることができるほど、生命力に溢れている。筋力も大分あるらしく、祥吾に負けず劣らずであった。
「ふぅん……確かにこれはなぁ……、だけどなぁ、何の確認もせずに腕を切り取るなんて、こいつが常人だったらどうするつもりだったんだよ?」
祥吾が呆れたように言うと、凛はバツが悪そうな表情を作って制服のスカートの裾をぐっと握り、顔を下に傾け、その傾度のまま上目遣いで祥吾を見た。
「……少佐に頼んで記憶改ざんしてもらう」
「……お前なぁ……」
「────ごめんなさい……」
どうしてこうも僻みっぽいのか。祥吾は後頭部を掻いた。
「でもこれが本物なのかはわからないんだろう?一応、すぐくっついたんなら、その類のものだろうが、それだけなら職人が普通に作れるだろう?目印であるその紫も消えちまったわけだからなぁ……」
「分かってる。だから今夜使ってみるの」
「使うって……違ったらどうすんだよ」
「……ドンマイってことで?」
祥吾は大きな溜息をついた。
「俺達が守ってやるんだろ?」




