第30話 白き桃の花
薄暗い空に草木の生えない大地が広がる荒野と高くそびえる岩山。それらに囲まれて立つ五重塔があり周囲には居住区のようなものが併設されている。ここが禍津御霊の境界である。
禍津御霊に侵入したイザナミ一行はバラけることは無く、その五重塔の目の前に転移していた。かなり目立つ場所に出たにも関わらず敵の迎撃も受けず塔の中へと入る事が出来た。
「なぁクロ。こんな簡単に侵入出来ていいのか?罠じゃないのか?」
あまりにあっさりしているため、倫也は気味悪さを感じる。
「間違いなく罠だろうな。クロ、どうする?」
藍も同じく、罠だと思っている。それはイザナミも同じようで思い悩む表情をしている。
「そうかもね〜。だけど確かめようがないかなぁ。敵兵の一人でもと思ったけどそれすらいないのは不自然すぎるしね〜。罠なのかも怪しいところだねぇ」
クロが壁や床、天井を警戒するがそれらしい罠は見つからない。だとすればあとは奇襲を見越した迎撃があるはずだと予測していた。
「敵の拠点が塔なら道は登るしかないわね。それなら戦力分散することが無いのは良かったわ。ただ迎撃されるとなると後手に回らずにはいられないか……」
イザナミの言うことは最もである。
「今のところ黄泉国への侵攻は温羅の部隊しか情報がない。禍津彦達はまだここにいる可能性が高いんじゃないか?」
倫也の推測も最もである。
「イザナミ様と倫也の言うことも分かるよぉ。イザナミ様の意見は対応考えるとして、倫也の方は補足として、まだ知らない戦力を考慮した方が懸命かもね〜」
クロはそれぞれに対して率直な意見を返す。そうは言っても具体的な対応までは直ぐには思いつかない。それでも一行は進むしかないのである。
塔の一層目はエントランスの様になっていて2層目への階段は目の前にあるのだが遮蔽物になるものはない。そのため全員が罠と考え、どうするべきなのか考えていた。
「そもそもそう悩ませる事が目的……とかないですよね? あわわわ!す、すいません適当な事言って!」
秋津が沈黙に耐えかねて一言言ってみる。
「そういう考えもあるかもな! クロ、もう悩んでも仕方ないじゃん! 二階にこのまま行こうぜ!」
倫也はクスッと笑いながら秋津の頭を撫でる。
秋津はなんのご褒美かと真っ赤な顔をして俯く。
「確かに考えれば考えただけ可能性が増えて良くないね〜。ここは秋津の意見で行こうか!」
クロも決断するにはちょうどいいと二階に突撃する事にした。
「え? え? 私の意見なんて当てにはならないんですよ!? 」
秋津が慌てて皆を止めようとする。
「いいのよ! 秋津が今の一言言わなかったらみんなここでずーっと止まったままだったかもよ?」
イザナミも秋津をフォローする。実際全員が秋津の言葉に多少ほっとした。考えすぎるあまり、シンプルな行動は言うのに勇気がいる。秋津がその縛られた思考を破ってくれたのだった。
一行は難なく二階層へと進む。そしてここでも何も気配はなく、見える範囲に敵の影も気配もない。構造は先程とは違い通路があり隔壁により部屋と通路の仕切りはある。通路を進んで行くと曲がりが多いが分かれ道はない。途中、何ヶ所か扉はあったがその先は大体小部屋になっていて中身はからであった。大きな扉が通路の最後に出てきた。これが恐らく三階層へ続く階段の部屋であろう。
中に入るとそこにはまたも広い空間に階段といった場所に出た。しかし、今度はそこには人影が二つあった。一人は寝台に横たわりもう一人は横たわる人物を実験する様に機材で囲まれて居るようだ。
「あれは? 誰かは分からないけど禍津御霊のだな?」
藍は己の双剣の柄に手をかける。
「そうなんだろうけど…横たわっているのは……ダメだ見えない。あの立っている人物をおさえたいねぇ?」
クロはチラッと藍を見ながらそれとなく藍に捕縛を促す。
藍はそれを了承し、人物の捕獲に動いた。気配を殺し、その人物の背後に近づいた。気付かれていない。藍は口を塞ぎ両手を縛りあげ捕縛することに成功した。
「ご苦労さん。藍。じゃあ尋問と行きますか〜」
クロがその人物に目線を合わせるように座りにこりと笑う。
一方秋津とイザナミは横たわる人物が気になり寝台をのぞき込む。そこには桃色の髪をした女の子が横たわっていたはずなのだがいつの間にか消えていた。不思議に思い周囲を警戒するがその気配はない。イザナミはもしかして桃華だと思っていが既のところで確認には至らなかった。
「さて、今から訪ねることに正確に答えてね?」
口を解放しながらクロは質問していく。
「まず君は誰なんだい?」
「て、天狗の神徒で名を阿坊と申します」
「天狗ねぇ〜。坊ちゃん、ここで何をしてたのかなぁ?」
「それは……」
阿坊は言葉を濁らす。クロは矛を突きつけ重ねて問う。
「坊ちゃん、もう一度聞くよぉ〜? ここで何をしていたのかなぁ?」
阿坊は覚悟を決めて答えた。
「答える訳には行きません。例えこの場で私の命が尽きようとも」
阿坊の態度に一行は疑問を持つ。荒神でもないこの神徒が何故ここまで禍津御霊に肩入れするのか。答えが見えない。何か禍津御霊に大して大きな勘違いをしていないかと思考を巡らす。
「阿坊……さんですよね? それなら一つだけ教えてください。ここに先程までい方は吉備津桃華さんですか?答えてください。どういう種類かハッキリわかりませんが彼女は今、呪を受けています。手遅れにならないうちに浄化したいんです」
秋津は阿坊に対して真っ直ぐに問いかけた。それは阿坊の覚悟とある種同じで信念のある言葉であった。
「……彼女はそう、吉備津桃華だ。」
やはり。それさえ確認出来れば最低限の情報は得た。桃華はここにいる。だが目の前から一瞬でその姿を消してしまった桃華はどこに行ってしまったのか。自発的に動いたのかそれとも強制的に移動されたのか……
「阿坊。桃華はどこに!?」
藍は阿坊の胸ぐらを乱暴に掴み体を揺らしながら問う。
「藍! 落ち着け! 桃華は無事である可能性があるんだ!」
倫也が藍を止めに入る。阿坊の覚悟は先程見たばかりだ。簡単に喋るぐらいならこの場で舌を噛み切るなどして口を自ら噤む事もやりかねない。
「ん〜。坊ちゃん?このままだと埒があかないなぁ。質問を変えるねぇ? 禍津御霊のお偉方はこの上で間違いないのかな? 」
クロはさしあたって影響のなさそうな事を聞く。
「あぁ。その通り。これより上の階には主神様とその臣族がいる。温羅様はそっちの境界で暴れている頃だろうな……」
これは偽りとかは無いだろうと予想がつく。この他にも何個か質問に答えてもらった後、阿坊を捕縛陣にかけ、その場に残し三層へと向かっていった。
「クロ……桃華の事なんだけど」
イザナミはクロに小さな声で話しかける。
「分かっています。気配は先程から追跡しています。今はこの先の三層に居るようです。詳細までは分からないですけどねぇ」
イザナミはまさにその事を伝えようとしていた。クロも同じ様に感知しているなら間違いないとイザナミは確信する。
「藍。今から言うことに怒らないで聞いてくれよ?」
倫也は少し神妙な面持ちで藍に話しかける。
「なんだよ? 改まって」
「こんな状況だからもし、次にももと会っても直ぐに信用しちゃダメだと思う。まだ完全に解呪出来てないし、敵の支配下にあるって考えた方が自然だと思うんだよな」
倫也の発言に藍は驚き、顔に出る。
「おい。何止まってんだよ?」
「すまん。倫也が当たり前の事を言うからつい……な?」
「〜〜〜〜。はぁ……藍。お前、自覚しろよ。そんな俺でもわかる当たり前の予測すら頭が回らないほど周り見えなくなってんぞ?」
確かにそうだ。倫也に言われて少し考えてから何を当たり前なことをと思ったが、それまではそんな事を考えてすらなかったのだ。
「悪かった。先走らない、思考を止めない、常に冷静にってこの前話したばかりなのにな。ありがとう倫也」
藍は深呼吸して、改めて歩き出した。今度こそももを仲間を救い、黄泉国を守るために。
三階そうの入口に到着しその扉を先頭を歩く、クロが開くへ。今までの階層とは異なり少し明るい空間が開けた。
「ここが三回層……さっきとは違う雰囲気だな」
倫也が周囲を見渡すとそこには瓶詰めにされた植物や檻に入った動物が見える。
「そうだよ!ここは禍津御霊の資源の層だから! 」
右手の方から聞こえた声の方を向くとそこには桃色の髪をした幼げな顔の女の子が立っていた。
「もも!大丈夫なのか!? え?なんで……その服は!?」
ももの姿を見て藍は言葉に詰まった。
「えへへー。いーでしょ〜? 白いのも悪くないよね!?」
白の軍服を纏った桃華が立っていたのだ。
「禍津御霊 遊撃部隊 吉備津桃華。 推して参ります!」
―――続く




