第17話 禍津衝動
二本目~(*´ω`*)
白い軍服を纏う一人の女性が薄暗い廊下を歩く。廊下を抜けた先には広めのバルコニーがある。女性はバルコニーに立つと夜空を見上げ鋭く尖った月を見つめている。
「私はどうしたら良かったの……教えて。母様」
――禍津国 禍津御霊の境界
禍津国。多くの荒神により隠れ住まうために生み出された境界だ。大きな五重塔とその周りには集落が少しある。賑わっている様子はなく神気は僅かにしか感じられない痩せた土地である。
五重塔の最上階の廊下を禍津彦尊は足早に歩き大きな扉の前で止まる。
「禍津彦です。入ります。」
部屋の中は大きなホールの様になっている。その奥には大きな椅子が置いてあり一人の女性が座っている。女性は蒼い瞳を禍津彦に向けた。
「禍津彦か。準備は出来ているのか?」
「順調に。各地に仕込んだマガモノも今回千葉成田に送り込んだものであらかた終わりになります。」
「そうか……。ではいよいよだな。私たちが居るべき場所を終われてどのくらい経ったのか。禍津彦よ。禍魂はどうだ? 私の子は変わりないか?」
「はい。禍魂の状態は安定しています。禍津姫、魅桜はどうです?この前の戦闘では黄泉国の戦闘員一人を戦闘不能にしましたよ。禍津国で作ったナイフを使ったため呪も刷り込んだので動けないと思いますよ」
そうかと満足そうに微笑むと彼女は目を細め。感慨にふける。
それを見て禍津彦も目を閉じ天井を仰ぐ。
「長かった……ですね」
「そうだな。私もこれまでの間、先代たちの想いを紡ぎ絶やさないように務めてきた。私の代で積年の願いが叶うならこの身が果てようとも一族を守り続けよう。そして、禍魂の様な子がこの先辛い思いをしない様にな」
禍津彦は彼女の言葉を聞くと深く頭を下げ、その場を後にする。
「我々の御霊はいつまでも貴方様と共に……我らが主神、イザナミ様」
――禍津国 離宮
見上げる空の彼方にある故郷には今はもう誰一人いない。白兎の一族、かぐや姫の末裔は月でその栄華を極めたが地球への未練が内乱を呼び、その栄華はたった三日の内戦で燃え尽きた。
「あの時、私に力さえあればきっとみんなを守れたのに。私一人地球へ逃れる事が出来たのは降星派のお陰。王家の生き残りとして再びこの地で繁栄を必ず……一族の全ては私が背負います。未来も過去も。」
月に誓いをたてると、彼女は建物に戻り私室へと向かう。ドアを開け軍服を脱ぎ捨てベッドに体を預けた。柔らかく包まれるこの瞬間だけ今は安らぐ様だ。
「これは眼福。ですね。何なら私が一族繁栄にそのベッドでお力を貸しましょうか? 禍津姫」
禍津姫、魅桜は起き上がり剣を抜く。その切っ先を白の軍服を纏った禍津彦に向けた。
「女の部屋に忍び込むか……やはり、お前は下衆だよ。例え白兎最後の王となろうが、お前と一族の再興は白兎の誇りとして断じてありえない」
魅桜は嫌悪、憎悪などすべての負の感情を込めて切っ先を禍津彦の喉元に伸ばす。
「もったいない。女として生きる道もあるだろうにな。無理に一族の再興などする必要もないだろう?初代かぐやは、やり過ぎたが魅桜自身そこまで業が深い訳では無いだろう?」
癪だがこの男の言うことにも一理ある。魅桜は確かに何度かは普通の人間に紛れ全てを棄てようと思った事もある。しかし、自分の中で怨念の様に幼き日の燃える都での記憶がそうはさせてくれない。
「それは私には許されない事。禍津彦、感謝はしている。日ノ本の神共に一族の無念を突き付け、打倒する機会をくれた事。だが、それと貴方と……いや、相手が誰であろうと私が私として生きるにはもう遅い。」
禍津彦は苦しげに語る魅桜を見て少し口角を上げる。
「すまなかった。私も戯れがすぎたようだ。魅桜は女としても魅力的でな。先程のような言葉がついでてしまう。男とは女から見れば下らない生き物だろうな」
冗談だと言いながら禍津彦は魅桜の私室を後にする。
「その調子で頼むぞ。禍津姫。我らの悲願の為、礎となってもらおう」
――黄泉国 東区 神木の社
青髪の青年は大きくそびえる鳥居の前で腕を組み思案顔で立っている。周囲からは風に揺れる木々のざわめきが聞こえる。黄昏の空と相まって青年の姿はまるで絵画のように美しい。
「そろそろ来る頃なんだが。珍しい事もあるものだ。カグツチが遅れる事なんか今までに一度もない。」
青髪の青年、八俣遠呂智は人間界での変異を調査し、今しがた戻ったところだ。時刻は夕方の六時を過ぎたところだ。オロチはカグツチを待つ間、今回の報告内容を手記に纒める事にした。
程なくして火之迦具土神が合流した。
「悪い! オロチ。連絡しようとしたんだが勾玉が割れちまって」
カグツチの手には割れた勾玉が乗せられていた。
「カグツチ、人間界でなにかあったのか?」
カグツチ程の神に一撃。それも勾玉が割れるほどの威力のものを……
「あぁ。大したことは無い。不意打ちを喰らってな。相手は山神だ。見慣れない神が守護する山をウロウロしてるもんだからマガモノ関連だと思ったらしい。誤解は解いてきたし、山神も申し訳なさそうだったからな」
人間界でもマガモノの件において各地の土地神も敏感になっている様だ。
「そうか。しかし、その山神もカグツチが上位の神だと気付くはずだが何故、カグツチに攻撃を?」
神であるならばその神気の見分けぐらい出来るはず。オロチはその山神の行動が腑に落ちない。
「それなんだけどな。山神から有益な情報が出てきた。最近、日本の霊峰などの神域各所に正体不明の神が出没してるらしい。そこで見たことない神がいるもんだから俺に攻撃をしたらしいからな」
「正体不明の神? それが禍津御霊と関係があるか……」
オロチは納得しは出来るが正体不明の神と言うのがひっかかる。
「オロチ。クロたち第三部隊が遭遇した連中も神気を使う神と神徒って話だぜ? 正体不明の神って話なら辻褄が合うだろ」
カグツチの言う通りだが、各地に現れているというのも気になる。
「取り敢えず、イザナミ様の所に戻るか。なぁオロチ」
オロチも頷きカグツチと共に神庭宮に向かい歩き出した。
「ん?あれは……」
カグツチが前方から走って来る三人が目に入った。
「どうしました?カグツチ。」
オロチもカグツチと同じ方へと視線を移す。前から第三部隊の二人と一人は見たことがない少女がこちらに向かい走って来る。
「藍と倫也と……あの女子は誰だ? オロチ知ってる?」
オロチは首を横に振る。三人はオロチ、カグツチの前に来ると足を止めた。
「戻られていたのですね。オロチ、カグツチ」
藍は息を切らしながら声を掛ける。
「出迎えって訳じゃないな。何があった?」
カグツチはその様子にマガモノ関連だとすぐに気がつく。
「カグツチ、千葉の成田でマガモノが発生したんだ。これから俺と藍と……あぁ。初めてだったな。新しい第三部隊のメンバーで秋津。全員で沈静に向かうところなんだ。」
倫也が急いでいるのもあってかなり端折って説明した。続いて秋津はカグツチとオロチに軽く会釈をする。
「成田!? 今、成田って言ったか!?」
カグツチは慌てて聞き返す。
「成田って言ったけど、どうした? あ、悪い!急いでるからまた帰ったらな!!」
倫也はそう言うと藍と秋津と共に神木の社へと走って行った。
「カグツチどうしたのです?やけに成田に反応しましたが……」
不思議そうにオロチが質問する。
「今日、俺が山神とあったのが千葉の成田山だ。あそこは仏門の有名なところだから素通りのつもりだったけどな。ちっ。オロチ、イザナミ様の所に急ぐぞ!」
オロチはカグツチに同意すると二人はイザナミの元へと急いだ。
――続く
大きい、事件として一つ目クライマックスが徐々に見えてきました(*´ω`*)
禍津御霊との最終決戦まで後少し( *˙ω˙*)و グッ!




