第13話 痛み分けですよ!?
幾度となく倫也と禍津彦尊の太刀筋が重なり、火花が淡く光る。互いに攻め手に欠けているかに見える。しかし、倫也の方が僅かに不利になりつつある。単純に武器のリーチの差だ。倫也の天羽々斬は長さ80センチメートル程に対し、禍津彦尊の矛は先端から柄の先まで150センチメートルはある。
「中々届かないですね?そろそろお疲れなのでは?」
禍津彦尊は嫌な笑みを浮かべる。矛を構え切先を倫也の胸へと這わす。更にゆらゆらと切先を揺らし余裕を見せる。軽い挑発で倫也を誘っているようだ。
「うるせぇヤロウだな……疲れたから……何だよ?」
倫也は疲れてはいる。だがスタミナ切れな訳では無い。初めての実践で呼吸が荒くなっているからだろう、僅かな焦りを感じる。
「倫也! 落ち着けよ! 動きは見えてるだろ!?」
クロと藍は密かに空間の解除法を探っているが神器らしき物が見当たらない。やはり禍津彦尊の後の社が神器で間違いないようだ。クロと藍、ももは社の方に移動するしかないと判断し、走り出す。
「行かせるわけありませんよ!!」
動きに気づいた禍津彦尊は胸に下げた銅鐸型の鈴を鳴らす…
りぃぃぃん……
突如、クロたち三人の前の地面が隆起する。洞窟内に轟音が響き土塊が散る。そこには白い軍服を身に纏うスラッとした長髪、長身の女性と同じ軍服を纏う少年が立っていた。
「な!? どこから!?」
先頭の藍が急停止する。後ろの二人も併せて急停止しながら武器を構えた。
「急に呼ばないでもらえますか? 禍津彦尊様……私、こう見えても忙しいのですから」
白い軍服の女性は金色の綺麗な髪を指に絡ませながら不満そうに訴える。
「禍津彦尊。僕を呼んだのなら目の前のコイツら。消していいんだよな?」
白い軍服の少年は表情を変えずにその小さい体格には似合わない野太刀を片手で構える。
「二人とも面白いと思いますよ?黄泉国、死神隊第三部隊の皆さんですからね。禍津姫も禍魂も存分に楽しめるのでは?」
倫也と対峙したまま、現れた二人にこえをかける禍津彦尊。禍魂と呼ばれた少年は嬉しそうに笑うが禍津姫と呼ばれた女性は嫌悪感を顕にしてしている。
「禍津彦。私を二度とその名で呼ぶな!! 私は白兎の一族なのよ! 決してあなた達と一緒ではないわ! 魅桜……それが私の名です」
そう言うと細く長い、刀身は透きとおる様な白い刀を鞘から抜き構える。
「クロ。ももと俺であの二人を抑える。社へは一人で向かってくれ」
藍は視線を前方の二人から逸らさずにクロに小声で伝える。同じ様に視線をそのまま、ももが頷く。
「分かったよぉ。じゃ、3.2.1で行こうか……
3……2……1……っ!!」
三人はそれぞれの方向に向かって地面を蹴り飛び出す。藍は禍魂へ向かい、ももは魅桜へ、クロは社へ最短で走り抜ける。
「させるか!……!?」
禍津彦尊はクロに向かい跳ぼうとするが前方を刃の雨で遮られる。
「これは!? まさか、都築の力か!?」
禍津彦尊は予想だにしない、攻撃に慌てふためく。
「楽しめはしないな……奥の手、それも不意打ちも当たらずに不発か。でも、クロには近づけさせない!」
倫也は十数本の剣や槍などを召喚し禍津彦尊に向け放ったが寸でのところで気づかれてしまった。
この攻撃により禍津彦尊は倫也の予想以上の力を知る事になり、守りに徹するようになる。
一方で藍とももは撃ち合いを繰り広げる。
藍は鎖で繋がった双剣で禍魂へ切りかかる。禍魂もこれに野太刀で受け流す。とても小柄な少年の太刀さばきでは無い。重く長い野太刀を禍魂は短刀の様に軽々と振り回す。これには堪らず藍は防戦になる。
「三番隊って死神隊最強なんでしょ? この程度なの? 軽いよ? そんな踏み込みじゃ僕の剣線をずらすことさえ出来ないよ!? ははははっ!!」
狂ったように笑いながら少年は藍に向かい、経緯斜め。全方位からの剣撃を繰り出す。
「舐めるなよっ!!」
藍は真っ直ぐに刀を振り下ろすタイミングを待っていた。禍魂が振り下ろす刀を左の剣の柄で受け、鎖へと刀を滑らせ、剣を回し絡める。そのまま禍魂を蹴り飛ばす。
「痛っ!くくくっ。雑魚かと思ったけど案外やるね? でもこれは!?」
藍の手元から禍魂の野太刀が飛び上がる。双剣諸共、持っていかれそうになるが藍は野太刀を放して回避する。飛び上がった野太刀は再び藍に向け飛びかかる。まるで意思があるかのように躱す藍を追いかける。
「無駄無駄〜。そいつはね? 僕の思った通りに動くんだ!! もう、諦めた方がいいよ?」
禍魂は野太刀に気を取られている藍の背後に回る。腰に差した短刀を抜き、息を潜める。
藍は振り向かない。目の前の野太刀を双剣で忙しなく薙ぎ払う。
とった……!!!
禍魂が口を横に大きく開き笑う。禍魂の手にある短刀が藍の体を目掛け伸びる!
「ぐぁぁぁっ!! な、なんで!?」
禍魂の腹には藍の剣が深く刺さっている。
「見え見えのブラフにかかると思ったのか?」
悔しそうに禍魂は体から剣を抜き血を吐きながら後退する。
「ぐふっ!ぐふふっ! いいね……いいよっ!! 決めた! お前は僕が殺る!! 今日は分が悪い。潔く負けを認めて帰ることにするよ! 次は楽しみにしてる全力で行くよ!!」
そう言うと消えていった。藍は負け惜しみであってほしいと願うがどうも禍魂が本気でないのは本当のようだ。刺されなかったモノの薄く背中に一筋の切り傷が有る。あの距離で切りつけられたのに気付かなかったことに脅威を感じた。
藍の激闘の横で、ももが同じく激闘を繰り広げていた。
「もう〜! 動かないでって言ってるのに〜!!」
ももは銃を乱射しながら魅桜を追いかける。
「なんなの!? あの娘! オカシイの!? あ〜っ! もうっ!! いい加減にしてっ!」
魅桜はナイフを投げる。
「どこを狙ってるの? そんなの当たるわけないじゃん! 」
魅桜のナイフはももの方には飛ばず、天井と壁、地面の三箇所に刺さっている。魅桜は止まりもう一本ナイフを足元に差し込む。
「止まりなさい! 」
魅桜の声とともにナイフ同士を結び結界が展開する。ちょうどその中心に入り込んだももは自由を奪われる。
「な、何!? 体が……力が……」
ももは全身の力が抜け意識が朦朧とする。
「やっと止まったわね。どう? 私の捕縛陣は? 対神族様に改良して、神気を霧散させるの。そろそろ思考が麻痺して気持ちよくなるかしら?」
魅桜はそう言うと白く長い刀をゆっくりとももへ突き付ける。
「心配しないで。痛みは感じないはずよ?」
うっすらと微笑みながら刀の柄に手を置き魅桜は刀を押し込む。朱い血が刀を伝い流れる。
それを確認すると魅桜は捕縛陣を解く。ももの体はドサリと地面に落ちる。
「嫌だよ……負けたくないよ……」
魅桜は冷たい瞳でももを見下ろす。ももに興味を失い、禍魂の方を見る。
「禍魂は引いたようね。あら?隊長さんは社に着いてしまったのね」
魅桜は振り向き禍津彦尊に声をかける。
「禍津彦! 社はもう、手遅れよ。私は先に帰るわ。禍魂も既に引いたわ」
魅桜は社のしたの鳥居に向かい歩く。鳥居には黒い闇の空間が開く。
「逃がすかっ!!」
藍が魅桜に向かい風を巻き起こし、突進するが一足早く魅桜は闇に溶けた。
「ももっ!!」
藍はもものそばへ行き体の傷を確認する。傷は深いが魅桜の刃が細く鋭いのが幸いしたのか傷口からの血は止まっている。
「これなら戻るまで何とかなりそうだ。倫也は……まだの様だな。今のうちにクロの方に!!」
クロは社の中で座り込んでいた。社そのものが神器いや、呪器の様で空間を歪めている。
「これは壊しただけじゃダメだねぇ。どうしようかなぁ。……仕方ないなぁ。ここなら使えるかなぁ」
クロは神気で体を包むように膨らませる。黒の背中には大きな黒い翼が現れた。
「呪の言霊により、堕ちた御霊よ。俺が導く。天津国に下り、輪廻の浄化を……!!」
社から眩い光が溢れると薄暗い洞窟を照らす。
「やはり、彼は……クロ。あなたを潰さなければ我らかが悲願は叶いそうにありませんね」
禍津彦は悔しそうに唇を噛む。
「余裕だな!」
飛び込んできた倫也が天羽々斬で一太刀浴びせる。
「んんっ!! 気を取られすぎたか……都築倫也!! 次はお前もあの娘の様に痛みを感じぬまま葬ってやろう!!」
禍津彦尊は照らす光の中に溶けていった。
「待て! どこだ!?」
光は収まったが急に明るくなったため周囲の状況が目指できないが禍津御霊の三人の気配は消えていた。
「消えたのか……」
倫也はふらふらと歩きながら壁伝いに社のある方に歩み寄る。
「倫也、無事かなぁ?」
「クロ? さっきの光は? どうなってんだ?ちょっと目が光のあと慣れなくて見えない」
恐らく倫也の目の前にいるであろうクロに尋ねた。
「ちょっと待ってねぇ。藍がももちゃん連れて来るから」
全員揃って状況を確認した。先ず禍津御霊は三人全員が撤退。社の破壊機能の停止は成功。今回マガモノの発生はない。倫也、クロ、藍は大きい怪我もなく、無事だがももの意識が戻らない。
「ももちゃんが……少し離れてたから見えなかったけど相手はどうなんだ?」
「倫也、クロ。すまない。魅桜とか言う女が去る時に捕縛使用としたが間に合わなかった。仮に間に合ったとしても一人ではどうなったか……」
倫也と藍を見てクロは即座に提案する。
「すぐに黄泉国に帰るよ。ももちゃんの意識が戻らないのも八十禍津日神様に診せた方がいいかもね」
二人は頷くと再び周囲の状況を確認する。クロが社を停止させたおかげで洞窟は富士山の麓、樹海の中に戻っていた。
――黄泉国 神庭宮内 イザナミ執務室
「やはり、呪いの一種ですか……」
藍は八十禍津日神とクロの検査結果を聞いて下を向く。
「ヤソ様ぁ。どうにか出来るぅ?」
クロも流石に心配なようでももの顔を撫でながら辛そうな顔をしている。
「むぅ……ひとまずももを預からせてもらうかの。天津国で浄化作用のある場所で解呪をやってみよう。身代わりに使う勾玉もかなりの数を用意しなくてはならないのでな」
倫也が不思議そうな顔をする。
「身代わりって?」
「呪は正しい手順で解呪しないと呪いが呪いを作ることがあるの。その場合、解呪を行う人か今呪いをかけられている人に複数の呪いが降りかかるかもしれないの。だから勾玉を依代に使うのよ?」
イザナミが倫也に簡単に説明する。
「仕方ないねぇ。まぁ。天津国に行けばヤソ様の娘もいるしねぇ。なんとかなるかなぁ」
「瀬織津姫か?あの娘なら……そうじゃの。人間界に祀られておるが故に色々知っている事は多いかもしれんな。」
「ヤソ様。お願いします。瀬織津姫とともに、ももをよろしくお願いします」
八十禍津日神は心配するなと皆に告げももを連れ天津国へとかえっていった。
「クロ。今回の任務は大変でしたね。もものことはヤソ様にお任せするとして、報告書をお願いね。ただ……先に簡単に説明してもらえる?」
「はぁい。マガモノ関連と見られる組織の名前は禍津御霊と言うそうです。その幹部と見られる三名と遭遇。結果は社の破壊は成功。禍津御霊の三名は取り逃しましたぁ」
「禍津御霊……ヤソ様の話の通りね。分かりました。後日、クロからの報告書をもとにカグツチとオロチを集め、死神隊全体会議を開きます」
クロ、藍、倫也はイザナミへの報告を終えると執務室を後にした。
「禍津御霊……いったいどういう……考えても仕方ないわ。……もも。無事に帰ってきて!!」
イザナミは執務室の窓から黄昏色の空を見上げる。いつもと変わらないはずの夕闇が濃くなり黄泉国を覆うような気がする。
――続く




