ペットショップの求人広告がおかしい件
「真下君、ちょっと良い?」
とある昼下がり。ペットショップ店長の僕は、休憩中のアルバイトスタッフ真下に声をかけた。
「中西さん、どうしました?」
返事をした真下を手招きし、二人でスタッフルームへと入っていく。
「前に真下君に頼んだ「スタッフ募集の張り紙」作成についてちょっと言いたいことがあるんだけど、良いかな?」
「はい、良いですよ」
言って、僕と真下は椅子に座り、机を挟んで向かい合う形になった。50歳近い僕はPCを使った張り紙作成がよく分からないため、大学生の真下に作成をお願いしていたのだ。
無論、タダ働きなんてさせてない。作業は業務時間中にお願いした。
「真下君から渡された完成品の張り紙だけどさ、これ見てどう思う?」
真下の顔を見ながら、僕は真下作の張り紙を渡す。真下はそれを無言で受け取った。一通り目を通す。そして
「……求人募集してるんだなって思います」
渡した張り紙を机に置き、サラッとした表情でそんな事を言う。そんな真下の顔から目線を落とし、僕も張り紙へと視線を向けた。
「いやダッサ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
魂の叫びがスタッフルームに響いた。
「えっ? ダサいっすか?」
「ダサい! 超ダサい!「終わった張り紙」以外の感想が出てこない!」
「え〜多少のデザイン性には目をつぶって下さいよ〜。あと仮にも中西さんは張り紙を作って「もらっている」立場であることを忘れないで下さいよ〜」
「真下君めっちゃ上から来るじゃん」
笑顔でえらいこと言いやがる。真下君がこんなダサダサ広告を作ってた間にも時給は発生してたんだからね? 僕にも文句を言う権利はある。5時間もかけてコレじゃサボりだと思わざるを得ない。5時間だよ5時間。これ作ってる間通常業務を全部一人でこなしてた僕の身にもなってくれ。
「というかさ、言わせてもらうけどデザイン性以外にも言いたいことあるからね!」
言って、僕は張り紙を指差した。
「まず一番問題なのは時給だよね? なんだこれ。スーパーの特売チラシかよ。あと899円ってなに? 端数を9にするのは安く見せるための小細工であって、時給でそれやっちゃダメだって分からない!?」
「はぁ」
気のない返事をする真下を無視して文句を続ける。
「あと、なにこの犬!」
「スペース余ったんで入れときました」
「だとしてもなんで縦なんだよ。エジプトの壁画かよ」
「エジプトの壁画じゃないですよ」
「知ってる! 例え話だよ!」
僕がこんなに怒ってるのに、こんなに平然としているなんて……ゆとり怖っ!
「ともかく君、チラシこの部屋のパソコンで作ってたよね? ちょっと僕の見てる前で作り直してよ」
「わかりました〜……」
気のない返事をし、真下はパソコンの前に座りサッと電源を入れた。すぐにワードだかパワーポイントだかよく分からない何かが開いた。(僕はパソコンを全く使えない)
「まず犬の向き変えて」
僕はディスプレイに表示された張り紙を指差して言う。
「どっち向きですか?」
「そりゃ、一番収まりが良いのは左向きじゃない?」
指示を聞き、すぐに向きを変える真下。
ほら、多少は自然な感じになった気がする。
「でも、左向きだと刺さるかも知れないんで、犬が可哀想ですよ?」
「刺さる? PC用語?」
「いえ。ほら、これだと犬は左方向に歩くじゃないですか?」
「……張り紙の犬は歩かないけどね」
「すると犬はつまずくわけです」
「そしてグサッ!」
「刺さった!」
「刺したの真下君だよね!?」
こんな画像使ったらどんな風評被害を受けるか分からない。犬を刺すペットショップだと思われたら最悪だ。犬を刺すペットショップってなんだ。
「とにかく、犬が死ぬのは困るからそれはやめてくれない?」
「死んだらお墓置いとけばOKですよ」
「なんの張り紙だよ」
犬の不在によってペットショップ要素が消えてしまった。
「真下君? こんな広告じゃ何も情報伝えられないよね?」
「じゃあせめて、店名分かるよう中西さんの名前入れましょっか」
「いや墓に名前入れんな」
これだと僕が死んだみたいじゃないか。「ダサいペットショップの店長が死んで時給が1円下がったよ」以外の情報が伝わらない。
「悪いけど、1から作り直してね?」
申し訳ないが、こんなの使い物にならない。真下は不満そうな顔を浮かべているが妥協できない。
「……あっ」
しかし、真下の表情から突然不満そうな雰囲気が消え、今度は何かに気付いた表情でパソコンを操作し始めた。
「そういえば、張り紙もう一枚作ったんでした」
「なになに? それ見せてよ」
「今探してるんで待ってください」
またロクでもない張り紙じゃないだろうな。そんな心配をよそに、真下は何食わぬ顔でパソコンを操作する。
「あっ、ありました」
言って、真下はスクリーン一杯に張り紙を表示した。
「……」
「……どうです?」
……なんというか。
「……まあ、さっきのを見せられた後だと、これでいっか、って気にならなくもない」
「もってけ泥棒! 時給900円でい!」が少し気になるけど、そのくらい許容範囲だろう。あとは……
「スタッフ募集の文字が傾いてるけど、これ真っ直ぐの方が良くない?」
少し気になった点を指摘する。
「いえいえ、この店においては文字を傾けるのは必要ですよ」
「……そう?」
よく分からないけど、まあ良いか。
「あとはそうだね、男の子の横に空きスペースがあるからなにか情報を付け足しといて」
わかりました、と小さく答えパソコンで作業を始める真下。
「……これでどうです?」
1分もしないうち、真下が完成を知らせて来た。どれどれ、どんな出来栄えだろう。
「ダメだよね? 言っちゃダメなやつだよね?」
悪意だけで作った求人広告。
「でも真実ですよね?」
「都合の悪い真実は伏せるのが広告だよ」
「悪い大人かよ」
「賢い大人です。今すぐ消して」
「えー。でもこれって一度画像挿入したら消すの面倒なんすよねぇ……」
そうなの? PC使えないからよく分からない。
「じゃあ見えないよう上から画像を被せるとかで良いよ。さっきボツにした広告で使ってた画像があるでしょ?」
あの犬の画像を上から貼れば良いだろう。
「ああ、これですね」
言って、真下はパソコンを見るよう僕を促した。
「これじゃねーよ」
犬だよ犬、犬使え。なんだこの張り紙。作ってる途中で吐血したと思われるわ。
「とにかく、もっと自然に消してよ」
「うーん、自然にですか。じゃあいっそ口封じしましょうか」
「口封じ? なにそれ?」
「こんな感じです」
「絶対ダメだろ」
男の子死んじゃったよ。
「そもそもこんな簡単に画像を弄れるなら文字消すのくらい簡単だよね?」
「いや〜、それとこれとは話は別ですね〜。まぁ、パソコンを使えない中西さんには分からない話ですが」
「なんか騙されてる気がする」
しかし、本当に分からないので反論できない。
「なんかもう、もっと簡単に、アットホームって書くだけでも良いよ」
「じゃあこれでどうです?」
「生きた状態で言って!」
死の瞬間まで思想の自由を奪われたディストピアかよ。
「なんか死の瞬間まで思想の自由を奪われたディストピアかよって感じですね」
「それ僕がさっき言った!」
「え? 言いました?」
「……言ってはないけど! 思っただけだけど! 一字一句同じこと言われたからビックリしたわ!」
「まあまあ、男の子は供養しますから落ち着いて」
「また墓!」
「あっ、名前も入れないと」
「だから僕の名前を彫るな!」
「あっ、犬が来ましたよ」
「犬の画像あるなら最初から使え」
「ん? この犬様子が変ですね」
「マーキングし始めましたよ! 失礼な犬ですね!?」
「させてるのお前だろ」
「んん? この犬、まだ何かやらかしそうじゃない!?」
「それもお前のさじ加減」
「花にもマーキングを始めた!」
「それマーキングなの?」
「あっ枯れた」
「枯れちゃったよ! おしっこかけられて、僕の墓花枯れちゃったッゴボッ!ゴボッ!」
慣れない大声を出しすぎたせいでむせてしまった。真下め、仕事を舐めているとしか思えない……。
「……とにかく! 全部やり直し!」
僕は呆れた顔で叫んだ。
「えー。でも、これ絶対出来が良いと思うんですけどねぇ……」
言いながら、真下はおもむろに印刷した張り紙を壁に貼り付け始める。そして張り紙の前でポーズを取り記念撮影をはじめた。
「……」
……お金払ってでも、業者に依頼しよう。
僕は決意した。