8.藤沙暗と藤沙明
「ト....ウチャん?」
動きが止まったことにより正気を取り戻したのか、朝日の瞳に色が宿る。
「よォ」
「え....何、俺....」
呆然とする朝日は状況が読めておらず、辺りを見回す。
「第四形態──解除」
藤沙暗はそう唱えると、オーラを消し自然と元の姿に戻した。
「終わったのか?」
「ええ。誰も死なずに」
沙暗が微笑む。
この親子はどうやら第四形態を上手く使いこなしているようだ。
「終わったって....てか父ちゃん、ソイツら誰だよ?」
「僕は藤沙暗。あ、ちなみにこっちは息子の沙明です。どうやら第四形態の後遺症により前後の記憶が曖昧になっているようですね」
朝日はしまった、とばつが悪い顔をする。
夜安は息子の腕を引き、藤親子から少し距離を取って話を切り出した。
「禁忌の技。だそうだな」
「あ、ははは....いや、話そうと思ってたんだけどよォ」
「言い訳すんな」
「....あーごめん。いつか言わなきゃいけねえなって思ってたんだけど、言えなくて」
それはきっと息子にとって自分が頼りないからなのだろう。
恐れは捨てたはず。確かに闘うことは怖くないし覚悟も出来ている。
しかし、息子に死が近付けば近付くほど、また迷ってしまいそうになる。
「....こんな父親で、悪ィ」
自分は今、朝日の父親だと、胸を張って言えるのだろうか。
「何で、父ちゃんが謝んだよ」
「んなの、俺が弱えからだろ」
「....はーっ、クソ、マジで、こういうの性に合わねえんだけどさ!」
朝日は、下を向いたままの夜安に、こっち見ろよ。と声をかけた。
しかし夜安はそのまま動かない。
「....俺は、ただ守りたかっただけなんだよ」
溜め息をひとつ吐き、朝日は口を動かした。
「お前が?俺を?何言ってんだ」
「出た!ぜってえそう言うと思ったんだよなァ、あーめんどくせ」
そう吐き捨てると朝日は背を向ける。
親が子供を守るのは当然だ。だからこそ自分が守られるなんて、考えたことすらなかった。
「んだよ、俺は親として当然のことを」
「じゃあ言わせてもらうけど、俺だって子供として当たり前のコト言っただけだぜ?」
「つい最近まで俺にオムツ替えだの何だのやってもらってた癖して」
「二歳児の俺はな!今の俺からすれば十年近くも前のことなんだよ!」
「なっ....テメェ親に向かって何て口の利き方してやがる!」
夜安は勢いで顔を上げる。
するとそこには、笑う朝日の顔があった。
「やっと、こっち見た」
「は、はめやがったな!?」
「俺は何があっても....アンタを守るよ」
朝日の声が頭の奥深くまで響く。
俺だって同じだ、お前が生まれてきた時から、母さんが死んだ時から、ずっと....。
「....ああ。俺もだ」
風が吹く。互いの髪が揺れる中、二人は視線を重ね、確かに決意をする。
決して信用した訳ではない。けれど可能性があるのなら賭けてみるべきだと、夜安は考えた。
「....お前らは、一体何しに来たんだ」
藤親子に話を振れば、藤沙暗は目を輝かせた。
「やっと話す気になってくれましたか!
──夜安、僕達の仲間になりませんか?」
「仲間、だと?」
「はい。」
藤沙暗は微笑む。その表情に嘘は見られない。
しかし先程会ったばかりの、得体の知れない親子であることも事実だ。
「他にも仲間がいるのか」
「ええ。あと二組います。曲者ばかりですが....皆同じ目的を持った実力者ですよ」
同じ目的。つまりそういうことなのだろう。
朝日の方に視線を向ければ、彼は何も言わずに父親を見る。
戦いにおいて有利になるだろうが、信用出来るか否かといったところなのだろう。
「何故、俺を仲間にする必要がある?」
「ふふ。夜安はそんなに僕のことが気になるんですか?」
沙暗が微笑みながら問えば、朝日は苛立ちを露わにする。
「ジジイ....からかうんじゃねえぞ....」
「朝日。誰も貴様に話など振っていない」
しかし負けじと沙明も反抗し、朝日に冷たい視線を向けた。
夜安は真剣な眼差しで答えを待つ。
沙暗は溜め息を吐き「仕方ないですねえ」と吐き捨てる。
「父さん。良いのか?」
「黙っていても、信じてもらえませんからね。
──さて。僕達の能力は、これを使って発動されています。」
沙暗はそう言うと蒼色の光を放ちながら、ベビーカーを宙に浮かばせた。
分かってはいたが、やはりこの親子もベビーカー症候群能力者のようだ。
「シートが2つあるでしょう?そうなんです。これ、双子用のベビーカーなんです」
そのまま沙暗がくるりと指を動かせば、それはきらきらと、蒼い光を放ちながら空中で回る。
「凄いでしょう。値段はまあまあしますけど、対面と背面どちらにも対応出来て、折りたたむことも出来るんですよ」
沙明はそれを眺めながら腕を組み、何処か遠くを見つめていた。
「....君達が考えていること、分かりますよ。何で、双子用なのかって」
夜安は、胸に嫌な感覚を覚えた。
隣に視線を向ければ、朝日が横目でこちらを見る。
空中に浮かんだそれがふっと、動きを止めた。
「──失ったからです。もうひとつは。」
がしゃん。
ベビーカーが音を立てて地面に落ちる。