第7話
その姿は、悪魔の使い──に見間違えるような黒を基調とした上品なものだった。
まるで葬式にでもいくかのような色合いの服であるが、その人間がこちらへと近づいてくるにつれ、その印象は誤りであるということが分かる。何故なら、フリルがそこらかしこに装飾されているからだ。黒を基調としているものの、フリルを初めとした派手な装飾は、その服装が決して喪に服すためのものではないということを指し示す。
どこかのお嬢様、という表現が最も的確かもしれない。
しかし、俺がこれまで会ってきたどの人間よりも、その姿は異様。魔族の上位種が身にまとうような、人としてのセンスからは離れた服装であるように思えた。彼女が近づいてくるにつれ明らかになっていくのは、服装のところどころ──例えば、首飾りであったり、腕輪、指輪、といった装飾品の数はとても多いということ、そして、それらには、おそらく、魔石と呼ばれる宝石に魔力を込めたものが組み込まれていることが分かる。
正確なことは分からないが、俺が騎士団に属していた頃、後方支援の部隊が良く見につけていたものに近いような気がする。魔法を発動させるために必要なものなのだろうと推測できた。頭に被る黒い帽子にもきっと意味があるのだろう。騎士団には、マニュアルに沿ったような一般的な魔法使いしかいなかったが、冒険者の中にいる魔法使いは一際変わった人が多いという噂もあながち間違っていないようだ。
余談だが、身長は小さい。ノラも子犬のように、俺よりも低めの身長であるが、彼女はそんなノラから見ても小さく小柄であった。服により、その体積を増やそうとしているようにさえ思えるくらいだ。
「…………」
そうして、ほとんど俺の目の前くらいの距離にまで距離が近づいたものの、彼女は言葉を発しなかった。表情は薄い。無表情と例えても問題なかろう。
「……ちょ、ちょっと、何さ、いきなりあんな爆発見せつけて! 怖くないんだぞ!」
ノラが言う。彼女はノラの方へと視線を移す。ビクッとするノラに対して、彼女はぺこりとお辞儀をした。その後、ニヤァという、なんと表現したらよいか、不気味な、気味の悪い、殺意がこもったような笑顔──をノラへと向ける。
とっさに、俺は身構えようとしたが、どうやら、彼女に敵意はないらしい。彼女はお辞儀を丁寧に終え、スカートの襟をつまむと、少し上げ、挨拶をし始めるのを見て、俺はそう確信する。
「ドロリス・ドーフライン、よろしく」
ゆっくりとした、女にしては低い声。落ち着きがある、というよりは、マイペースという表現が似合うかもしれない。
「あ、ああ、俺はレオポルト・マルトリッツだ。こっちがノラ。俺が前衛でノラはサポートに回ってもらっている」
「ドロリス・ドーフライン……?」
俺が特に疑問もなく自己紹介を終えたのと対照的に、ノラは何やら心当たりがあるようで、少しの間何かを思い出そうとしているようだったが、すぐに思いついたようで、ハッとした表情を俺に向けてくる。
「魔女ですよ! 魔女! 知らない? ほら、国のはずれに魔女が住んでる、とかいう。その名前が確か、ドロリス……なんとか」
「ドーフライン」
相変わらずの無表情さでドロリスが付けたす。物事に感心なさそうな表情をしているのだが、実はそうでもないのだろうか……。単に無表情なだけで、内面まで決めるのはよろしくないかもしれない。しかし、残念なことに、俺は、ドロリス・ドーフラインという名を聞いた事がなかった。冒険者の間では有名なのだろうか。
「それで、だ。さっきの爆発は、聞くまでもないだろうけど、君──ドロリスがやったのか?」
見た目からして、年下だろうし、わざわざドーフラインさんと呼ぶこともないだろうと思い、俺はノラを呼ぶようにドロリスと呼ぶ。
「もちろん」
その目つきから表情を読むことはできない。さて、どういう意味を込めて、もちろん、という言葉を放ったか、その真意は分かり兼ねるが、了承の意味を含んでいるのは間違いなかろう。
「……だめ、やめておこう? ね、レオ」
ノラが俺の服の袖をぎゅっぎゅっと引っ張ってくる。まるでおもちゃをねだる子供の様で、いつもとは異なる様子に俺は少し笑いそうになってしまう。
「今日からよろしく」
しかし、俺とノラのそんなやりとりも虚しく、ドロリスはそんな俺たちの会話を聞いていたのが聞いていないのか、まるで分からないような言葉を発し、自らをメンバーに入れろという強い主張を見せてくる。
「い、いやぁ、しかし、なぁ」
とはいえ、俺も、ノラがこうまでいっているのに、それを全く無視して同意するという訳にもいかない。俺は返事を少し差し置いて、ノラと二人で、ドロリスに背を向けてひそひそ声で相談することにした。
「あの魔法の威力見ただろ? あれすごいぞ? あれはいるだろう、冷静に考えて」
「で、でも!」
「なら、お前は一体何を恐れてるっていうんだ?」
「そ、それは、その……噂なんだけど、ほら、あの人、悪魔と契約してる、とか、なんとか」
「あー、うーん……なるほどなぁ」
これは、決して考えられないことではなかった。うむ、確かに、あり得る話だ。ない話ではない。
今でこそ、魔法の技術というのは国単位で支えられるようにもなり、なくてはならない技術として、書物であったりだとか、研究所であったりだとか、それなりの設備を用いて維持、発展されているものであるが、今よりだいぶ昔、魔王がいたとかいないとか、そういう伝説のような昔には、魔法とはまだまだ人々が誰でも慣れ親しんだものという訳ではなく、ごく一部の限られた人たちによって運用されていたものだったと聞く。
そういう時代において、悪魔との契約などなど、闇の側面を持つ魔法使いもいたというのは、今となってはおとぎ話だ。大体、悪魔とモンスターの違いというのも明確にされていないというのに。
「それと!」
「それと……?」
「うーん……。いいや、これは、やっぱりいいや……」
二つ目の不満点は、そうしてノラの中にだけ仕舞われた。追及しようとも考えたが、言わないということは言う必要がなかったということであり、それ以上聞くのは無粋というものだろう。
結局、その魔法の威力は他に代用が利かないものだという俺の主張が通り、晴れてドロリスは俺たちのメンバーへと加わることとなった。
「さっそくだけど──」
無表情な顔から、言葉が発せられる。
「アルマネへ行きたい」
さて、それが何を意味しているのかということを瞬時に判断することは難しかった。
「アルマネ──って、あの、滅びた?」
アルマネは、モンスターたちの侵攻によって滅ぼされた村だ。サイグネのさらに北に位置しており、俺の行くべき地へと一致することは一致するのだが……。
「どうして?」
という疑問はまず最初に思い浮かぶ。
「……興味があって」
「それじゃ、納得できないよ! ね、レオ」
俺に代わってノラが問う。
「私の家があるからね」
「……あー、むむ、そっか」
ノラが納得すると同時に、俺も意味を理解する。先ほどのノラの話にあったように、ドロリスの住んでいたのは国の果て。そして、アルマネがあるのも国の果て。場所は一致するということだ。その自分が住んでいたところへ戻ってみたいというのは、分からなくもない。
「けど……だからといって、戻ってどうするっていうんだ?」
「どうってことない。原因、突き止めるの」
「ふぅむ」
俺は少し考えた。ギルドの依頼を考えるならば、原因を突き止められるものなら突き止めておきたい。そうすれば、膨大な報酬を手にすることは可能だろう。何せ、国の危機を救うということなのだから。
一方で、この魔女に、そこまでのことが出来るのだろうか、という点については疑問だった。確かに、魔法の腕は認めるが……。
「納得いってないみたいね」
ツンツンとした言葉遣いでドロリスは俺につっかかってくる。正直に、お前にそれが出来るとは思えない、なんて言おうものなら俺の身体が爆散してしまいかねないような威圧感がある。爆発はきっと一瞬の痛みで死んでしまうであろうことを考えると、それはちょっとM的解釈から言うとよろしくないので、ここは、大人しく従うことにしてみよう。
「いやいや、とんでもない。俺の目的も似たようなもんだ……けど」
「その前に、やらないといけないことがあるの、ね、レオ!」
何故だかピッタリ息があってしまう。どこまで懐くのか、このノラは。まるで犬のよう……。うぅむ、確かに、外見的には犬っぽい、いや、雰囲気が犬っぽい。抜け目ない性格だが、本質は犬なのだろうか。
「そう、クイーンスライムを倒さないと、な。スライムの化け物を」
「なんだ、そんなこと」
ドロリスは鼻で笑うように言い捨てる。ノラが少しムスッとしているが、先ほどの魔法の力を目の前にしては、反論することもままならないのだろう、ギリギリと歯ぎしりをしているようだが、反論はできないでいるようだ。
「じゃ、さっさと行きましょ」
さらりと言い捨てる様は、クールで、どこか格好いい……。い、いかん、考えてしまった。一瞬、考えてしまった。この超めっちゃ力ある魔女さんにじりじりと虐められたりする俺の姿を。
何をしたらそんなことをしてくれるのかということについては簡単に想像が付く。きっと、この魔女の機嫌を損ねさせれば、ちょっとした苦痛を与えてくれるに違いない。ぐふ、ぐふふ。
「あ、よだれが」
「ねぇ……!」
ドロリスが一人でふらふらと歩き始めるのをよそに、俺の足に痛みが走る。なんだ、この痛み! あ、ノラだ!
「な、なにか……?」
「今、なんか、いやらしい目で見ていなかった? 見てたよね?」
俺は、ぶんぶんと首を横に振る。ばれてた。やばいやばい。でも、大丈夫だ。
「うん、あいつ、怒ったらなんか俺、苦痛味わう間もなく、死にそうだし……」
魔女ってのは代々怖いのだ。伝説に出てくる魔女、おとぎ話に出てくる魔女。大体怖いし、人の想像の上を行くんだ。あ、あれ? よくない? 超よくない? それに、あのクールな態度。やっぱり──
「っいったい!」
俺が声を上げる。思いっきり足を踏まれたからである。いやいや、うん、苦痛には慣れているのだが、こうして味方に踏まれるとついつい声を出してみたくなるものなのだ。声を出した方が気持ちいい、って言うだろう? あれ、言わない……?
「……気持ち悪い顔しないで」
ノラが、呆れたような、それでいて、ちょっとだけ嬉しそうな顔で言う。だめー、減点ー、嬉しそうにしちゃだめなのだ。でも、これを表に出すと無限ループしてしまうため、ぐっと心に収めておく俺。
「大丈夫、よし、行くぞ、いざ、スライム攻略へ!」
「はいはい」
ノラが呆れ気味についてくる。こうして、俺とノラに新たな仲間が加わった。名をドロリス・ドーフライン。今は無き、アルマネの村付近に住んでいた魔法使いだ。
「あなたがやってよ! 魔法使いなんでしょ?」
「細かいことは嫌いなの」
洞窟へ入るや否や必要となる必須作業がある。それは、灯りを灯すということだ。この作業は洞窟内での視野を広げるために必要な作業だが、むやみやたらに明るければいいというものでもない。明るければ明るいほど、モンスターたちを引き寄せてしまうためだ。
「細かいこと、って……」
うん、まぁ、確かに、あのどでかい爆発と比べれば細かいという言葉は間違いじゃないだろうが、これは冒険にはとても重要な魔法でもあるのだが……。
松明を用いるという手もあるが、今はノラが一般に補助魔法と呼ばれる照明用の術を用いて灯りを灯していた。通常、こういったことは魔法使いの仕事でもあるのだが、どうやら、ダメらしい。
先の探索でも、ノラの力によって、モンスターたちとの戦闘は最小限に抑えられていた。それは今回でも同じであり、しばらく探索した今も、まだモンスターには巡りあっていない。
「こんなところ、何があるの」
「お宝だよ、そして、ついでに、お仕事」
ノラが説明する通り、俺たちはこの洞窟のモンスターの親玉を倒すという仕事をサイグネのギルドにて受けていた。報酬は大したことないが、これは、ドルムントのギルドで受けた大仕事、魔王を倒す、につながる仕事だ。一石二鳥、というやつである。親玉を倒すには、まず、その周辺から。中ボスから倒していくのが定石なのだ。
「っ! 来るよ、モンスター」
洞窟の中、現れるのは、スライムたち。
「よし、任せろ!」
俺やドロリスの相手としては役不足だが、まずは、ドロリスの闘いを見たいというのもある。よし、やってやろう、と俺は、ドロリスらを後ろに下がらせ、大盾を身構える。