第4話
「──しかるに、冒険において、警戒を怠らないのは基本中の基本、分かる? 分かってる?」
俺は、ノラに説教されていた。
ここは、ドルムントの中心の街から一日かけて移動した辺境の地サイグネからさらに北、モンスターの侵攻により人が住処を失った地、アルマネへの道中──にある、とある洞窟内。
そして、俺は今、ベトベトとした粘液に包まれて薄暗い洞窟内、つまり、ダンジョン内にて正座させられノラに説教を受けている。
何故ベトベトとした粘液に包まれているかといえば、それは、ちょっとしたモンスターハウス──スライムの巣に突っ込んでしまったからであり、ベトベトはスライムによる攻撃をなんとか凌ぎながら、それらスライムの脅威から逃げてきたからである。
「スライムとかいう雑魚敵相手っていってもね、ああやって沢山集まっているところに少数の冒険者だけで突入するっていうのは危険なの! 騎士団での戦闘じゃ、確かに、ダンジョン内に入るってことはほとんどないだろうから仕方ないだろうけどさぁ、それにしたって警戒心が足りなさすぎるってのよ……ちょっぴりだけ申し訳なくなるじゃん」
「いやはや、申し訳ない」
自分一人なら、どんな攻撃も受けられるという自信はあるものの、後ろでモンスターに対して攻撃を行っている支援役であるノラも守らなければならないとなると、話は変わってくる。冒険者として、戦闘を行うということは、それぞれに役割があるということである。それは、かつて、俺が所属していた騎士団においても同様で、俺が防御を固めているとは別に、魔術師たちによる後方支援であったり、前哨戦として、モンスターの戦力などを調査する等々様々な支援があったからこそ、俺も守りに徹することが出来たのだ。
であるからして、ノラからの意見は重く受け止めなければいけないのだろう。
「よ、よし、わかった、すまんすまん」
「本当に分かってるの~? いい? そんなに勇まなくても、ダンジョン内を歩いているうちに、自然とモンスターってのは襲い掛かってくるもんなのよ。ダンジョンの奥にあるお宝を守るかのようにしてね、いるんだから、ダンジョンのモンスターってのはさ」
「それにしても、本当にお宝なんてものがあるのか? こんな洞窟の中に?」
それについて、俺はあまり馴染みはなかった。騎士団に所属しての戦闘というのは、あくまで、攻め寄せてきたモンスターであったりを討伐するために行われるものであって、モンスターの巣へと潜り込むものではないからだ。
「あるんだよ。市場に出回ってるでしょう? あるものは、ある。それがなんであるかなんて、僕は知らないけどね。伝説によれば~、かつて神がこの世界に住んでいて、その神々の遺産? だとか、なんとか……? ……あいにく、僕は神を信じていないけれど」
「それについては、俺も同意だ。さ、行こうか」
俺はまだまだうずうずしていた。戦い足りなかったからだ。先ほどのスライムの巣での戦闘というのは、戦う、防御する、といよりは一方的に逃げるだけの戦闘だった。それじゃあ俺の本領は発揮されないし、なんていうか、満たされないっ!
「……うん」
何故かノラが俺のことを奇妙な生物を見るかのような目で見ている……。しまった、表情に出てしまっていたのだろうか、スライムちゃんと戦いたいという欲望が……。
「さ、行くぞ!」
俺は気を取り直して出発を促す。
スライム。モンスターの中で、純粋なスライム種というのは非常に下級であるとされている。一説によると、とても魔力の高い上位のモンスター群の垂らした魔力を帯びたヨダレが時間をかけて動きだし、スライムというモンスターになっているという説もあるくらいだ。
スライムは基本的に大した思考力を持たないものの、液状であり、生き物を養分にして動力源となるエネルギーを作りだしているということが知られており、群れればそれに比例して強さが増し、どこかの地では多くのスライムが集まることによってコロニーを形成、中級魔物クラスの集団で村をいくつも潰したという記録があるとか、ないとか。つまり、たかがヨダレだとしても油断してはいけない、ということだ。
という訳で、俺とノラはそんなスライム数体と対峙していた。
「防御、任せたわよ!」
ノラは後方支援。どうやら、ちょっとした簡単な攻撃魔法であったり、飛び道具が彼女の主な戦闘スタイルのようだった。その点に関しては、俺と良い相性と言えるだろう。
俺は、スライムがノラへと攻撃しないよう、牽制程度の揺さぶりをかける──といっても、俺が手にするのは基本的には盾。大盾と呼ばれるそれは、自在に動かすには両手の腕力を使う必要があり、それを刺突することによって打撃をするというのが俺の唯一といってもいい攻撃手段。
強固な鎧に強固な盾、それこそが俺が装備であり、それこそが俺が前衛を守り抜き、モンスターからの攻撃を受け続けることのできる自信につながる一つの要因でもある。
しかし、ただ、重い装備をしていればいいというものではない。
俺はスライムの攻撃をかわしつつ、時には受け止める。この見極めが非常に重要──とかいいながら、まぁ、俺は楽しんでいたりするのだが……。
スライムの攻撃、それは基本的には魔力を込めた液体を投げかけることによりダメージを狙う。しかし、それだけではなく、体の一部を鈍器化させ、打撃による攻撃を行ってくる場合もある。それらが織り交ぜられ、彼女たちは攻撃してくるのだ。
「ほぉら、そっちじゃないよぉ~」
俺はそんなことを言いながら、スライムの攻撃を一手に引き受ける。大群というほどではない。何故なら、洞窟内で他の生物たちを捕食するためにうろついていた連中に鉢合わせただけだからだ。イレギュラーな事態だが、これだけの数ならばさほど苦労せずに相手を出来ると踏んでこうして逃げることなく戦闘を行っている。
「……なんであんなに楽しそうなの……」
なんていうノラの呟きが聞こえたような気がするが、無視、無視! ノラは弓や攻撃魔法で、俺が引きつけているスライムたちを攻撃していく。しかし、その速度は限られるため、まだまだスライムの攻撃は俺に襲い掛かってくる。
ドロリとした見た目──俺から見ると、そこにはドロリとした見た目ながらも女の子の顔をした可愛らしいスライムちゃん、どぅへへ──に負けじと、彼女たちの攻撃は執拗だ。
まるで、人間を料理するかのようにじっくりと攻撃してくる様は、もしこれが大群の中だったら、俺一人だったらと考えると、どうしようもなく──興奮する。
料理。スライムの攻撃というのはこの一言で十分表現できるであろう。
彼女たちは、俺を餌だとしか捉えていないのだ。例えば、ゴブリンであれば、俺たち人間は驚異の対象であると共に、人間の中でも女子供は狩りの対象となる。ゴブリンちゃんは俺を恐れて攻撃してくるのだ。攻撃という行為こそ、俺のドM心をくすぐるものであるとはいえ、残念ながらその精神はSにあらず──。
だが、それに比べてスライムちゃんはどうか。
俺を餌を見ている。俺を捕食対象として見ている。それ即ち、俺に対して完全に自分は優位に立っているという考えの元、俺を攻撃してきているのだ。無論、純粋なサディズムとは言い難い感情であり、何より、スライムちゃんは俺に対して何を考えているという訳でもなく、彼女たちは彼女たちの本能によって俺を攻撃してきているに過ぎない──それゆえに、その攻撃は純粋な攻めであるということはできまいか?
執拗な俺への攻撃を受け止めつつ、俺は恍惚とした表情になろうとしていた。が、しかし、残念ながら、俺の被虐心が満たされるよりも前に、最後の一匹まで無事ノラによって退治され、戦闘は無事終了してしまう。
「……ふぅ」
俺がため息をつくと、ノラは、不思議そうにこちらを見てくる。
「何か?」
「なんか、レオ、楽しそうだなぁ、と思って……」
ここで、もちろんさ! なんて答えようものなら再び解雇通知を言い渡されるような気がしたので、俺は、微笑んでおいた。
その微笑みが不気味だったのかどうかは不明だが、ノラは、弓を背中に背負いなおしつつ引きつった笑みを俺に向けてきた。
それからしばらく進んでいくと、
「あー、ここから先は、やばいかも」
なんていうノラの言葉を聞く。
「やばい、ってのは?」
「そのまんま。アルマネの村は、複数のモンスターに襲われたって聞いたけど、ここはその一種、スライムの宝庫なのはさっきまでの戦闘で分かってると思うけれど──ここから先、その親玉がいるかもね」
「なんでまたそんなことが分かるんだ?」
薄暗い洞窟内。ある灯りはノラの魔術によって生み出されている何個かの光源だけだ。そんな情報量の乏しい洞窟内。俺にはどこに何の手がかりがあるかなんてことはさておいて、一歩一歩前に進むことに集中するだけで精一杯な状況だった。
ノラはそんな俺に、何か所か光源を壁、床などへ近づけることで、見せたいものを見せる。ノラに見せられたのは、これまでのスライムとは異なる色をした細かな断片──もしくは、スライムによる攻撃痕。
「……なるほどな。それで?」
「どうしようか」
この先に進むか否かの判断。それを俺が決めてもいいものなのかは測りかねた。
「俺はどっちでもいいぞ」
だから、俺は正直に今の俺の気持ちを述べた。もっとすごいスライムの攻撃を受けてみたい、なんていう思いを胸に秘めて。同時に、そのどっちでもいいという言葉は、ノラに対するちょっとした気遣いでもある。俺が危険にさらされるのは別に何とも思わないが、一方で、ノラをしっかり守れるかどうかと聞かれれば、さて、どうだろう、ということになってしまうからだ。
ノラが一瞬、迷った表情になるが、すぐに、
「じゃ、行こう。例の任務の序章さね」
と、突入を慣行することになった。
ひた、ひた、と歩く自分たちの足音。これまでは、こつこつという固い地面を踏みしめるものであったが、それがひた、ひたという音になったのには訳がある。湿気である。たまにポツリと雫の音。洞窟の奥だという証拠であると共に、湿気を好むスライム、その親玉がいそうな環境であることがひしひしと伝わってくる。
骸骨が見えた。さほど驚くでもないが、きっと、討伐のためにきた部隊がいたのだろう。俺たちは、宝物を手に入れるついでとはいえ、同じような運命を辿らないよう気を付けたいところだ──そして、唐突に……!
びちゃっと、俺の鎧に何か液体が叩きつけられる音がした。
「ひっ……!」
動じない俺とは別に、ノラはひどくおびえたような表情で前を見て、指さしていた。
そこにいたのは──スライムの親玉。
「……こいつぁ」
俺の目にうつるのは、さながら、女王と表現すればよろしいか。でかい。これまでのスライムたちが俺たちよりも一回りも二回りも小さい存在だったとしたならば、これはその二倍や三倍では済まされない、十倍──いや、二十倍はあろうかと思われるその巨体は、洞窟の最奥であるここに君臨していた。
見下すような表情で俺とノラのことを見ている。睨みつけているのではない、見ている、という表現がまさに正しい。そして、俺の鎧にへばりついていたのは、その巨大なスライム──スライムクイーンの放った尖兵であるということが明らかになる。俺はすぐに無理矢理にそいつを薙ぎ払い、体の大部分を地面へと叩き落とす。同時に、俺の身体に付着していたそいつの一部もおびえたようにして地面にはたき付けられた自らの一部へ合流する──と思いきや、その断片は地面の自分へと合流することなく、スライムクイーンの元へと合流していってしまう。
それほどまでに強大なのだ。
「なんなの、あいつ──大きいし、その、色も──ピンクみたいな、今までのやつと全然違う……!」
「おいおい、しっかりしてくれよ!」
俺はノラを安心させるかのように、スライムクイーンへと一歩近づき、ノラをかばう様にして身構える。本心は、もちろん、もちろんのこと、スライムクイーン様からの攻撃を受けてみたい、どんな攻撃を繰り出すのかいち早く見てみたいという己の素晴らしい被虐的欲求から来ている行動に他ならないのだが、ノラはそんな俺の勇気あるように見える行動に自らの勇気を奮い立たせたのか、手始めに数弾の魔力弾をスライムクイーンへと打ち込む。
ぷしゅ、ぷしゅという音がした。それは、魔力弾がスライムクイーンへと命中した音らしかったが、残念ながら、すなわち、ほとんど効いてないということが明らかにになるような音でもあった。
「なんなのなんなの、でかいって……こんな大きいなんて聞いてないよぉ」
俺自身は、こんな洞窟の奥地まで冒険をしたことがないとともに、スライムの女王様に出会った経験もないため、これくらいがスライムの親玉としては普通なのかなと考えていたのだが、どうやら事態は穏やかではないらしい。
このメンバーで唯一敵に有効打を与えられるノラが少し泣きそうな表情になっているのだ。大丈夫なのか、これは。俺は焦りつつも、スライムクイーンから繰り出されようとしている一撃に備えるべく、大盾を構え、力を入れなおした。
どうやら──修羅場らしい。うきうき。